ソニス市②
ディードとシェラを乗せた電動車がソニス市を進んでいく。
「にしても、兵錬武は珍しくなくなったな」
車窓の外を泳いでいたディードの視線に複雑な感情が混ざりこむ。
ソニス市に並んだ商店のいくつかに、兵錬武の販売店が点在していた。今もその一つから、釦型の兵錬武を購入したらしき企業人風の男性が出てきたところだ。
「《新生の轍》が兵錬武を無作為にばら撒いている間は、兵錬武問題はまだまだ一部の人間にしか関係のない遠い世界の出来事だった。世界の治安が一気に乱れたのは、民間企業が兵錬武の複製と販売に着手したからだ」
「責めるな。自衛のために兵錬武の研究と開発は必須だった。裏には利益の追求があったとしてもだ。貴様にもそれくらいは分かっているだろう」
助手席に座ったシェラが、静かな口調でディードの怒りを嗜める。
「それに量産型ですら家と同価格もする兵錬武が、飛ぶように売れるとは誰も予想できなかった。一般家庭ではそれこそ一生に何度もない買い物だ。
数百年前に起きた数度の世界大戦や、一世紀前に起きた化石資源枯渇による戦乱と戦後の混乱に比べれば、今の世界は異様とも言える順応さで兵錬武を受け入れている」
そこで一旦、シェラは言葉を区切った。自らの懸念を閉じこめるように沈黙する。
「《十一人戦争》に、〈ソニス4〉か」
ディードは過去を回想するように一人ごちた。ディードの視線は、自然とソニス市の街並みに向けられる。
周囲を山々に囲まれたソニス市は、典型的な山岳都市の様相を呈していた。ソニス市の発祥は中世期、傭兵の拠点都市として築かれたのに由来する。
しかし現在のソニス市は、模型の街であるかのように歴史も生活観も感じさせない。
十年前の《大戦》は地形を変えるような激戦だった。苛烈を極めた戦闘は河川の流れを変え、無数の水源を掘り起こし、土砂や瓦礫が水流を堰き止めた結果、かつての中央市街地を含む南部一体が水没してしまったのだ。
ディードの生家も、友達の家も、初恋の女の子との思い出の店も、落書きをしたためた由緒ある城壁も、子供らからおばけ山と恐れられていた豪族の首塚も、中世の開拓時代から積み重ねられてきた何もかもが水の底に沈んでいた。
ソニス市のどこにも十年前の《大戦》は、〈ソニス4〉という恐怖は、十年という月日の重みは、それ以前を含めた全ての歴史は、影も形も残されていなかった。
ソニス市の変貌をしめす何よりの象徴が、市内のどこからでも見られるソニス湖だろう。
ソニス湖の中心からは、墓標か慰霊碑を思わせる尖塔が突き出ていた。中世期に建造されたソニス市の中心部、ソニス城の中央塔の先端だ。
そう考えると、ソニス湖自体が巨大な墓標であると言っても過言ではないだろう。
「美談だな」「ああ、美談だね」
ディードが呟き、シェラが同意を吐き捨てる。二人の顔では静かな怒りと不快感がない交ぜとなり、嫌悪になっていた。
「『《大戦》は悲惨だったが、我々は悲劇を乗りこえて前に進もう』っつう、成長譚で終わらせる気満々なのが癪に障る」
「確かに問題を乗りこえることは重要だ。恐怖を忘れなければ、誰も前に進めない。だが、乗りこえることと忘れることを同一視している、いい加減さが気に食わない」
ディードもシェラも被災者だ。《大戦》の悲惨さも知っているし、そこから立ち直る困難さも知っている。精神的、経済的に立ち直れず、死を選んだ者まで出たのだ。
今でも目を閉じれば思い出せる。あの日、ソニス市に来訪した〈ソニス4〉が、何もかもを食い散らかす光景を。〈ソニス4〉に指揮された軍団が、何もかもを破壊していく光景を。
通っていた学校は、多くの生徒や教職員を巻きこんで崩落した。
人々の溢れていた商店街は、そのまま死者の陳列場となった。
両親は自分を生かそうとして犠牲になった。
拳銃程度では歯が立たず、勇敢な保安官は次々と返り討ちにあった。
出動した軍やPMCの戦車ですら瞬く間に食いつくされて、戦車を材料に作られた軍団が守るべき人々を殺していった。
そして人々の死体がさらに材料となって、次々に次々に〈ソニス4〉の軍団が増えていった。
思い返しただけで、肋骨の古傷が痛みを訴えてくる。
それはあの日に覚えた憎悪と殺意と、あの日に失った温もりの痛みだ。
だからこそあの悲劇を忘れるのは、亡くなった者たちへの冒涜だとすら感じていた。
ディードの中で《十一人戦争》は何も終わっていなかった。《始まりの十一人》がいなくなっただけだ。戦後処理が終わっただけだ。
失った両親や友達はもう戻ってこないし、帰る場所もなくなった。あの日の絶望感と憎悪の落とし所に辿りつくまでが、ディードにとっての《十一人戦争》なのだ。
電動車を右折させると、丁度山の稜線に夕日が沈む光景が目に飛びこんできた。断末魔じみた夕焼けが、紺青の闇に塗り潰されていく。
夜空には銀色の月が顔を出していた。