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5 不幸の手紙(2)


 ため息をつきそうになるのを堪えて、私は手近な一通を手にした。すでに封を切ってあるので、そのまま開いて書面に目を通す。

 横にいるアルヴァンス殿は、興味を隠さない。父はそんな再従弟に内容を教え始めた。


「エトミウ伯がな、逃げてしまった元婚約者のかわりを用意してくれた。私も会ったことがあるが、華奢なハミルドよりもよい男だったぞ」

「ハミルド君の代わりというくらいですから、エトミウ伯の血族ですか?」

「そうだ。エトミウ伯の姉君の子だ」

「それは素晴らしい。ライラ・エトミウのお子ですか」


 アルヴァンス殿は笑った。私は笑うどころではない。逃げられた元婚約者の従兄が夫候補というのは、エトミウ伯の誠意の表れだろう。しかしエトミウ伯と直接交渉した経験のある私としては、高度な皮肉なのではないかと勘繰ってしまう。

 父とどこか似通った、どうにも食えない中年だった。


「……あの件はもう解決しています」


 思わずため息をつき、エトミウ伯からの書状をアルヴァンス殿に渡して、私は父にそう言った。

 父マユロウ伯は、あまり品のよくない笑みを浮かべた。


「そう言うな。このエトミウ伯の甥御殿は、お前のような女にふさわしい豪傑だぞ。彼を婿に出す気があると知っていれば、こちらから欲しいというべきだった。あれはいい男だ」


 冗談とも本気ともとれる言葉に、私は何か言い返したかった。

 しかしまだ二人も夫候補が残っている。文句をいうのは後回しにして、先に書簡を見ることにした。

 アルヴァンス殿の強い好奇の視線に押された、というべきかもしれない。


 次の書状には、カドラス伯の紋章があった。

 カドラスとは境界を接していないのであまりなじみはないが、領地に中央街道が通っているという点では我がマユロウ家と共通している。

 文字を追った私は、そこに記された名前と敬称を見て首をかしげた。


「……カドラス伯の庶子、ですか?」

「正統なライラ・マユロウの相手に、庶子を推すとは……」


 マユロウ家もそうだが、この辺りの貴族には庶子の存在は珍しくない。

 しかし家督は嫡出の子が優先して継ぐし、格の面でも嫡出系より一段下がることになる。そういう庶子を、次期当主の夫候補に推すのは確かに珍しいことだった。

 だから私だけでなく、アルヴァンス殿も首をかしげた。

 しかし父は、実に機嫌よく口を開いた。


「よく名前を見てみろ。カドラス伯の庶子ではあるが、そやつの母君は大商人パイヴァー家の出だ。カドラス家が急激に潤った原因とも言われるあのパイヴァー家だぞ」

「ああ、なるほど。ライラ・パイヴァーの御愛息ですか。顔は知っています。彼ならば悪くないどころか素晴らしい相手でしょう」


 眉をひそめていたアルヴァンス殿は、にこやかな顔に戻ってそう言うが、私には少しも素晴らしくない。

 カドラス家の意図が、びしびしと伝わってくるではないか。


「……我がマユロウ家と結んで、中央街道での利権を守ろうというわけですね」

「そして我がマユロウ家は、パイヴァー家の財力を手に入れることができる。お前の夫を世話してくれるだけでも有り難いのに、我が家にはよいことばかりだ」


 父はまた笑った。笑いすぎだ。

 それを咎める気力がわかないほど、私はどうしようもないほどうんざりしてしまった。

 もう、書簡など見るのはやめようかとも思ったが、最後の書簡を見て少し表情を改めた。

 封にあるのはミウ=トラスガーンの紋章。皇帝の印だった。

 私が思わず顔を上げると、父も表情を改めてうなずいた。


「それは、いわゆる密書の類だ。アルヴァンスに託されてきた」

「……私にはその意図が全くわかりません」


 なぜか顔をわずかにそらしたアルヴァンス殿は、軽く肩をすくめた。明快なアルヴァンス殿には珍しい態度だ。

 あれはどういう意味なのだろう。

 よくわからないが……間違いなくいい話ではない気がした。


 私は少しためらってから中の書状に目を通す。三回ほど目を通してから、私は困惑して父を見た。

 文字は達筆ながらも明確で、文章としても短い。ゆえに誤読などありえないはずなのだが、私が読み取った限り、皇帝陛下はご自分の甥を私の夫候補に推している、と書いてあるようである。

 確かに意図がわからない。

 私は次期領主とはいえ、マユロウ領は地方中の地方、下手をすれば蛮族と嘲笑われるような豪族あがりでしかないのに。

 ……いやそれより、まさかこれは皇帝陛下の御自筆だったりするのだろうか。

 いろいろ恐ろしすぎて、あまり考えたくないので、私は現実的なことを口にした。


「なぜ、皇帝陛下の甥御殿が私に……?」

「わからん。だがその方は、数多いる皇帝陛下の甥の中でも特異な方でな。父君は皇帝陛下の兄弟の中で最も秀でた方だった。そういう方の庶出ながら御令息ともなれば、大きな混乱があれば間違いなく担ぎ出される。……というのが我等諸侯の共通の評価だ」


 大きな混乱。……内乱か、外からの侵略か。

 この場にいるのが身内だけとは言え、父は大胆なことを口にする。不敬罪と取られても仕方ないのに、マユロウ伯がマユロウである表れだろうか。

 アルヴァンス殿が聞いていないふりをするくらいに危険なことなのに、葡萄酒の出来具合のような気軽さだ。

 こういうところは、我が父ながら大物だと思う。

 それにしても、皇族としては一流ではないが、貴族としては超一流の方が、何を間違えて私のような女の夫に、という話になったのだろう。


「……わからない」


 私は投げやりにつぶやいた。

 投げやりついでに、イスに戻って銀杯に酒を注ぐ。

 いつもの葡萄酒ではない。父秘蔵の蒸留酒だ。高価なそれを、ささやかな反抗心からたっぷりと酒杯に満たす。


「日はまだ高いぞ」


 父にそうからかわれたが、私は無視して一息に飲み干した。

 きつい酒だ。喉がやける。


「美味い酒ですね」

「蒸留酒もお好みとは、さすがです。やはりライラ・マユロウは父君に似て酒豪であられる。今夜の酒宴で、ぜひ酌み交わしましょう」


 楽しそうにそう言うアルヴァンス殿は、いつもの雰囲気に戻っていた。

 

 

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