彼方の世界②
「ど……うして?」
シェラはくぐもった声を出した。負傷と動揺で思うように声が出せない。クラーブが脇に入って支えてやる。
カスツァーもシェラと同様に衝撃を受けていた。協力者であり、想いを寄せていた女性が、まさか自分たちが追っていた事件の一味だとは思ってもいなかったのだ。
「もしかして、ワタシが《血の王庭》事件に関係ないことを言っています? でしたらそれは、アナタがたの追求不足ですわ」
ロナは笑みを浮かべていた。可憐な花の笑みには程遠い、邪悪な毒花の笑みだ。
「事件においては、協力者になりうる関係者も捜査対象に含めなければなりません」
「ロナは《血の王庭》事件には全く関わりのない協力者、ということか!」
シェラは忸怩として歯を食い縛った。考えてみれば、内通者は名簿の存在を知りえる人物であり、襲撃の手際を考えれば科捜研の関係者、すなわちロナが最有力候補となる。
そこが《白銀の影》の巧妙なところだ。通常であれば最初に疑惑の浮上するであろう人物をあえて容疑者とし、不在証明を確立させることで、捜査線上から外してしまったのだ。
アイゼリカの不在証明を作り、最重要容疑者に向かうはずの容疑を逸らし、手がかりをなくす。科捜研の襲撃は一手でいくつもの目的を達成する見事な妙手だった。
「科捜研の襲撃は自作自演ということか。しかしどうやって?」
「それではご期待に応えて、種明かしをしましょうか」
聞こえたロナの声は、しかし目の前からではない。
ロナの後方、建物の陰から足が出る。続いて膝が、腰が、上半身が、女の顔が。
一同の目の前に、ロナがもう一人現れた。
「それがワタシの兵錬武、ドッペルゲンガーの兵錬武《彼方世界のエトゥンミュレ》」
シェラは、クラーブは、カスツァーは、愕然とした顔を並べていた。
「まさか、人間と判別できない外観で、しかも今まで目の前にいたほうが兵錬武だと?」
「「これこそアイゼリカ姉さんと、ワタシと、そしてワタシの偽者が同一時間上に存在できた理由です」」
二人のロナ、否、ロナとロナの姿をした兵錬武が揃って言葉を発する。
「このエトゥンミュレの能力はとても興味深いですよ」
ロナの手には剃刀のように薄い刃の短剣が握られていた。押収し、鑑定に出されていたはずのシャルピニオだ。ロナがシャルピニオを投げ、エトゥンミュレが受け取って視線を合わせる。
「変身」
エトゥンミュレから発せられた声は、ロナのではなくアイゼリカのそれだった。エトゥンミュレが白い光に包まれ、銀一色の女騎士、シャルピニオへと変身する。
「ご覧のように、個人認証を欺くことができるのです」
「まさか、兵錬武を扱う兵錬武だと?」
有り得ない。エトゥンミュレの能力がではない。こんな特異な兵錬武は、真製でしか有り得ないからだ。しかしこの件に、《新生の轍》は関わっていないはずだった。
「アナタがたにフィオナ姉さんの邪魔はさせない。エトゥンミュレ!」
ロナの言葉に応じて、エトゥンミュレが主の元へと跳躍する。女騎士の甲冑が砕け、胸元からシャルピニオの物とエトゥンミュレ本来の物、二つの非環珠が出現する。
「アクセス!」
その様子を画面ごしに観察している者がいた。
「なんだ、この兵錬武は!」
困惑と驚愕を同時に発し、脅迫者であり黒幕は、椅子を蹴立てて立ち上がった。
「こんな兵錬武、私は知らん! 提供していない!」
黒幕が《白銀の影》に提供した本物の《エトゥンミュレ》は、立体映像によって敵を撹乱するという、極めて単純な能力の兵錬武だ。使用者と同じ容姿で、他人の兵錬武を使用し、あまつさえその非環珠を奪うなどという、常識外れの能力は持っていない。
では、あの兵錬武は一体何だというのだ? どこから入手したというのだ?
「あの兵錬武は我々が提供した、正真正銘の真製兵錬武だ」
黒幕の息が詰まる。この部屋には黒幕以外に誰もいないはずだった。にも関わらず、黒幕の背後から男の声が聞こえてくる。
破裂しそうな心臓の鼓動に耐えながら、黒幕は恐る恐る背後に振り向く。
「ど、どうしてお前が、ここに!」
黒幕は心臓が破裂したと思うほどの衝撃を受けた。黒幕はまるで、悪霊でも目にしたかのように表情を引きつらせる。
「変身」
銀色の籠手に視線を注いでいたフィオナが白い光に包まれる。光の中から飛び出したのは、近未来物語に出てくる改造人間を連想させる兵錬武、熱力の兵錬武《マグニクス》だ。
「変身」
応じてスティも巫女像の額に視線を合わせる。しかしスティの姿は変化しない。
光に包まれたのはレイティーセのほう。光が収束し、痩身にしなやかな四肢を持った女性型の遠隔操作兵錬武、化身の兵錬武《レイティーセ》が姿を現す。
「変身」
クラーブが回転砲の機関部に視線を向ける。眩い光の中でもそれと分かる暗灰色の分厚い装甲に、右腕と一体化した巨大な回転砲を有する、猟人の兵錬武《エイルミーズ35》となる。
「変身」
続いてカスツァーも槍の穂と視線を交わす。しかしカスツァーが変身することはなかった。
カスツァーは猟犬の兵錬武《KC‐ZE》をまじまじと凝視して、
「……不良品かよっ!」
地面に思いっきり投げ捨てた。
「変身!」
そして最後に、シェラが銃把を眼前に翳す。光球の中から出現したのは、いかにも機械然とした、様式美とすら言える無骨な造形の兵錬武だ。額は猛禽の嘴のように尖り、こめかみには第三第四の目を有している。両腕、両手首、両肩、両腰、両膝、両脛、全身に銃口を備えた銃殺刑の兵錬武《ゼドノギラス》に変化する。
全員の変身を待ちかねたようにロナの変身が終わる。
揺り籠にしたシャルピニオの体を破壊し、まるで寄生虫が内部から宿主を食い破るように、ドッペルゲンガーの兵錬武《彼方世界のエトゥンミュレ》が誕生する。
それは異質な兵錬武だった。あえて特徴を挙げるなら、特徴がないことだろうか?
全身が銀一色の人型、それだけの兵錬武だった。
男のように逞しいわけでもなく、女のように丸みを帯びているわけでもなく、まるで性が分化する前の子供を大人の大きさにしたような体型。顔に目以外の器官はなく、表皮は滑らか。一切の装飾はなく、右手にはシャルピニオの剣を下げていた。
概念としての人間を立体化させたなら、おそらくこうなるだろうという印象を受ける。あるいは人間から人間らしさ、精巧さを削ったような、人形じみた造形とも言える。
「それでは、殺し合いを始めましょうか」




