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悪霊の再来②

 悪霊の左腕、その断面が膨張。破裂するような勢いで左腕が作り直される。

 逆襲の一手を一瞬で無にされ、ディードは呆然となっていた。

『これは驚いた。まさかその戦法を成功させられる奴がいるとは……』

 ディードの内心とは裏腹に、悪霊は驚愕と感心の呟きを発した。左腕の再生具合を確かめるように、すでに消失した切断面を凝視している。

『だが、俺は全力の十分の一も出していない』

 悪霊の放った言葉に思わず息が止まりそうになる。しかしディードは半ば確信していた。世界を敵に回した〝あの連中〟が、こんなに弱いはずがないのだ。

『ではそろそろ、準備運動を始めようか』

 余裕綽々に言った悪霊の右肘から先が光となって消失した。光の粒子が組み上げられ、悪霊の右腕が空中に出現する。

 しかし一本だけではない。

 ディードの全身に配置された人工眼球が目まぐるしく動き回り、それぞれが次々と悪霊の右腕を捉えていく。倉庫の天井を埋めつくすように、百本にも及ぶ右腕が出現していたのだ。

『百倍拳と名付けたら、さすがに安直すぎるな』

 悪霊の冗句を合図に、百腕がディードへと殺到。正拳と裏拳と掌底と手刀と貫手が流星群となって降り注ぐ。

 ディードは正拳を左腕で受け止め、裏拳を右膝で防御。掌底を左肩に掠らせつつ、手刀と貫手をまとめて薙刀でぶった切る。

 同時にディードの全身が正拳と裏拳に強打され、手刀で裂かれ、貫手に抉られていた。ディードは苦痛混じりの舌打ちを放ちつつ、ペルテキアを一閃させて飛びかかってくる腕を破壊。

 次々に破壊される腕とディードの血肉が量子崩壊を起こし、淡い光となって消え失せる。

 掌底が飛来し、閃光が迸った。量子加速による荷電粒子レーザーが肩当てと腰当てを消し飛ばし、さらにコンクリートの床が破砕され、沸騰して泡を立てる。荷電粒子は物理破壊と超高熱を有する、二段構えの凶悪な攻撃だ。

 悪霊の兵錬武は量子移動一辺倒の能力だと思いがちだが、量子移動が可能ならばその前提技術である分解と再構築、そして複製と加速を使えないはずがない。

 ディードの全身に悪霊の右腕が群れ集い、まるで毒蜂の総攻撃を受けているような、絶望的な物量差で全身が黒く埋めつくされていく。

 相手にする腕の数が多すぎて、ディードは回避も防御もままならない。振り回されるペルテキアも無駄な足掻きでしかなかった。

 ディードの血肉が次々と光に戻され、まるで蛍の乱舞に見舞われているようだ。

 百の拳を追う百の目から、沸騰した銀血の涙が溢れ出す。人工眼球が高速飛翔する拳を追いきれず、莫大な過負荷が生じていた。放熱器官を兼ねた翅を失ったことで、ディードの体は灼熱の塊と化していた。

「だったら!」

 吐血混じりの怒号とともに、ディードは砲弾となって飛び出した。複製された腕を攻撃しても悪霊は無傷。なら、狙うは本体のみ。

 悪霊の顔に嘲りが刻まれる。

 ディードの全身が唸り、床に巨大な三本指の足跡を突き刺して、全身全霊の膂力で鉄鎚が振り下ろされる。直撃すれば全身を木っ端微塵にされるであろう一撃を、あろうことか悪霊は独楽のように回転して軽々と回避。振り向き様に複製を解除した右拳をディードの顔面に突き出し、ディードは地を這うように上体を屈めて回避、直後に苦痛の呻き。頭の上を通過したはずの右拳が、ディードの腹部に埋まっていた。

 部分的な量子移動によって、悪霊の右拳がディードの懐に出現したのだ。

 この近接距離こそが、悪霊の領域だ。

 ディードに距離を置かれると、量子移動で追わなければならない。しかしそれでは量子化能力を攻撃に回せず、加えて出現の瞬間を狙われて返り討ちに遭う可能性がある。

 悪霊が腕を大量複製した目的は、本体を狙わせて距離を詰めさせるため。ディードはそうと知りつつ、悪霊に接近する以外の活路を見出せなかった。

 悪霊が虚空目がけて拳と蹴りを連打する。拳と蹴りは繰り出された直後から量子移動を開始し、ディードの前後左右上下斜めから出鱈目に殺到。避けても守っても直撃してくる拳と蹴りが、ディードの全身を滅多打ちする。

 すでにディードは成されるがままとなっていた。悪霊の神出鬼没な攻撃に翻弄され、いいように攻撃を受け続ける砂袋となり果てている。

 悪霊の膝がディードの顎を捕らえる。悪霊が追撃の正拳を繰り出そうとして停止。仰け反り、ふっ飛ばされたディードは、しかし眼光を鋭く光らせていた。

「……十分だ!」

 ディードの手からペルテキアが放たれた。ペルテキアは空中に輪を描き、悪霊へと一直線に飛んでいく。

『最初から俺の制限時間を狙っていたか!』

 ディードは背中から地面に叩きつけられ、縦回転し、膝で着地。そこで変身が解ける。

 ペルテキアは空中に固定されていた。悪霊の顔面、その数㎜手前で、大斧を両側から掌に挟まれて停止していた。

 悪霊の姿は、悪霊のままだ。

『悪いね。俺の兵錬武には、制限時間が存在しないんだよ』

「……はは、反則だろ……」

 ディードは乾いた笑いで、アイゼリカと同じ台詞を発していた。

 しかし考えてみれば、《十一人戦争》が行われていた三か月間、《始まりの十一人》の誰一人として変身が解けたという話を聞いたことがない。

 ……いや違う。矛盾する。《白銀の影》は真製兵錬武を使っていなかった。つまりこの件に、《新生の轍》が関わっているはずがないのだ。

「……お前は、何なんだ?」

『それを知る配役は、名探偵だけでいい』

 悪霊の皮肉とともに手から十指が切り離される。悪霊の指が災いを呼ぶ鴉となって空中を飛翔し、ディードの全身に突き刺さって血の間欠泉が噴出。ディードの体を後方に引っ張り、壁に激突させ、無残な磔刑に処す。

 悪霊が重心を落とした。量子移動を行う悪霊には珍しい、駆け出しのための予備動作だった。

 溜めに溜めた膂力が爆発。悪霊は景色を置き去りにして疾走し、跳躍。空中で右脚が十本に複製され、必殺の飛び蹴りがディードの全身に隙間なく突き刺さる。

 ディードの体が倉庫の壁を突き破って外に弾き出され、間を置かず次の壁をぶち破って隣の倉庫に侵入。再び壁を破って外に出され、即座に隣の隣の倉庫に叩きこまれる。

 連続する轟音が、巨大な獣の断末魔となって鳴り響く。

 鉄骨製の大型コンテナに背中から激突し、山と積まれたそれを瓦解させたところで、ようやくディードは停止した。上部に積まれたコンテナが落石となって転がり落ち、内部の高級電動車や高級家具が破壊される。

 瀕死となったディードの眼前に光が集結。光の粒子は悪霊となる。悪霊の見下ろす先、ディードの瞳から意志の光は消えていた。

 気絶したディードを前に、しかし悪霊はトドメを刺さずに光となって消えていく。

 悪霊の人工聴覚には電動車と単車の駆動音が届いていた。

 恐れたわけではない。増援を駆逐することなど、悪霊にとってはソニス市そのものを破壊しつくすことと大差なく容易い。

 だが、今は必要ない。《十一人戦争》は十年も前に終わっているのだから。

「もっともそれは、必要があれば手段は選ばない、って意味でしかないんだけどな」

 悪霊の独り言は虚空に吸いこまれて消えた。

 悪霊の姿はどこにもない。

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