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白銀の影

「中央駅に続き、これで今週に入って二件目の犯行か」

 クラーブ・デリットは厳しい眼差しで現場を見つめていた。

 逞しい肉体は軍服に包まれ、階級章は部隊長をしめしている。

 実直を絵に描いて、額に入れて飾ってあるような生真面目さが窺える人物だ。

 夜闇に呑みこまれたソニス市の一角。人工の電灯に照らされた川原の護岸には、人の輪郭を模したビニールテープが張られていた。

「デリット隊長に報告します」

「許可する」

 副官のカスツァー・ワイゼルは、軍人然とした機敏さで敬礼を行った。

「犯行の発覚は本日夕刻、川原を散策していた児童らが死体を発見した模様です」

「夕刻に児童だけで川辺を散策していたのか? 保護者は?」

「それが火遊びと言いますか、放置された猥褻本を探していたようでして……」

 歯切れの悪いカスツァーの報告に、クラーブは一瞬だけ頭が重くなった気がした。同じ年頃の息子を持つ身として、子供の教育は間違えぬようにと心に誓う。

「幼いながらに死体を目撃してしまったのだ。その衝撃はいかほどだろうな」

「すぐに精神看護の手配をします」

 クラーブが視線を注いでいるのは遺体の残影ではない。闇夜を真昼に照らそうとするかのように、銀色の液体が電光を反射して輝く水溜りとなっていた。

 それは酸素を運ぶ赤い血液ではなく、電気を通す銀色の血液、《銀血(ぎんけつ)》だ。

 大量の銀血は川原一帯の草地や砂地や岩場に護岸、さらには水底にまで散逸していて、人間一人分の血液をぶちまけたと表現しても大袈裟ではない。

「犯人は《白銀の影》に間違いないだろうな」

 クラーブは苦々しい表情を浮かべた。

《白銀の影》と名乗る集団が起こしている政府要人の殺害事件は、今年の頭から今日にかけて、半年で三十件近くに上る。市民の不安と動揺も日増しに増加し続けていた。

 被害者の護衛を含めても五十人という数字は、兵錬武犯罪の被害者としては少なすぎる部類に入る。しかし半年もの長期間に渡って殺人を続けている一点だけで、大多数の人間が起こす短絡的で粗末な犯行ではなく、知能犯の計画犯罪だと告げていた。

「カークケイト嬢はどう思う?」

 クラーブに見解を振られて、ロナは少し考えこんだ。科学捜査の時代であるからこそ自らの見解と発言の重要性を熟知しているといった面持ちで、慎重に言葉を選んでいく。

「ワタシも〈聖銀(せいぎん)〉の犯行で間違いないと思います。それは現場に残された大量の銀血が証明しています」

「つまり?」

「兵錬武に変身すると人間の骨格は合金に、筋肉は電気を消費する人工筋肉に、末梢神経は珪素繊維の光伝達神経へと、それぞれ戦闘専用の組織へと置き換えられます。しかし一方で、脳や脊椎といった中枢神経、それらの生命を維持するための心肺や内臓器官は残されます。

 つまり兵錬武の外側は戦闘用の人工組織、内側は生身のままと言えます。

 重要なのは銀血が生命維持には必要とされず、運動にのみ使われている点です」

「大量の銀血を失うと、運動機能に支障が出て極端に行動力が低下、最悪は活動不能に陥る、というわけだな」

「はい。一人の兵錬武がこれほど大量の銀血を失って満足に活動できたとは思えません。また、大量の流血を余儀なくされる状況下で赤い血を流していないのも不自然にすぎます。

 この大量の銀血は、聖銀の能力に起因するものと考えるのが妥当です」

 これまでの犯行でも、《白銀の影》は有用な証拠を何一つとして残していない。目撃者もおらず、現場に残されるのは殺害手段をしめす痕跡だけ。まさに難事件であった。

「あの、ところでカークケイトさん、よければ今夜のお食事をご一緒しませんか?」

「御免なさい、これから早速、鑑定を始めなければいけないので……」

 ロナはカスツァーの誘いをやんわりと断った。カスツァーはまるで主人に見捨てられた子犬のように消沈する。

 職場の恋愛模様に、妻帯者であるクラーブは昔を懐かしむように眼を細めた。

「恋愛と同じだな。待ちの一手で望む結果が近付いてくることはないが、攻めの一手でも空振りに終わることは多い。

 必要なのはきっかけだ。それも決定的な」

 クラーブの独白は遠く、ソニス市のどことも知れぬ場所に飛んでいった。

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