変わる世界①
「暇だ。死ねよ冷血眼鏡」「ああ暇だな。くたばれ凶暴眼鏡」
ディードとシェラは給電所の長椅子に腰かけて、電動車の充電が進まない暇さを愚痴にした。ディードは昼間からアルコールを喉に流しこみ、シェラは博打の攻略本を読んで、駄目大人っぷりを遺憾なく披露している。
自動車を石油で走らせていた大昔はほんの数分で終わっていた作業らしいが、蓄電池を丸ごと交換する電動車にとっては十数分もの時間がかかる。
化石資源が一世紀近くも昔に枯渇した現在、さりとて不便は訪れていない。実際には代替品の人工石油が登場した時期に産油国が軒並み破綻し、そこそこの争いが起こったらしいが、今となってはやはり大昔の出来事だ。
『かつての産業が化石資源に依存していたように、現代の産業は鉱物資源に依存しています』
声の方向、街頭の大型画面では、鉱山の暴動事件にちなんだ報道特集が流されていた。
『さらに近年になって兵錬武製造のために鉱物資源の需要が極端に増加しました。これによって緩やかな価格上昇を続けていた鉱物資源は、一気に高騰する事態となったのです』
そして解説役である大学の準教授だか助教授は、最後にこう締め括った。
『つまり近年多発している鉱山労働問題も、兵錬武による弊害の一つなのです』
製造の困難さと、高騰を続ける原料。この二つこそ兵錬武が高価である原因だ。
兵錬武犯罪が連続銀行強盗や大量殺戮などに大型化する理由もそこにある。家一軒の値がする兵器を用いて、学校の硝子窓を割る者などどこにもいまい。
そこでディードはふとした疑問を覚えた。
「鉱物資源と言えば、確か《十一人》が最初に襲撃したのは、世界最大の鉱物埋蔵量を有すると言われていたツェゲテヘラ神権国だったな」
「ああ。通説だが、あの山しかない弱小国を真っ先に陥落させた理由は、長期に渡る戦いを見こして兵器の原料である鉱物資源を叩き、供給を止めるためだとされている。
しかしここで疑問になるのは、そもそもツェゲテヘラは敬虔な宗教国家で、宗教上の理由によって採掘を行う可能性が全くなかったことだ」
「つまり連中は十年後、あるいはその先の資源不足を予期していて、自分たちが兵錬武を製造し続けるためにツェゲテヘラを押さえた。ってことか?」
「ツェゲテヘラに限らず、《十一人》の来訪した地で人が住める状況は少ないからな。それは誰にも分からん」
どうにも詮のない会話だ。
給電所の作業員が蓄電池の交換を終えた電動車を回してくるが、さりとて仕事が入っているわけでもない。ディードとシェラは自由待機という名の暇を持て余す。
「しっかし、このソニス市でどうしてこうも仕事がないんだろうな……」
ツェゲテヘラで思い出したように、ディードは疑問を口にした。
考えてみればおかしな話だ。ソニス市は〈ソニス4〉が来訪した地として、兵錬武犯罪者たちからは聖地のように特別視されている。そのせいで兵錬武犯罪の発生率は、同規模の都市と比べても極端に多い。だのにこの暇さ加減は一体どういうことだ?
「簡単な話だ。《ブラック・プライド》はソニス市でも唯一と言っていい武闘派のACCで、賞金首の捕縛や凶悪事件の解決に特化しているので元々から仕事が少ないだけだ」
「どういう意味だ?」
「そもそも大抵のACCは事件を未然に防ぐ警備の方面に力を入れていて、賞金首の捕縛や重犯罪など危険すぎるので軍に丸投げする傾向がある」
「そう言われりゃ、同じ中堅ACCの連中に賞金首や事件を横取りされた覚えは少ないな」
ディードは先日の一件、銀行強盗を思い出していた。支店長が法外な料金だと評したように、警備契約に換算すれば余裕で三か月分に相当するだろう。
「そもそもソニス市に〈卵のソニス4〉が来訪したのは、このソニス市が傭兵の拠点都市として発祥したため、歴史的にPMCの密集地だったからだ。
皮肉なことに、戦力が集中していたために〈ソニス4〉が来訪して壊滅し、聖地視されて兵錬武犯罪が多発する運びとなった。しかしPMCという土台が多かったため、それを母体とするACCの数も多い」
「キュバリリウス四大ACCの《ミリオンAC》と《ジェラウッド》社もPMC時代からソニス市に支社を持ってて、その頃からの懇意だったっけ」
「その二社の協調路線によって、ソニス市のACCは事実上の一党独走体制にある。
だからこそ《ブラック・プライド》は誰もやらない仕事に手を出した。要は危険手当を含んだ多額の成功報酬によって、創設僅か三年で中堅に伸し上がったというわけだ」
「成る程ね。量より質、ってわけか」
ディードは納得を浮かべて大きく頷いた。
「確か、大手の《ミリオンAC》や《ジェラウッド》社でも、五十人の兵錬武所持者に対して免許持ちは七人くらい、中堅ACCは二、三人だったな」
ディードが口にした免許持ちとは、とりわけ危険な賞金首の捕縛と事件に関わるための免許を交付された有資格者を意味し、転じて実力者をしめす敬称を意味していた。
「六人の社員の中で五人が免許持ちって極端な構成も、業務内容が理由か?」
「そういうことだな」
ディードの推察を首肯するシェラ。しかしその視線は極寒だ。
「貴様は社長の弟のくせして、社の経営方針も知らんのか?」
「俺は二代目を継ぐ気なんかねえからな。平社員の戦闘要員が性に合ってる」
ディードは肩を竦めて答える。そこで会話は途絶えた。
携帯の呼び出し音が鳴ったのは、ディードが新手の嫌がらせを考えている最中だった。ディードの手が億劫そうに動いて、着信名を確認し、通話に出る。