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13 求婚者たち(4)


 三人に交代で行う面会は、このように始まった。

 最初こそ気が重くなっていたが、相手の間合いがわかってくると意外に楽しい時間が持てることに気付いた。

 無条件にたおやかな淑女として思い込むような愚かな人間がいないからだ。

 私がどんな人間かを知っており、何を求めて求婚しているのかはじめから言い切った三人だから、私も肩を張る必要がない。

 相手の方々も、初回と同じようにのんびりとしたままだった。

 三人が三人とも少し変わった貴公子で、自分たちの好きなように過ごしているから、私も思ったより忍耐力を養う必要はなかった。



 しかし、事態はそれだけではすまなかった。

 三人への面会が三巡目を終えた日の夜。

 どうやって聞きつけてきたのか、あるいは父が知らせたのか、都からアルヴァンス殿が到着した。


「ずいぶん珍しい。都にお戻りになったばかりだと思いますが、もう来たのですか?」


 都までの日程を考えると、ほとんど休む暇なく出発しているはずだ。だから再会を喜ぶより、呆れ顔で言ってしまっても仕方あるまい。


 下世話な話になってしまうが、都とマユロウ領の間は離れているので、それなりの旅費がかかる。

 以前の酒宴の席で彼自身が言ったように、アルヴァンス殿の母方の家は気の毒なほどの貧乏貴族で、経済面ではマユロウが全面的に援助している。自前で確保しているのは、代々受け継いでいる都の一等地にある屋敷だけという話だ。

 その他は、屋敷の維持費はもちろん、使用人への手当ても食材の確保もマユロウ家が手配している。都の貴族としての優美な衣装も、ほとんどがマユロウが準備していると言う。

 守りたい誇りもあるだろうが、アルヴァンス殿はそんな境遇を恥じ入るでもなく、むしろマユロウ産の布地や装飾品を積極的に身につけることで益をもたらしてくれる。

 都随一の貴公子が身につけると、どんな衣装でも何でも輝いて見えるし、指や手を飾る銀細工などは、誰もが似たものが欲しくなるらしい。

 当主の再従兄弟というだけでなく、特産品を売り込みたいマユロウにとっては実にすばらしい人材なのだ。


 しかしそういうアルヴァンス殿だから、派手に見える外見に反してこれまで無駄な浪費は一度もしなかった。

 人目につかない屋敷の中では、かなり地味な生活をしているのだ。

 それなのに、このとんぼ返りである。

 身構えるなという方が無理な話だ。


「もしやまた皇帝陛下からの密書を持って来ているのですか?」

「いいえ、それはありません。ただ、その……マユロウ伯に、面白いものが見られると知らせてもらいまして」


 しかし、返ってきたのは視線を外した曖昧な微笑みだった。

 私は大げさに眉をひそめた。

 そしてすぐに思い当たる。

 父はきっと、三人の求婚者たちのあけすけな言葉の応酬と、それを聞かされる当事者である私のことを面白おかしく伝えたのだろう。

 あの父ならありそうな話だ。そう考えてため息をついた。


「残念ですが、あの方々が三人揃うことはしばらくないはずですよ」

「それは残念です」


 ……そう言っていたはずなのに。

 次の日には、なぜか四人目の求婚者として三人に紹介されていた。




「この方はアルヴァンス殿です。実は以前から内々に結婚を打診されていましてな。娘がこの通りなのでそのままになっていたのですが、この機会に正式な求婚者として迎えることになりました」


 父の言葉は、私を愕然とさせた。

 しかもアルヴァンス殿から結婚の打診があったなど、はっきり言って初耳だ。間違いなく嘘をついている。

 それなのに求婚者たちを呼び集めてアルヴァンス殿を紹介する父は、この上なく楽しそうだった。

 庭で新酒を楽しもうという趣向で、下準備も含めて三日間は面会を一旦休止して三人を招いたはずだ。だが父に後ろめたさなどどこにもない。いつもの上機嫌を振りまくように、まずファドルーン様に声をかけた。


「ファドルーン様とは顔見知りと聞きましたが」

「そうですね。皇帝陛下の私室で何度か顔を合わせていました」


 幸い、高貴なお方の機嫌は悪くないようだ。庭で焼いている豚を極上なものにした甲斐があった。

 私がほっとしていると、剣が動く硬い音が聞こえ、メトロウド殿が座ったまま足を組みかえてアルヴァンス殿にうなずくだけの挨拶をした。


「エトミウで訪問を受けた折に、一度会っています」

「私も、都で何度もお会いしていますね。商売上、アルヴァンス殿の身につける物をどこより早く押さえることが重要でしたから」


 ルドヴィス殿も、口元をわずかに歪める笑みを浮かべた。

 ありがたいことに、皆はすでに顔見知りらしい。世間は広いようで狭い。

 それとも、やはり都随一の貴公子と感心すべきか。


 一方、皆の視線を受けるアルヴァンス殿は、硬い表情だった。

 その上、顔色もなんだか悪かった。

 どうやら……二日酔いらしい。

 昨夜は父と二人だけで飲んでいたと聞いている。こんな状態なのに、これからさらに新酒を飲むのだろうか。

 幾分真面目に心配した私は、その場は無言で通し、他の求婚者たちが父に誘われて庭に向かう時を狙ってそばに行った。


「アルヴァンス殿。いったいどういうことですか」


 父と二人で何か企んでいるのかとこっそり聞いてみたが、アルヴァンス殿は無言で首を振るだけ。

 よほど言いたくない事情があるのか、深酒が過ぎて声すら出し難い二日酔いに苦しんでいるのか、私には判断できない。

 たぶん両方なのだろう。

 皆から遅れて歩くのにしつこくつきまとって問い質し続けると、アルヴァンス殿は弱々しいため息をついた。

 そして顔を伏せて手で額を押さえながら、ぽつりとつぶやいた。


「……マユロウ伯に負けました」

「負けたとは? それがどうして求婚者に繋がるんです?」

「……どうかご勘弁を……私も何故こうなってしまったのか……」


 アルヴァンス殿の声は、ほとんどうめき声だった。あまり気の毒だったので、私はため息をつくだけにとどめる。

 どうやら察するに、我が父と何かを賭けて飲み比べをしたようだ。

 いったいどんな酒を、どれだけ飲んだのだろう。考えると実に恐ろしい。

 私の幼い頃からアルヴァンス殿を館で見かけていたが、彼の二日酔いなど初めて見た。そして同じように飲んだはずなのに平然としている父の異常さにあきれはてる。

 どこまでも酒好きで愚かな男たちだ。

 もう一度ため息をついた私は、歩みの鈍いアルヴァンス殿を追い越し、明るい日差しと爽やかな新酒の元へと歩いて行った。




 結局真相は謎のまま、私は四人に交代で会う羽目になった。

 見目麗しい貴公子たちに求婚されている姿は、周囲から見ると女の幸せそのものに見えるはずだ。

 しかし私は、求婚者たちの美貌は素晴らしいとは思うが、それで幸せを感じるかと言われると、否と言うしかない。

 美人は三日で慣れると言うが、外見だけではない場合はそれに当てはまらない。今でも気を抜くと、その凄みについ見入ってしまうから始末が悪い。すぎた美というのは害にしかならないとしみじみ思う。


 一方で、求婚者が彼らでよかったと思うことはある。

 私は一般的な女性の適齢期をやや過ぎた年齢で、求婚されたのは初めてだが男に言い寄られたことはある。

 求婚されたことがなかったのは、私にハミルドという婚約者がいたからだ。

 しかし言い寄られたのは、私が「ライラ・マユロウ」だからという理由だった。あからさまに財産目当ての男に「美しい」とか「ドレス姿も拝見してみたい」などとささやかれても、ときめくはずがない。

 その点、私を「美しい」などと言う男はアルヴァンス殿だけというのは面白く、同時にほっとする。

 それに一般的な熱心な求婚者というものは、泥酔したアルヴァンス殿のように「私にはあなたしかいない」などと言うらしい。

 アルヴァンス殿はもっと派手な言い方をするが、心にもない言葉を毎日聞いていれば、耐えきれずに相手を殴りかねない。

 私はそういう女だから、本当によかったと思う。

 

 

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