決意の夜①
ブラックハウザー総合病院の集中治療室には、電極と点滴で雁字搦めにされた患者が横たわっていた。酸素吸入器をつけられた口の下、胸部は緩やかな律動で上下している。
ベッドの名札に書かれているのは、ディード・ド・ドレッドレッドという患者の名前。
「全身の打撲に裂傷に内出血に骨折、複数か所の内臓損傷に神経損傷、左眼球全損、軽度の脳震盪、おまけに童貞。よくこれで生きていられるものだと呆れるばかりです」
病院の診察室で、壮年の医師がレッドに患者の容態を告げていた。
「常人なら即死、いや、七回は死んでいないとおかしい」
「あひゃひゃひゃひゃ、ディードは丈夫にできてるからねえ」
「……医者としては、重体の弟さんにかけた言葉だとは思いたくないですね」
医師が苦言を呈するが、レッドはどこ吹く風だ。医師は諦めて治療方針を告げる。
「内臓の重大な損傷は緊急手術で塞ぎました。現在は医療用マイクロマシンの投与によって低下した生命維持を補い、内蔵の損傷に骨折、左眼球の修復と再生を行っています。ある程度まで回復したら、その後は自然治癒に任せましょう。
一週間の入院と一か月未満の通院と診断したいところですが……」
そこで医師は言葉を詰まらせた。医師はディードの検査結果や透過写真を見ながら複雑な表情を浮かべている。患者の無事は素直に嬉しい。しかしそれ以上に、どうして生命を維持していられるのかが理解できなかった。
有り体に言うと、恐ろしかった。
「私はこれでも、ブラックハウザー財団お抱え医師の中では、十本の指に入る腕前だと自負しております」
「謙遜すんなよ先生。一、二を争う腕前でなけりゃ、愛娘が勤めている会社の主治医なんか任せないよ」
「美人に面と向かって言われると、恥ずかしいですねえ」
医師は少し照れ気味に頭を掻いた。一転、真剣な医者の顔付きとなる。
「私は人並み以上に、兵錬武によって最適化された人物の診察をしてきました。場合によっては解剖にも立ち会いました。
彼らの多くは常人にはありえない筋肉密度、骨格強度、持久力に回復力、毒物耐性を有しています。さらには低酸素下や低気温下でも遜色のない活動、圧力耐性や、視力や聴力に嗅覚といった感覚が強化された者もいます。
しかし、真製兵錬武によって最適化された人体には未知の領域が多すぎる。私は一度だけ彼らの解剖に立ち会いましたが、今でもあのときの衝撃は忘れられない。彼は頭部を失っていたにも関わらず、心臓だけが四〇時間以上も活動していたのです!」
医師の表情には恐怖がこびりついていた。ディードのカルテに視線を注ぐその様は、まるで化物を見ているようだった。
「つまり先生は何が言いたいのさ?」
「私は不安なのですよ。我々は、怪物と人間の境界をなくそうとしているのではないかと、そう思えてしまって」
「先生の心配は意味がないよ」
レッドはやんわりと首を振って、医師の憂慮を一笑した。
「古代人が生み出した怪物の原型は、人間自身だと言われている。だったら、怪物は紀元前から世界中に存在していたってことさ。
怪物と人間に大差はない。だったら二者の違いは一つだけだよ」
「それはなんです?」
「二つの物事が全く同じなら、あとはそれを観察する側の問題ってことさ」
「では、弟さんは人間と怪物、どちらに見られるのでしょうか?」
レッドは医師の問いに答えなかった。答えは分かりきっているとばかりに、不敵な笑みを浮かべながら。




