再来者、再び
「き、貴様は、貴様らは何者だ? 目的は何だ?」
ザッカーマンの顔には粘液のような恐怖がへばりついていた。ザッカーマンの悲鳴じみた問いに、悪霊は唇を歪めて嘲笑を示す。
「言っただろう。俺はしがない通りすがりの名探偵だと」
悪霊の出で立ちは明らかにこの場の状況から浮いていた。黒い肌着の上に鋼色のジャケットを羽織り、下は漆黒のジーンズとブーツ。首に巻かれた黄色いマフラーは、襟に仕こまれた送風機によって激しくはためいている。
全体的に探偵などとは言っていられない風体だ。体の端々から躍動感と行動力がはみ出している、そんな雰囲気の男だ。
悪霊が歩を進めるたびに、両腕にはめられた十一の腕輪が不協和音を撒き散らす。
ウラル・ウル・ウルトルガという名の悪霊が、かつての戦地に再々来していた。
「俺たち《新生の轍》は、前時代の石油富豪が発足した次世代エネルギー研究機関を前身としている」
ザッカーマンの執務室の中央で、ウルは名探偵じみた所作で真相を語り始めた。
「彼らは数世紀も昔から、いつか化石資源が枯渇し、エネルギー不足の時代がくることを予見していた。富裕者が収入源をなくすんだ、さぞかし必死になっただろうな」
ウルが語っている間にも、階下からの足音は急速に近付いていた。しかしウルは気付いていないとばかりに全く動じず、ザッカーマンに喋り続ける。
「しかし俺たちが《非環珠》という不完全擬似永久機関を完成させた頃には、すでに世界の資源問題は化石から鉱物へと変わっていた。人類は宇宙開拓を迫られていたんだ」
執務室の扉が破裂するように開かれた。「ザッカーマン局長、ご無事ですか!」と叫んだ警備主任を筆頭に、十数人にも上る警備員が室内に飛びこんでくる。
「兵錬武の音声入力が、一律して『変身』と口ずさまれる所以を知っているか?」
だのにウルは警備員など一顧だにしない。執務机を玉座のように尻で占領している。
ウルの余裕を侮蔑と受け取った警備員の一人が怒号を放って飛び出し、変身。爆発的な熱量の白い光が発生し、光の塊はウル目がけて一直線に向かっていく。
白い光が収まり、姿を現した警備員は串刺しとなっていた。無造作に突き出されたウルの拳が、兵錬武と化した警備員の体を貫通し、非環珠を握って飛び出している。
「有名な逸話だ。世界で最初に兵錬武の変身を目の当たりにしたサバノーヴァ将軍が、音声入力に使われていた『変身』の文句を聞いたからだ」
非環珠を握ったウルの手、その指先には小さな鍵が挟まれていた。爪の先よりも小さい極小の非環珠を有した、鍵状の兵錬武だ。
暗黒の兵錬武《悪霊貴公子リベリオール》が、凶星の如き不吉な輝きを放つ。
「リベリオール!」
ウルは左手を腰にあて、重心をやや左に移動させる。右肘を横に伸ばし、手の甲を見るように二本の指で挟まれた鍵を眼前に翳す。鍵の非環珠から赤光が放たれて網膜照合。
「変身!」
そこから先は一瞬、いや、一刹那の出来事だった。
ウルが黒い光に呑みこまれ、漆黒の革服をまとった異形の兵錬武、悪霊が出現する。ウルの腕が無数に分裂して警備員どもに飛翔、非環珠を抉り出して絶命させる。
十数人もいた警備員が、瞬き一つの間に全滅していた。ザッカーマンの目にはその過程が映像ではなく、二枚の絵のように隔絶されて見えたことだろう。
一縷の望みが無意味なままに断たれたことで、ザッカーマンは処刑場の死刑囚じみた恐怖と絶望を浮かべていた。顔色は死人よりも死の色を宿し、吐く息は凍えて冷たい。
「俺たちは宇宙開拓において、いくつかの問題が立ちはだかっていると考えた。例えば食料の問題、資源の問題、住居の問題、そして距離の問題などだ」
ウルは最前と何ら変わらぬ調子で暴露劇を続けていく。その態度はまるで警備員の介入がなかった、いや、最初から警備員などこの世のどこにも存在していなかったようだ。
「兵錬武は本来、宇宙開拓における宇宙服として開発が進められていた。そこで俺たちは宇宙服自体に、問題を解決するための機能を付与した。
例えば冒涜の兵錬武による、いかなる環境下でも食料を生産するための生物改造能力。
例えば輪廻転生の兵錬武による、限られた資源の完全再利用能力。
例えば天地開闢の兵錬武による、住居転用を目的とした巨体能力。
そして俺の暗黒の兵錬武による、通信と移動のための量子能力などのようにな」
絶体絶命の窮地にあって、それでも恐怖を押し退けてザッカーマンに疑問が湧き上がってくる。それは死の淵においても衰えることのない、研究者としての本能だ。
「ここまで言えば分かるだろうが、俺たちの兵錬武は全く戦闘を想定していない」
ザッカーマンはこの数分間で何度目かの心拍不全に陥った。圧倒的だ。《新生の轍》と《始まりの十一人》、その兵錬武は自分の想像力など及ばないほどに圧倒的すぎた。
だからこそ疑問が口から溢れ出てくる。
「なぜだ? そこまでの技術領域に達していながら、貴様らはどうして《十一人戦争》を起こし、兵錬武の配布なぞを行った?」
「理由は明快かつ難解だ。一部の人間が主導しようが世界は変わらない。何より必要だったのは、他ならない人類の意識改革だ。
だから俺たちは戦争で人々の記憶に兵錬武を強烈に植えつけ、そして普及させることで兵錬武を身近なものとして生活に密着させた。民間企業による兵錬武の大量複製には、鉱物消費を加速させて宇宙開拓の必要性を意識させるという狙いもあった。
何より宇宙開拓には、お前たちのように異なる発想から兵錬武の可能性を追求することが必須だったからだ。
だが、世界は変わらない。十年経っても変わらない」
ウルはくるりとザッカーマンに向き直った。その眼光には暗い感情が宿っている。
「この十年で兵錬武が平和維持に使われたことがあったか? 産業に転用されたことがあったか? 兵錬武が人の命を奪わなかったことがあったか?
俺たちは、失望しているんだよ」
暗い失意に取り憑かれたその様相は、悪霊としか表現できない不吉さを孕んでいた。ぬるりとした動きでザッカーマンとの距離を詰める。
「お前は独断の多い人間だ。今回の件を初め、革命軍への資金提供も《ゾルキス》社に無断で行っていた。《ゾルキス》社の資金と技術を無断で借用してな。
つまりお前を始末してしまえば全ての真相は闇の中、というわけだ」
「私を殺せば貴様の欲している情報は!」
鬼気迫る表情でザッカーマンが口を開くが、その言葉が口に出されることはなかった。ウルの手刀によってザッカーマンの首が刎ねられ、声を発せなくなったからだ。
血液の弧を描いて宙に舞ったそれが、ウルの手の中に落ちてくる。
「考えが甘い。俺たちの技術力を持ってすれば、死後間もない人間の脳から情報を取り出すことなど造作もないんだよ」
ザッカーマンの首が量子分解の光を放って消失。量子情報に分解されて保存される。
ウルが変身を解き、悪霊から名探偵へと性質を変える。次いで懐からハーモニカ型の兵錬武を取り出して眼前に翳す。
「そして偽装の兵錬武《仔山羊袋のカンビオウス》によれば、死体の複製など造作もない」
言うが早いやウルは変身。カンビオウスの能力によって、目の前にザッカーマンの首つき死体が生み出されていく。
再び変身を解いたウルは、ふと視線を外に向けた。壁に阻まれ何も見えないはずだが、しかしウルの視界にはソニス市の町並みとソニス湖の水面が広がっているのだろう。
かつて〝冒険者〟が来訪し、そして〝冒険者〟に種を蒔かれた若者が暮らす地だ。
「さらば懐かしのソニスよ、願わくば再び見えんことを。と言ったところか?」
気取った別れの言葉を残し、それきり名探偵の姿は消えた。




