名探偵は死ね②
「被害者たちは一様にこのソニス市に集まり、そして《白銀の影》によって殺されている。それはなぜか?
理由は簡単だ。被害者は脅迫されていたのさ」
「だろうな」
満を持して放たれたウルの推理に、クラーブが同意の頷きを返す。
「被害者の何人かが護衛とともに殺害されていた点から見ても、《白銀の影》の襲撃を予想していたのは明白だ。つまり予告状には被害者をソニス市に呼び寄せるための二枚目、脅迫文が続いていた可能性がある。
が、そこまでだ。脅迫文は被害者本人が処分しているのだろう。これといって脅迫に関する手がかりがない」
クラーブは期待の眼差しをウルに注いだ。ウルは「フフフ」と得意げな笑みを浮かべる。
「まず、《白銀の影》の目的は、何かしらの復讐である可能性が高い」
ウルの推理は妥当なところだ。一定の共通点を持った被害者に、被害者を恐怖させるための予告状、そして何より予告状から滲み出る憎悪。それら三点の落としどころが復讐だと推測するのにそう時間はかからない。
それだけに恐ろしい。この手の犯人は、決して目的を終えるまでは止まらない。何人を殺せば《白銀の影》の目的が達成されるか見当がつかない。
「革命軍の幹部が狙われていることから見て、動機がエルレイド革命にあるのは疑う余地がない。そこで被害者たちをさらに深く探っていたところ、新たな共通点が見つかった」
そこでウルは一旦言葉を区切った。全員の注目を集めてから、満を持して核心を告げる。
「被害者全員が、《血の王庭》事件に関与していたのさ」
全員(スティ除く)が衝撃を覚えると同時に、納得の頷きをしていた。
ウルが口に出したのは、エルレイド革命で起きた悲劇の一つ。王都エネルゲイトの貴族居住区が襲撃を受け、王族を始めとした貴族の大半が虐殺された事件だ。
生き残ったのは僅かに十数名のみで、現在ではそのほとんどが行方不明となっている。
「革命軍の正式発表だと、この事件は一部の住民の暴走が原因だとしていたな」
「だが実は、暴走したのは住民ではなく革命軍の幹部、それも現在は政府の要職にある人物とあっては、秘密裏に握り潰そうとするのも当然か」
「そのことを餌に、《白銀の影》は被害者たちを誘き寄せたわけですね」
「そして今回の事件はその貴族の生き残り、あるいは関係者による復讐というわけか」
ウルは樹脂袋に入れられた数枚の文書を取り出した。
「被害者の何人かは事件に罪悪感を抱いていたようだ。俺が被害者の再調査をしていたら、偶然にも遺品の中に埋もれていた懺悔文が見つかった。ご丁寧に秘密を共有する仲間の名簿を残してくれた奴もいたというわけだ」
クラーブの目配せに応じて、すぐにカスツァーが裏付けを取りに、ロナが文書の鑑定にと走り出す。
二人の後姿を見送って、ウルは不敵な笑みを浮かべた。
「名探偵の俺から言わせて貰うなら、犯人は必ず現場に戻ってくる」
自信満々に宣言したウルの人差し指が天空を指差した。指先に輝くのは一番星。
「犯人はこの中にいる!」
まるで流星のように人差し指が下降。糾弾の矛先となって見物人の群集を突き刺す。
「つまり、お前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前ら全員の中の誰かだ!」
ウルの指先はその場の全員を渡り歩いていた。
その指をディードの手が摑んだ。手の甲に血管が浮かび上がり、問答する暇さえ与えず関節と関節の間にいらない関節を増設する。
「馬鹿な! 探偵殺法奥義の壱『犯人はこの中にいる!』が通用しないだと!」
痛みでその場を転げ回るウルを、ディードは絶対零度の炎を宿した視線で見下ろした。
「つうか動機が分かっただけで、行方不明者の捜索なんか正体が分かんないのと同じだろ」
言ってはならないことだった。これにはさすがにウルもカチンときた。
「お前は、あの地道な捜査をたったの一言で台無しにしやがって……!」
「《白銀の影》の正体が割れたら対応するのは俺たちじゃねえか。いざとなったら役に立たないんだから、それまでは全力で支援するのが対等な立場ってもんじゃないのか?」
「あーあーあー、分かりました、分かりましたよ。じゃあ俺も現場にいりゃいいんだろ? 護身用の兵錬武で真製兵錬武の反撃に遭って、見事討ち死にを果たせばいいんだろ?」
言いつつ、ウルは懐からネクタイピン型の兵錬武を取り出した。
「これが俺のラプトルの兵錬武《ヴェノニクス》だ。あそーれ、へーんしん!」
勢いよく叫んだものの、ウルの体が変身する兆候は一向に見られない。
ウルはまじまじと、手にしたネクタイピンを凝視して、
「…………マチガエタ……コレ、タダノねくたいぴん……」
滂沱と涙を流してその場に崩れ落ちた。
あまりに哀れすぎる結末に、さすがに四人はいたたまれなさを覚えて、かけるべき言葉を見つけられないでいた。と言うかぶっちゃけドン引きしていたに他ならない。
一同がウルの処分方法にほとほと困り果てた瞬間、その場に苦痛の呻きが聞こえた。
世界が白と黒に塗り分けられたかのような絶望感。何の前触れもなくシェラの体が傾斜し、膝をついて、そして倒れた。
あまりに突然の出来事だった。麻痺したように呆然としていたディードは、弾かれたように周囲へと視線を飛ばす。
「まさか、敵の攻撃かっ?」
「いや、これは……」
クラーブはアホらしげな面持ちで左眉を掻きつつ、シェラの容態を検分していく。どうにもよく見る症状だった。
「シェラ、最後に食事を摂ったのはいつだ?」
「…………一週間前」
ディードは思わずつんのめりそうになった。
「ただの空腹かよ!」
クラーブはシェラの脇に腕を差し入れて、肩に担ぐように立たせる。
「それでは私はシェラに食事を与えてくる。君たちも各自解散したまえ」
「やめろクラーブ。私はお前の世話になどなりたくない」
「シェラの言葉を翻訳すると、皆の前で甘えるのは恥ずかしいということか」
などと言いつつ、二人は電動車に乗って去っていった。
ディードもさすがにアホらしくなってきた。自分も帰るかと電動車に乗りこんで、当然のようにスティが助手席に乗ってきた。
「……何でお前が乗る?」
「どうせ同じ地区に帰るんだから、送っていきなさいよ」
「ペルテキアと単車だけでも積載量が一杯一杯なのに、この上お前とレイティーセまで乗せられるか」
「あ、そういうことを言う。ふーん。へー。
それじゃあ私が密かに隠し撮りした凶暴眼鏡の恥ずかしい写真百選を、お姉様と《厄介者の群》に送りつけてやろうかしら?」
スティが見せた携帯には、それはそれは恥ずかしい写真が保存されていた。怒りと羞恥によって、ディードの顔色は赤を通りこして人体にはありえない色となる。
「ちっくしょおおおおおおおおお!」
ディードは涙声を上げて、アクセルを猛烈に踏みつけた。
二人を乗せた電動車が、夕暮れのソニス市を走っていく。