21 風雲急を告げる(4)
私はいつになく弱気になっている。
その弱気を察したのか、アルヴァンス殿は少し考えていたが、私の横に座って空を見上げた。
「いい天気ですね。都ではなかなか出会えない好天です。それにこんな優しくて心地よい花畑は、都にはありません」
アルヴァンス殿はゆったりと言葉を紡ぐ。
「都はいいところですが、マユロウの血が流れる私にとっては少々住みにくい。ライラ・マユロウはマユロウ伯とよく似ておられるから、とても耐えきれないでしょうが、たまには遊びに来てくださいね」
私はアルヴァンス殿のその言葉に何かを感じ取り、優美な父の再従弟殿を見つめる。
アルヴァンス殿は優しく笑いかけた。
「私は求婚者をやめようと思います」
「やめる……ってどうして?」
「あなたには相談できる相手が必要です。違いますか? ならば私は、相談相手としての地位を固めたほうがいい。元々求婚するつもりはなかったし……どうやっても私に勝ち目はないですからね」
アルヴァンス殿はそう言いきると笑いを消して私の目をのぞき込む。
「ライラ・マユロウ。求婚者でない私に、何か相談事はありませんか?」
「たくさんあるぞ。あなたが求婚者ではないのなら聞けることだが、私は誰を選ぶべきだろう」
私は半分投げやりにいい、また横たわって空を見つめる。
「私はどなたであっても悪くないと思う。メトロウド殿はマユロウの血の濃い私とは馬が合うし、ルドビィス殿はああ見えても意外に優しい。ファドルーン様はお若いのに底抜けに度量が広い方だから、私を難なく受け止めてくれる」
私はそこでいったん言葉を切った。切ってしまってから、アルヴァンス殿の名も入れたほうがよかっただろうかとふと思い、続きをためらっているうちにアルヴァンス殿が先を促してきた。
少し後ろめたい私は、素直に言葉を続けた。
「皇族との縁組は難しいというが、皇帝陛下からのお声懸かりとなればこちらにも悪い話ではない。政変に巻き込まれない保証はないが、中央との繋がりは太いに越したことはない」
「その通りです」
それまで黙っていたアルヴァンス殿は、ゆったりと相槌を打つ。
「それからカドラス家については、パイヴァー家とのつながりを考えるとマイナス面はほとんどない。平民の血が混じるということで都の貴族は蔑むかもしれないが、マユロウにとってはそう言うことは問題にはならない」
「都の貴族をよく理解されている。全くその通りですし、マユロウはそう言う家系ですね」
私はアルヴァンス殿に目をやった。
「エトミウ家とはもう解決しているから、敢えて結びつきを強める必要は見当たらない。ただ……」
「やはりハミルド君ですか? メトロウド殿は少しハミルド君に似ていますからね」
「少しだけ、ね」
私は素直に認めた。
メトロウド殿は性格的には正反対だが、容姿は似通っている。特に笑ったときの顔は、少しどころか慌ててしまうほどハミルドに似ている。
似ているから絶対に夫にしたいとは思わないのはメトロウド殿のせいか、私がやはり女として欠けているものがあるからなのだろうか。
それを言うのなら、ルドビィス殿のような厳格な方に優しくされるという特異な地位を独占しているのに、それでもいわゆる夢中になるという感情が沸き上がらないのは、やはり私の感情には欠陥があるような気もする。
ぼんやり考えていると、アルヴァンス殿がのぞき込んできた。
あまりにも私が黙り込んでいたので、心配してしまったらしい。
「やはり熱を出された後なので、調子が良くないようですね」
言葉だけ聞くと、その優しさにうっとりしてしまいそうだが、アルヴァンス殿という人物を知る私としては、珍しい事態だとからかわれているのがよくわかる。
むっとした私を笑ったアルヴァンス殿は、一通の手紙をとりだした。
「ファドルーン様から預かってきました。見つけたら渡して欲しい、と」
私は横になったまま受け取り、ベルトに装着していた小刀を取りだして封を切った。怠慢にも仰向けになったまま中身をのぞく。中にもう一通の封書が入っている。
それをとりだした私は、アルヴァンス殿が驚くほどの勢いで起き上がった。
「ライラ・マユロウ?」
「ミウ=トラスガーンの紋章だ!」
私は低く声をあげると、アルヴァンス殿もがく然と身を乗り出した。
急いで封を切る私の肩越しにのぞき込んだアルヴァンス殿は、背後から書面に目を通したようだ。唸るようにため息をつくと、がっくりと私の肩に頭をのせてしまった。
「なんてことだ……」
「重いですよ、アルヴァンス殿」
「……失礼。ちょっと力が入らない」
そう言いながらもアルヴァンス殿は私から離れない。
それどころか、まるで逃がすまいとするように、まだ書状を見ている私に背後から腕を回した。
どうやって引き離してやろうかと考えていると、アルヴァンス殿はため息混じりに低くつぶやいた。
「……ファドルーン様の名が上がったときは理由がわからなかったが、そういえばあの方は皇帝陛下のお気に入りだった……」
「アルヴァンス殿。できれば離れて欲しいが、そのままでも構わないからこれが何を意味しているかを教えてください」
書状には皇帝陛下の名で、都に招待する旨が書かれていた。公式の文書ではないが、私的な文書としては最高に属する皇帝陛下の手書きだ。アルヴァンス殿の反応を見ると、これはただの儀礼的な招待状とは違うように思える。まさか強制力のある召喚状なのだろうか。
アルヴァンス殿はしばらく黙っていたが、酒に酔ったときにときどきするように背後から抱き寄せたまま口を開いた。
「ファドルーン様は皇帝陛下の甥のお一人だ。帝位継承権は別としても、資質的には最も優れた方の一人と言われている。それはライラ・マユロウもおわかりいただけたと思う」
確かにファドルーン様は計り知れない雰囲気の方だが、それはあくまで擬態に近いもので、真の資質はまさに大きな事件……帝位継承権を飛び越えるような事態が起きれば皇帝になるかもしれない。そんなことを私も思った。
だから、書状をしまい込みながら先を促した。
「それで?」
「普通ならば皇帝陛下に疎まれるのだろうが、陛下も並外れて度量の広い方で、皇太子殿下よりも気に入っているようにさえ見える。ファドルーン様は陛下のお気に入りだからこそ、ライラ・マユロウに求婚しているんだ」
「なぜ? マユロウ家はそれほど豊かな家系ではないですよ」
「十分に豊かだよ。いや、そんなことはどうでもいいんだ。ライラ・マユロウ。あなたは自分で思っている以上に有名になってしまったんだ。美貌と地位と悲劇を合わせ持った女性としてね」
美貌……?
私は首をかしげようとしたが、アルヴァンス殿の手が邪魔になってかなわなかった。いい加減に離れてもらいたいが、無理やり引き離すには何となく憚られる雰囲気がある。
密かにため息をついた私は、話の続きを聞くことを優先した。
「それで、どうしてファドルーン様が私に求婚ということに? 都への招待状は何を意味しているのですか?」
「わかりませんか?」
ようやくアルヴァンス殿は顔を上げ、至近から私を見る。笑っているようだ。むっとした私が腕を押しのけると素直に離れ、それから急に真面目な顔をした。
「いいですか? ファドルーン様を夫にするということは、皇帝陛下のお召しを受けるということを意味するのですよ」
「どうして?」
私は正直にそう聞いた。アルヴァンス殿は忍耐強く言葉を続けた。
「ファドルーン殿が夫になると、皇帝陛下が『お気に入りの甥の配偶者』に会う理由ができます。いいですか。皇帝陛下はあなたに興味を抱かれた。しかし次期マユロウ伯となる人物を後宮に召すことはできない。いかに地方貴族とはいえ、そこまで力に差があるわけではありませんからね。だから『お気に入りの甥の配偶者』にして、近くに招く理由を欲しているのです」
「あの……よくわからないのだが、つまり、私を……」
「ライラ・マユロウを御寵愛したいようですね」
「わたしを?」
「そう、あなたを」
「寵愛……?」
「おもてになりますね。断るためには陛下を納得させる人物と結婚する必要がありますよ」
アルヴァンス殿は微笑んだ。しかしその目は微塵も和んでいない。
私はばたりと草の上に倒れこんだ。事態は急激に切羽詰まってきた。優雅にハミルドのことを思いだして感傷に浸っている場合ではない。
私の「夫」は、急激に現実味を帯びた存在となりつつあった。




