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ソニス市①

《十一人戦争》が終結して間もなく、世界中に兵錬武が出回り始めた。

 彼らは何を目的に兵錬武を生み、世界中に広めたのか? その真意は《十一人戦争》が起こされた理由と同様、今もって判明していない。

 兵錬武を生み出し、世界中に流布させた集団、その名を《新生の(わだち)》という。

 そして世界的な兵錬武の出現は、犯罪の発生とは別の側面も見せていた。兵錬武の複製と市場流通である。

 現在、大陸で流通している兵錬武は、実に十割近くがたった五つの企業に製造された品だ。

 兵錬武の製造には高度な技術力と、素材として大量の希少鉱物が必要になる。大手PMCが大手ACCに変遷していったように、兵錬武の製造に着手できたのは、潤沢な資金力と高度な技術力を有していた大手の兵器製造企業のみだった。

《ゾルキス軍事開発工業》は大陸五大開発に名を連ねてこそいないものの、キュバリリウス連邦の軍式兵錬武開発企業の一角として、確固とした地位を築いていた。

「その《ゾルキス》社社員の名刺がここにある」

 ディードとシェラは空き地の木陰で昼休みをすごしていた。小さな折り畳み式の机の中央では、アイゼリカの名刺が信奉者を従える教皇のように君臨している。

 この紙片を見ているだけで、ディードは白米を三人前は食えそうだった。事実ディードは凄まじい勢いで店売り弁当のハンバーグを食い荒らし、焼き魚を頬張って、葉菜を噛み千切り、アルコールで口の内容物を一気に流しこんでいく。

「私は素直に喜べないな」

 喜色を浮かべるディードに対して、シェラはあくまで冷静だ。機械のような無感情さで、淡々と新聞の文字を左から右へと追っていく。

「統計からして貴様に近付いてくる女は、頭の螺子が外れているか人格に欠陥を抱えているか特殊性癖の持ち主だけだ」

 途端にディードの前髪が萎れた。確かに姉を筆頭にして、大学時代の恋人、同僚の髑髏眼鏡に《白百合》社のアバズレ、ロナにその他大勢と、マトモな女子と出合った記憶がない。

「大学時代は尽く、『ディード君って、絶対にこっちの世界の人だと思ってたのに』って理由で破局してたんだよなぁ」

「それは変態時空の住人だと思われる、貴様の人相と言動、服装に責任がある」

 ディードは自らの変態磁石体質に、心の底から舌打ちを放った。

「どちらにせよ、過度の期待をするものではない」

 冷酷なまでに客観的な評価を述べてから、シェラは卓上の名刺に手を伸ばした。そこに襲いかかってきたのは樹脂製のフォークだ。すかさず引っこめられた手の下でフォークが名刺を突き刺し、地獄に引きずりこむかのようにディードの手元に引き寄せていく。

「これは俺の個人的な人間関係だから」

 改めて性格の悪い男だ。シェラは無表情の温度を下げ、紙面を追う作業に戻る。

「何か仕事になりそうな記事はあるか?」

「特にない」

 シェラは即答。長い脚を組みかえて頁を捲る。

「大陸五大開発の一つ、闇兵錬武を流通させている《バルドロケウス》社の拠点はいずれとして発見されず、大陸経済への打撃と犯罪の助長は留まるところを知らない。

 ACC成立以前の非合法自警として、《シュバリエ》の連中はいずれも手配中。

 そういえば旧エルレイド革命軍の戦犯ジェスド将軍がソニス市に潜伏しているという噂があるが、まあ噂だろう。

 事件を待つのではなく、貴様が事件を起こしたほうが早いな」

「だからどうして、俺はお前の中で凶悪犯罪者に設定されてんだよ?」

「それが揺るぎ無き事実だからだろうが」

「その場合、被害者一号は間違いなくお前だけどな」

 シェラは腰からゼドノギラスを引き抜き、予告もなくディードの眉間に発砲した。

 すでにディードの姿はない。シェラの横手に出現したディードが、力の限りにアルコールの瓶を振り下ろす。瓶はシェラの頭蓋に直撃し、粉々になって砕け散った。

「なぜ、撃った?」

「命の危険を感じたから正当防衛を行使したまでだが? 貴様こそなぜ反撃した?」

「それこそ正当防衛だろうが」

 二人の主張はどこまでいっても平行線だった。

 一拍遅れて、シェラの頭部から間欠泉のように血液が噴出した。ディードが思わず「ぬおおっ!」と仰け反ってしまうほどの、空を覆いつくさんばかりの血の雨が降り注ぐ。

「どうした凶暴眼鏡? そんなに青褪めて」

 しかしてシェラは、自身の負傷などお構いなしだった。普段から血が通っているとは思えない色白の肌が、今ははっきりと青くなっているのが分かる。

「お前のほうが青いわ!」

「馬鹿者。貴様には私が青く見えるのか? どう見ても赤だろうが」

 混乱するディードを他所に、シェラは噴水を溢れさせたまま電動車に乗りこんだ。噴水が天井に激突して反射、助手席が見る見る間に赤く染まっていく。シェラは電動車の収納から救急箱を取り出し、手鏡を使って傷を確認。ガーゼを当て、包帯を巻く。

「単に古傷が開いただけだ。驚くようなものでもない」

「古傷? 軍属時代のか?」

「いや、《大戦》時に受けたものらしい」

 シェラが傷の手当をする間に、ディードは昼食の後片付けを終えていた。運転席に乗りこみ、鍵を回し、指紋を読み取らせて電動車を起動させる。

 そこでふと気付いた。

「お前は昼飯食わなくていいのか?」

 言われて初めて、シェラも気付いたようだった。ここ数日の記憶を思い返し、

「……そう言われれば、三日ほど何も口にしていないな」

 ディードは生暖かい表情を浮かべた。その表情のまま電動車を発進させる。

 後日、私物である電動車の清掃費で、ディードはもう一度生暖かくなる羽目になった。

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