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7 それぞれの言い分(2)


「……いや、白々しいが、まだ間に合うかもしれないな」


 私はふとひらめいて立ち上がった。

 そのまま考えながら父の執務室に向かう。何人かが声をかけてきたような気もするが、自分の考えに耽っていたので覚えていない。


「父上!」


 ノックすると同時に私は中に入った。

 机についている父以外は、家宰がいるだけだ。

 家宰は私が入ってくるとさり気なく退室した。全くできた人物だ。我ら親子の性格をよく熟知している。それなのに私を悲劇の令嬢と誤解しているのはなぜだろう。


「どうした、カジュライア。その年でようやく恋でもしたのか?」


 父は意味不明なことを言い、ツボにはまったのか一人で大笑いをしている。

 しかしその言葉は完全な間違いでもなかったので、私はどきりとする。少々動揺した心を落ち着けようと深呼吸をし、私は口を開いた。


「私はハミルドが忘れられません」


 一息に言ってから、もう少し言い方があったなと後悔した。


 父は意表をつかれたようだ。やや目を大きくしたが、すぐに意図を察したらしい。武器だらけの壁を背にしてニヤリと笑った。

 娘の私が言うのもなんだが、物語に出てくる悪人のようだ。人相が悪すぎる。

 その悪役ぶりを上げるように、父は椅子に深くもたれかかって腕組みをした。


「ハミルドを忘れられない、か。……そうか、その手に出るか。お前でなければいい手だな」


 邪魔になるからと袖をまくり上げているから、腕組みすると太い腕が強調される。泥酔しても武器の扱いは確かな父は、領主というには傷跡が多すぎる。

 私も男に生まれていたら、こうなっていたのだろうか。

 そんなことを考えてしまって、自分の思考にうんざりした。今はそんな嫌な想像をしている場合ではない。


「……私を捨ててしまった婚約者のことが忘れられないから、私はまだ結婚を考えたくありません」

「だから、すべての求婚を断るか? だがエトミウ伯には通じないぞ」

「その時は、不本意ですがハミルドを使って脅します」

「ふむ」


 父は面白そうに頷いた。

 顎にたくわえた髭に触れながら、机の前に立っている私を見上げる。その頭の中では様々な計算をしているのだろう。私とよく似た鋭い目が、楽しそうに輝いている。


「お前の本質を知る相手であっても、多少は有効な口実かもしれんな。だがお前の婚期はさらに遅れることになるが、それでいいのか?」

「マユロウの中になら、年増の夫になってもいいという男はいるでしょう。それにカラファンドがいます。メネリアも子を産んでいますから、血が絶える心配はない」


 私の言葉に、父は上機嫌でうなずく。どうやら父好みの言い方だったらしい。

 年甲斐もなく反抗心が芽生えかけたが、ここは大人の余裕を思い出して下手にでた。


「では、そう言うことでよろしくお願いします」


 幾分気になることはあったが、父が乗り気になってくれたので、とりあえず私はほっとしていた。




 気の早い父は、さっそく求婚を辞退する旨を文面にし始めた。

 こういうときにアルヴァンス殿がいると簡単なのだが、父も意外に文才があるようだ。その文面を見るかぎり、私が悲嘆に沈むたおやかな女のように錯覚する。


「こんな感じでいいかな?」

「素晴らしいですね。アルヴァンス殿に読ませて差し上げたいくらいです」

「ふむ。ではアルヴァンスにもこれを送ってやるか」


 どうせ皇帝陛下への返書はあれ経由だしな。

 父はそう言って楽しげに笑う。

 どうやら父も、宴で彼が私に求愛していたことを忘れていないらしい。


 あきれた私が言い返そうとしたとき、外で馬の鳴き声がした。

 私は何の気なしに窓辺に行き、外を見た。明るい太陽の光の中、街道から続いている道から早馬がかけてくるのが見えた。

 だが、私が聞いた馬の声はそんな遠くのものではない。

 私は下の方に目を転じた。

 玄関に見慣れない立派な馬車が着いている。母やご側室方が使う馬車より大きく、車輪まわりの作りもいい。マユロウ家が所有するどの馬車より立派に見えるが、そんな高価そうな馬車に旅の汚れがついている。どこか遠くから来たのだろうか。

 しかし、しつけられた馬車用の馬たちがあのように荒々しい声をあげるとは思えない。

 カラファンドが新しい馬でも買い入れたのかと、窓から身を乗り出して周辺を見回す。

 弟の姿はなかった。

 そのかわり、玄関から少し離れたところに美しい毛並みの馬がいた。見るからに大柄で、全身についた筋肉もすばらしい。

 たてがみは綺麗に切り揃えられていて、まだ背にある馬具の類も遠目にも見事だ。見覚えのないその名馬は、館の従者に手綱を引かれて馬小屋へと向かっている。

 私が見始めてからも落ち着かない様子で首を上下に動かしているから、私が聞いた声はこの馬のものだろう。気は荒らそうだが、乗りこなせれば素晴らしい馬だ。


「何か面白いものが見えるのか?」


 父は立ち上がり、伸びをしながら聞いてきた。

 窓から振り返った私は、首をかしげた。


「客人のようですが、どなたか御予定でも?」

「客? 何も聞いていないな。何を使って来ている?」

「馬と馬車です」


 父はようやく顔をしかめ、私の横に立つ。

 しかし見慣れぬ馬は厩舎に向かっているから、父は馬車しか確認できなかった。


「馬は……もういないか。しかし、あの馬車は知らんな。同時に来るとは珍しいことだ」

「早馬もこちらに向かっているようです。何かきな臭い動きがあったんでしょうか」

「今の時期にか? わからぬな」


 マユロウ伯は首をかしげた。それから間も無く扉を叩く音がし、家宰が入ってきた。いつも表情を変えない家宰が、本当に珍しく困惑した様子をしている。


「お屋形さま。エトミウ家のメトロウド様がおいでになりました。何かお約束でもありましたか?」


 エトミウ家のメトロウド殿。

 なるほど、先ほどの美しくもたくましい馬は、本物の軍馬だったのか。

 父は私のほうを見た。私が目配せする間もなく、また扉を叩く音がする。入ってきたのは侍女頭だった。


「お屋形さま、カドラス家のルドビィス様がお見えになっております」

「ルドビィス殿も? これは珍しい」


 父はあきれたようにいったが、私は何も言う気力が無くて、ぼんやりと窓の外に目をやった。

 どうやら、あの馬車に乗ってきたのがカドラス家のルドヴィス殿だったらしい。馬車の作りが立派だったはずだ。

 そう考えていた私は、早馬が玄関についたのをぼんやりと見ていた。

 

 

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