赤と銀②
赤と銀の閃光が、北から南へとソニス市を縦断していく。
空中機雷の爆裂を利用して飛行するロナを、ディードが虫の飛行で、シェラが単車を走らせて追っていた。
劇場の位置する山麓部から市街地を突っきる大通りは、なだらかな下り坂となっていた。大通りの終点に広がるソニス湖は巨大な壁のようだ。
高速で移動する三人に風景のほうがついてこられない。自転車や電動車、歩道橋が標識が障害物となって飛んできては後方に押し流されていく。
ビル郡が林となった大通りには、主婦や親子、昼休みの勤め人が溢れていた。空中を行く二人と地上を疾走するシェラを、ソニス市民らはただただ呆然とした面持ちを並べて見ている。
ソニス市の平穏な日常を、非日常の存在が貫いていく。
ロナは錐揉みを行い、歩道橋を避けつつ身代わりを放出する。身代わりは即座に霧散して本来の役割である空中地雷原を形成。高速移動の最中に空中機雷原を掻い潜るのは至難の技だ。
「冷血眼鏡!」「承知している」
ディードの怒声に応じてシェラが両腕から連続射撃。信号や道路標識が蜂の巣となって後方に置き去られ、空中地雷原が次々に爆裂。空中に炎の花弁が咲き乱れる。
火薬庫の兵錬武《ゼフィラーダ・モデルS》の本質は、移動弾薬庫。本来は小隊運用前提の補給専用兵錬武だが、シェラは二重変身によって単独での運用を可能としていた。
ディードがペルテキアを投擲。炎の花弁が貫かれ、ロナへと直線で襲いかかる。
ロナは信号機の横枝を蹴って進路を変更、投槍となったペルテキアを回避する。
その直後に爆炎が盛り上がり、内部からディードが飛び出してきた。ディードの左腕が上顎だけの獣となって振り下ろされ、ロナの右肩をごっそりと食い千切る。
同時に反撃で放たれた銀血の杭がディードの左肩を貫通し、勢い余って背後のビルに命中。壁一面が崩れ落ち、通行人の溢れる街路に降り注ぐ。
三人は一斉に行動を始めた。ロナが銀血のヨーヨーを振るって巨大な瓦礫を解体し、シェラが弾丸で破片を細かく砕き散らして被害を抑える。それでも砕ききれなかった瓦礫が親子連れに落ち、ディードが親子に覆い被さって背中で受け止める。
親子が礼を言う間すらなく、三人は高速戦を再開。
地上を走るディードは跳躍。交差点に侵入してきたバスの屋根に着地し、再跳躍。その先の看板を蹴り、ビルの壁に突き刺さっていたペルテキアを引き抜き様に跳躍。
運動能力、技量、戦闘経験、何より無制限の最大稼動による爆発的な攻撃力。ロナに撹乱と遠距離爆撃があるとしても、ディードが圧倒的に有利なのは明白だ。
しかし懸念があった。先ほどからべちゃべちゃと、地面に真っ赤な液体が滴っている。ディードから流れ出した血液だ。
負傷がディードの足枷になっていた。動きはぎこちなく、精彩がない。そのため、普段なら致命傷を与えられるはずの攻撃が浅く、避けられるはずの攻撃を直撃させていた。
空中でディードとロナが接近し、ペルテキアが振られ、シャルピニオが受ける。ディードの右脛が骨まで抉られ、ロナの右脇腹に裂傷が刻まれ、銀血の雨が降り注ぐ。歩道橋を両断し、道路標識を切り払い、二人は障害物競走のように目まぐるしく動き回る。
薙刀と銀血がそれぞれの体で踊り狂い、二人は赤と銀の斑模様に染まっていた。
もう一つの問題は時間だ。シェラが戦い始めてから七分以上の時間が経過していたが、最大稼動を使ったロナに至っては十分をこえている。
兵錬武の活動時間が十分をこえることは通常ではありえない。通常でないとすれば、それはエトゥンミュレが非環珠を二つ有している点にある。
同じように非環珠を二つ有しているシェラとロナだが、シェラは二つの兵錬武を二つの非環珠で動かしている状態であり、変身時間が長くなるわけではない。
対してエトゥンミュレは二つの非環珠で一つの兵錬武を動かしている。活動時間は倍の二十分になっていると考えるべきだ。
ロナは明らかに時間稼ぎの逃亡戦に持ちこんでいる。ロナの狙いはこちらの時間切れだ。
「凶暴眼鏡、仕かけるぞ!」
結論に応じて、シェラはゼフィラーダの最大稼動を発動させた。ゼフィラーダが加速し、剣戟を繰り広げる二人を追い抜く。ゼフィラーダの最大稼動はマグニクスと同系統、三分間を消費して一分間だけ加速することができる。
二人の前方に出たシェラの下半身が変形した。単車が前後に分割されて両脚となり、踵の車輪で地を走る。シェラは百八十度回頭、高速後退しつつロナと正面から向かい合う。
シェラが銃撃を放ち、ロナは真横に跳んで回避。その回避した先へシェラが急速前進しつつ蹴りを繰り出し、ロナは鼻っ面を掠めつつそれを回避して、シェラに銀血の砲弾を放つ。
ディードがシェラの足首を摑んで旋回し、銀血の砲弾はシェラの頭部の残像を貫いて通過していった。さらにディードが腕を振り、シェラの体が弧を描く。
ディードの手から解放されたシェラが再度の流星となって飛び蹴りを放つ。ロナは真上に飛び上がってシェラの飛び蹴りを回避し、さらに上昇して追撃の弾丸から逃げ延びる。
ロナは正午の太陽を背負って銀血の流星を降り注がせる。それ自体が陽光を反射させる銀色の流星は、太陽の光に埋もれて見えなくなった。ディードは舌打ちをして背中に大斧を回して、
「逃げろ凶暴眼鏡!」
シェラの怒声と銃声が聞こえたが、もう遅い。
ディードの背が衝撃を覚え、同時に口から血塊が溢れ出す。背中から腹へと、冷たくて硬い感触が抜けていく。
ディードの背にはロナが降り立っていた。手にした剣が大斧の隙間を抜け、ディードの脇腹に突き立てられている。
上空を飛んでいたロナの姿が霧散した。身代わりだ。ロナが陽光で隠蔽したのは銀血ではなく、同じく銀色であるエトゥンミュレの接近だったのだ。
シャルピニオの剣は銀血を操る。これは詰みの一手だ。
ロナが勝利を確信するのと同時に、その頬にディードの裏拳が叩きこまれていた。ディードは体を回転させ、背中にいるロナを強引に引き剥がす。無理な動作のせいで剣が肉を切り裂き、脇腹を横断して体外に抜けていく。
輪切りにされたディードの脇腹から、銀と赤の血液が盛大に噴き出した。即座に銀血が固化して傷口を固め、治療で投与されていた医療用マイクロマシンが内臓を止血する。
常なら戦闘不能の重傷を負い、それでもディードは倒れなかった。左手で脇腹を押さえ、口から内臓損傷の血塊を吐き、執念の力で大地に踏み留まる。
一方のロナは顎骨を砕かれたものの、瀕死に至るような重傷ではない。ディードの攻撃が浅かったのだ。当然、ディードよりも早く態勢を立て直していた。
今が千載一遇の好機だ。ロナは殺意に酩酊した思考で最大稼動の動作に入り、
雷のように突如として周囲を見回す。
いない、どこにもいない。どこにもシェラの姿が見当たらない。
ロナの焦燥を嘲笑うように、ソニス鉄道の大蛇のような車体が悠然と横を通りすぎて、
その車体の連結部に銀色の人影。ロナが気付いたときには、ゼドノギラスの最大稼動が発動された後だった。シェラの両手首、両腕、両肩から六つずつ、計三十六の銃口が出現。弾倉に直結されたそれらの銃口から一斉に銃火が迸る。
それは真横からの豪雨だった。対戦車徹甲弾に防御という選択肢は存在しない。弾丸の嵐が歩道橋を横切り、歩道橋は雨に打たれた砂の城のように一瞬にして崩れ去る。
蒸気を上げるシェラの上半身から次々と弾倉が排出されていき、そして止まる。
白煙が吹き溜まりとなったそこから、ロナは無傷で現れた。
「それでも真製兵錬武には通用しない!」
ロナはシェラに銀血を放つべく剣を突き出して、その刀身に突き刺さった弾丸に気付く。剣を貫通した弾丸から亀裂が広がり、シャルピニオの剣はなかばから砕けて折れた。
「嘘? 対戦車徹甲弾とはいえ、一発当たっただけで砕けるはずが……」
「一発ではない」
シェラは電車から飛び降り、両脚を単車に戻して高速移動を再開する。
「クラーブの最後の攻撃、僅かだが掠っていたのだ。そして凶暴眼鏡との打ち合いを経て、刀身が脆くなっていないほうがおかしい」
ロナは舌打ちせんばかりの苦々しさを見せた。銀血の操縦桿を兼ねた剣が破壊されたことで、エトゥンミュレの銀血操作能力が失れる。
そのときにはロナの腕は振り抜かれていた。砕けた剣がシェラの腹部に突き刺さり、空中に赤と銀の血液をぶちまける。
「れ、シェラっ!」
シェラは体勢を崩して転倒した。勢いのままに坂道を転がり、その終点から落下していく。シェラの体が湖面に墜落し、水飛沫が噴き上がる。
そこはソニス湖だった。三人は市街地を抜け、ソニス記念公園に到達していたのだ。
岸に腕が伸び、続いて背広に包まれたずぶ濡れの上半身が引き上げられる。
「私に構うな! いけっ!」
ゼドノギラスの変身は解け、シェラは吐血で口元を赤く染めていた。しかしその瞳から、ロナを止めるという決意の炎は消えていない。
シェラの怒号に後押しされ、ディードは後ろ髪を振りきる思いでロナを追う。
湖上を飛行するロナにディードが続く。二人は緩やかな速度で湖面を進んでいった。
「姉と慕っている人物の形見を捨てるなんて、案外冷酷なんだな」
「あんな殺人の道具が、アイゼリカ姉さんの形見であってたまるものですか」
ロナはディードの挑発に乗らなかった。敵意と憎悪に溺れてしまいそうなはずなのに、毅然とした態度を崩さない。
「ワタシの知っているアイゼリカ姉さんは、とても温かい人ですもの」
「ああ、そうだな」
ディードはロナに同意の頷きを返した。もしもディードの表情が知れたのなら、きっと柔らかい笑みを浮かべていたはずだ。
ロナの移動が止まり、合わせてディードの移動も止まる。何者も存在しない湖の真っ只中で、赤い殺戮者と銀色の復讐者が対峙する。
「これで誰にも気兼ねなく、全力でアナタを殺せる」
ロナは自らの胸元に視線を下ろした。鎖骨の位置には二つの非環珠が並んでいる。
「ロナさんは、いや《白銀の影》は、相変わらずお優しいんだな」
応じてディードも、非環珠のはまった右手の甲を目の前に翳す。
「エトゥンミュレ!」
「ペルテキア!」
どちらからともなく、二度目の唱和が叫ばれる。
「アクセスリンク!」
「セカンドイグニッション!」
それぞれの言葉をきっかけにして、それぞれの兵錬武が変貌を始めた。
真製兵錬武の第一形態が一対多を想定した集団戦闘形態とするなら、第二形態は一対一に特化した対人戦闘形態だ。
第一形態ですら他の兵錬武を圧倒する真製兵錬武が、どうして対人専用の形態を持っているのか? その理由は明白だ。
真製兵錬武が全能力を傾けねばならない相手など、同じ真製兵錬武しかいない。真製兵錬武の第二形態とは、真製同士で戦うための形態なのだ。
エトゥンミュレの胸元にあった非環珠が両肩に移動し、卵の殻が割れるように、古い自己を脱ぎ捨てるように、エトゥンミュレの表皮が崩れ落ちていく。
小柄だった体格は一回りほど膨れていた。それでも平均的な成人男性と変わらない。
特徴であった装飾過少は、装飾過多かつ装飾過少となっていた。表皮に敷き詰められていた空中機雷の射出口が数か所に集められ、体中にいくつもの巨大な穴が開いている。射出口を覆い隠すように鋭い膨らみができ、それらが裾となって刃となって姿勢制御翼となって、エトゥンミュレの輪郭を禍々しいものへと彩っていた。
エトゥンミュレの変化を羽化とするなら、ペルテキアは脱皮だ。
全身が途方もない熱量を発して赤く輝き、足元の湖面が沸騰して泡を噴く。右手の非環珠が肘へと移動し、尻尾が縮まって体内に吸収される。
内側から爆発するように表皮が弾け飛び、出現したペルテキアは異形から人型となっていた。
両脚は三関節から二関節となり、三本の足指が一体化して足首から先を形作る。各部の装甲は小型化されて身軽になり、反して意匠は浮き上がって刺々しくなっていた。
湖底に沈んだかつてのソニス市の上で、二人の兵錬武が激突する。




