16 濃密なる日々(3)
ルドヴィス殿に続いて、ファドルーン様も私の私室に招くようになった一方、メトロウド殿とは会う場所は一箇所に定まってはない。
本格的に寒くなる前にと、以前会話に出ていた倉庫へ招いてみると、メトロウド殿は実に嬉しそうに付いてきてくれた。
今現在求婚中のメトロウド殿は、過去に対立したことのあるエトミウ家の人。それもライラ・エトミウの子というエトミウ家の中枢にいる人物だ。
婚約にいたれば問題ないのだろうが、他に求婚者がいるからまた敵対関係にならないとも限らない。
そういう微妙な立場だから、機密が関わるマユロウの武器庫にはお招きできないが、今ではほとんど使っていない物しか収めていない古い倉庫なら大丈夫だ。
そう思って倉庫に入ってみたのだが、メトロウド殿は古い遺物を見ただけで創建当時のマユロウ家の台所事情をほぼ正確に見抜いてしまい、私は正直冷や汗をかいた。
ほぼ同等の規模のエトミウだから容易いのかもしれないが、メトロウド殿の能力は父が言っていた通り相当なものだ。
しかし、当のメトロウド殿はそんな遺物や創建当時の台所事情など興味はないようで、厚い埃と蜘蛛の巣の中から古い剣を探し当てては目を輝かせていた。
街中を走り回る子供たちと同じ目だ。
私はそんな顔を見る度に、あきれるより感心する。
メトロウド殿は時々子供のような無邪気さを漂わせる。私と近い年齢で、外見は長身で繊細な美貌の貴公子、剣を抜くと凄まじい殺気を放つ人だから、この落差は驚くほど大きい。なのに、なんとも微笑ましい。
武人というものがそういうものなのか、そもそも男というものがそうなのか。女として生まれた私にはよくわかならない。
熱心なメトロウド殿につられて日が傾く頃まで探索を続け、二人とも埃だらけになって倉庫を出た時、メトロウド殿は何本もの剣を軽々と肩に担いでいた。
「重くはありませんか?」
「この重みが心地よいのですよ」
そんなものだろうかと首をかしげると、メトロウド殿は庭で足を止めて剣を置く。軽く全身の埃を払うと、置いたばかりの剣から注意深く一本を探し出した。
「ライラ・マユロウは短剣はお使いになりますよね?」
「外出の時には持つようにしています」
「ならばこれを愛用の品に加えるといいかと。古いものですが、全てが見事な短剣ですよ」
メトロウド殿は上着を脱いで、それで埃だらけの短剣を丁寧に拭う。灰色一色に見えた鞘には象嵌が入っていて、細い姿以上に華やかだ。思わず身を乗り出すと、メトロウド殿は少し笑って短剣を抜いて見せた。
「この通り、全体が細めにできているが、その分長い。今ではあまり見ない形ですが、女性には向いていると思います。残念ながら刃は曇っていますが、これは磨けばすぐに戻ります」
こうしてメトロウド殿に短剣を見繕ってもらったが、なぜかこの短剣はメトロウド殿が磨いてくれることになり、長身の貴公子は嬉々として持ち帰っていた。
私は武人ではないから父のような武具への深い愛情は持っていないものの、自分で使える範囲の物なら興味はある。このようなメトロウド殿の助言や提案は実に好ましい。
また、書庫に入り込んで様々な国の戦術書を読み合うのも中々楽しいものだ。
父が武器を愛し収集するように、私が赤子の頃に死去した祖父は戦術書を愛し収集する男だったらしい。だから書庫に新しいものは少ないが、古いものなら山のようにある。
また、祖父は戦術書だけでは戦えないというのが信条だったようで、蔵書にもその信条を反映させている。国内の地理歴史や領主たちの家系図はもちろん、帝国外の国々の地理や歴史に関する書物も集めていた。
ここまで集めるのに、どれだけの財産をつぎ込んだかという事は考えないようにしている。……金では買えないはずの外国の地図にいたっては、どうやって入手したのか別の意味で考えたくない。
そんな貴重な書物の山は、残念ながら無秩序に収められている。それらを整理しつつ、戦術関係のものを探し合い、お互いに読み上げるのを聞き、古代語や外国語で書かれたものは持ち帰って翻訳する。こういうのも中々に充実した時間だ。
こうしたことを繰り返しているうちに、気がつくと私の私室の応接テーブルの上に戦術書を広げ、外国語を翻訳しあったり内容について論戦を交わしたりするようになっていた。
いったい何の勉強会をしているのだろうか。
自分でも、我に返るとあきれてしまう。
しかしメトロウド殿は、こんな風に私といる時間よりカラファンドや他の武人といる時間の方がさらに長いのだ。
実は私と会う前に、早朝からカラファンドと早駆けをし、剣を打ち合い、昼前までマユロウの武人たちと歓談し、その後いったん仮宿に戻ってからまた来るらしい。何と熱心な男か。
それに、父との会話の盛り上がり方には毎回あきれる。私と話す時より楽しいのだろうと、眺めていていつも思う。
「メトロウド殿は、父と気が合うようですね」
「そうですね。叔父上に少し似ている気がして、つい気楽に話してしまいます」
叔父上というと、あの食えないエトミウ伯のことか。父とエトミウ伯は確かに似ている。
そんなことを考えていると、メトロウド殿は預かって磨いてくれた短剣をテーブルに置いて笑った。
「ライラ・マユロウも、マユロウ伯と似ておられる。男だったら、さぞよい武人になっただろうな」
「……それは褒め言葉ですか?」
「もちろんですよ」
優しい笑顔を向けられてそう言われれば、私も黙るしかなかった。