名探偵は死ね①
エルレイド王国が落日を迎えたのは、今から八年前のことだ。当時は《大戦》で人命、資源、産業が著しく疲弊し、貧窮と兵錬武犯罪の横行によって、人々の生活は悪化の一途を辿る時代だった。エルレイド王国が革命に見舞われた理由も、それら《大戦》によって湧き上がった不満と不安をぶつけられた形に他ならない。
革命軍によって樹立された暫定政権は初の国民総選挙を催し、初代大統領が選出され、エルレイド共和国の建国宣言が成されたのである。
そしてその初代大統領の成れの果てが、ディードたちの目前に晒された人の輪郭を模したビニールテープというわけだ。
「一国の頂点を極めてもその末路がコレか。顔は売るものじゃないな」
「同感だ。特に私たちのような、人に恨まれるのが仕事の連中はな」
現場はソニス市を眼下に見下ろすデレフラス山展望台だ。ソニス城を中心とした中世の街並みを一望できるソニス市では数少ない観光名所、だったのは十年前までの話。
ソニス城を含めた街並みの大半がソニス湖の底に水没したため、現在では美観の一切を喪失。近付く者など誰もいない、前時代の遺跡となっていた。
展望台のあちこちに飛散しているのは、夕日を反射して血の色に輝く銀血。
現場検証の立会いを終えたロナが駆け寄ってきて、報告書を簡潔に読み上げる。
「殺害されたのはエルレイド共和国初代大統領ルーテバルト・ゾーレン氏。死亡推定時刻は本日の午後三時半です」
「私たちが銀炎に遭遇した時刻だな。無線の傍受から軍の動きを摑んで、最初から裏を掻いた二面作戦を取っていたのだろう」
「現場に残された大量の銀血、及び事前に氏へ送りつけられていた殺害予告から、一連の《白銀の影》事件による最新の殺人と確定されました」
「殺害予告?」
報道に流されていない意外な事実に、ディードは眉を顰めてクラーブを見た。
「これのことだ」
ディードの疑問に応えてクラーブが差し出したのは、人工石油から生成された合成樹脂の袋、その内部に保管された《白銀の影》からの殺害予告状だ。
ディードの目が透明な樹脂ごしに文面を追った。薄っぺらい紙片から、憎悪が止め処なく滲み出してくる錯覚すら覚える。
「殺人の予告状を送ってくるってことは、よっぽど虚栄心が強いか、あるいは」
「この場合はおそらく後者、被害者をより強く恐怖させるためだ」
飛びこんできた声は、進入禁止帯の外から発されていた。見物人の先頭で屈みこみ、現場をじっと凝視している男の姿がある。
男の出で立ちは明らかに周囲から浮いていた。黒い肌着の上に鋼色のジャケットを羽織り、下は漆黒のジーンズとブーツ。首に巻かれた黄色いマフラーは力なく垂れ下がっている。
髪と瞳は同色の鋼色、後ろ髪の一房だけが糸のように長く伸ばされていた。男の視線は理知的に現場を観察しながらも、どこか悪戯を思案しているような邪さを宿している。
全体として、冒険者か探検家を連想させる。体の端々から躍動感と行動力がはみ出している、そんな雰囲気の男だ。
「君は誰だね?」
よくも悪くも男の只者ではなさ加減に、クラーブは思わず問いかけていた。
その言葉を待ってましたとばかり、男は口の端を歪めて立ち上がる。
「俺はウラル・ウル・ウルトルガ。ウラルでもウルでも好きに呼べ」
ウルの両腕が交差され、右腕を斜め上に真っ直ぐ伸ばし、左腕を腰に添える。ベルトから釦を押す音が聞こえ、襟に隠されていた小型送風機が起動してマフラーが風にはためく。
「通りすがりのしがない探偵だ。……名探偵だっ!」
「いちいち言い直すな……」
相手にするだけで体力を奪われるようだ。ディードの表情から精彩が抜け落ちていく。
「それで、その自称名探偵様が何の用だ? こちとら捜査妨害で山中に埋める準備は万端なわけだが?」
ディードが視線を横に向ける。釣られてウルも横を見る。二人の視線の先では、両手にシャベルを装備したスティが顔を輝かせて待っていた。
「言っておくが、あいつは本気で人間を生きたまま埋めるぞ?」そこでディードは自らを指差して、「被害者本人が言っているんだから、間違いない」
「何を早とちりしている? 捜査妨害に躍起になるほど、俺は迷探偵していない」
「じゃあ探偵が何の用で捜査に首を突っこんでくるんだよ?」
「端的に言うと、俺を捜査陣に加えて欲しい」
唐突なウルの申し出に、全員が胡散臭いものを見る目付きとなる。
「こんだけ犠牲者が出ているんだ。不甲斐ない捜査陣には頼ってらんないと、私的に探偵を雇って犯人を捜す物好きがいてもおかしくない、ってことさ」
「言ってくれるではないか」
クラーブは苦笑を浮かべた。言葉の通りなので何も言い返せない。
「だがいいのか? 多分その物好きとやらの目的は、軍より先に《白銀の影》を特定して復讐すること、だと思うのだが?」
「俺が依頼されたのは、あくまで『一刻も早い犯人の特定』までだ。軍と協力するなとは言われていないし、俺個人としても復讐を後押しするのは信条に反する」
そこでウルは唇を歪めて笑みを浮かべた。皮肉げな笑みだ。
「何より複製兵錬武を百人集めたとしても、真製兵錬武を倒せるとは思えない」
「独自の捜査で真製兵錬武の関与にまで到達していたか」
クラーブは一本取られたとばかり、バツが悪そうに左眉の傷痕を掻く。
「さすがにただで捜査に参加させろとは言っていない。そこでつまらぬ手土産を持参した」
ウルは飄々とした調子で眼前に人差し指を立てる。