11 求婚者たち(2)
二日目、私はなかなか来ないルドヴィス殿を待っていた。
いや、マユロウの館に到着したと聞いて客間に来たのだが、肝心なカドラス家の方がどこにもいなかった。
通りかかった侍女に聞くと、私の母が呼び止めていたらしい。それにしても遅いので様子を見に行ってもらったのに、今度はその侍女も戻ってこなかった。
マユロウの本邸は狭くはないが、大人が迷うほど広くもない。カドラス家で生まれ育った人物なら、初めての訪問でもだいたいの見当はつく程度だ。館内もマユロウの権威にかけて危険はない。
都の近くの貴族出身の母が、懐かしい故郷の話を聞くために長々と捕まえているかもしれない。
そう納得することにして、私は仕方がなく父に頼まれていた租税の書類の確認をした。父は細かい数字を見るのは得意ではないから、私が進んで請け負わなければ最後の最後まで放置するのだ。
これもちょうどいい機会だろうと集中して作業に取り組んだ。
一通りの作業が終わろうとした時、ようやく扉を叩く音がした。
まず様子を見に行かせた侍女が扉を開けて申し訳なさそうな顔を見せ、その後でやっとルドヴィス殿が入ってきた。
「お待たせしてしまい、申し訳ない」
口ではそう言うが、ルドヴィス殿の華やかな顔に反省の色はない。
最初の顔合わせのときからそう言う人物であるとわかっていたが、私も聖人ではない。苛立ちをあえて隠さず、やや引きつった笑みを向けた。
「我がマユロウの館で、迷子になった成人男性は初めてですよ」
「……この年で迷子と言われるのは厳しいですね」
そう言って笑ったが、やはり反省している顔ではない。
商人の血を引いているから愛想がいい人物だろうかと単純に思っていたが、この方に関しては強硬な領主として知られるカドラス家の誇り高さが強く出ているのだろうか。
そう思った途端、ルドヴィス殿は驚くほど明るい笑顔を浮かべた。
「お待たせしているとはわかっていましたが、ご正妻とご側室方にささやかな手土産を差し上げておりました」
華やかな美貌が意図して端正で明るい笑みを浮かべると、こんなに強烈な吸引力を発揮するのか。彼の言葉の内容が頭に入ってこないくらいに引き込まれそうになり、私は慌てて目を逸らす。
遅くなったのは、母だけでなくご側室方とも話をしていたかららしい。
それならば、そうと早く知らせてくれればいいのに、侍女たちは一体何をしていたのか。そう思わないでもないが、ルドヴィス殿の笑顔を見て、何となく理由がわかった気がする。
この笑顔を間近で見てしまったら、職務を忘れてしまってもきつく叱れない。特に若い娘であれば。
そう思うほどの威力があるが、これが本気の営業用の顔なのだろう。
申し訳ないが、私に対しては控えてくれる方が好ましい。こんなものを向けられていては、落ち着いて話すこともできない。
「私に愛想笑いは不要ですよ」
「ライラ・マユロウなら、そう言っていただけると思っていた」
あっさり笑みを収めたルドヴィス殿は、口元だけで笑って無造作に私の向かいの椅子に座った。
身のこなしも顔立ちも、実に華やかな方だ。そういう方が、金に糸目をつけない上質の衣装を着るのだから、私まで上質の服を着なければならないような気がしてくる。
そのくせ目が鋭くて、笑みを消すと厳しい領主一族の顔になる。
しかし顔や肌などを見ると年齢は思っていたより若いようで、二十代後半というところか。こんな派手な方がよく今まで独身でいたものだ。
「ああ、そうだ。ライラ・マユロウにも手土産を持ってきています」
そう言って差し出してきた小箱の中には、親指ほどの小さな銀製の襟飾りが入っていた。細やかな細工で花の形が作られている。
「華麗な物より、そのくらい小振りな方がお気に召すかと思いまして。今日のお姿にもお似合いですよ」
そう言うと、私の手から小箱を取って襟飾りをつまみ上げる。そして座っていた私の前で身を屈め、流れるような仕草で私の襟につけていた。手先も器用なようだ。
「いかがかな?」
ルドヴィス殿はわずかに首を傾げる。その顔は自信に満ちていて、見たて違いの可能性など考えていないだろう。
その鋭い目に押されるように鏡の前に立つ。そこに映る飾りは、確かに今日の装いによく似合っていた。
私の好みにもぴったりあう。
いつのまに私の好みを調べていたのだろう。
「ありがとうございます」
多少いぶかしむ気持ちは残ったが、好みに合う装飾品を見ているとやはり気分がよくなる。最初の苛立ちをすっかり忘れ、私は振り返ってルドヴィス殿に笑顔を向けていた。
もう一度鏡を見ると、やはりそのささやかな輝きは私に似合っていた。
その鏡の向こうに、ルドヴィス殿が映っている。鏡に映る姿も華麗そのものだ。その目元に一瞬柔らかな笑みが浮かんだような気がした。
しかし、私は後で気づいたのだが、贈られた襟飾りは男装用のものだった。
何か心を過るものがあったが、たまには美しいものを愛でても許されるだろう、と深く考えるのを放棄した。




