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三者三様②

 扉が開かれ、再び姿を現した両者は鼻血に引っ掻き傷に打撲痕と、散々な様相になっていた。ディードの髪留が千切れて三つ編みが長髪になり、二本の触角も先端が縮れている。一方のスティも髪の毛を滅茶苦茶に乱され、パンストには無数の伝線を走らせていた。

 二人は険悪な視線を交わし、しめし合わせたようにそっぽを向いて椅子に腰を下ろした。

 ディードはちり紙を鼻に詰めつつ、クラーブに真剣な眼差しを向ける。

「つまり、真製兵錬武に対抗できるのは真製兵錬武だけ、って魂胆か?」

 ディードは背後の壁に立てかけられた自らの得物に目をやる。真製兵錬武《屍狩り虫ペルテキア》は、ふてぶてしいまでの存在感を主張していた。

 ソニス市のACCで真製兵錬武を持つ者など、おそらくディード一人だけだろう。

「ペルテキアが真製だと知っていて、旦那の耳に入れそうな、突き詰めると軍人の知り合いは一人しか心当たりがない。またトレンティーの奴がうっかり口を滑らせやがったな」

 真製兵錬武は誰もがおいそれと手に入れられる代物ではない。真製兵錬武は《十一人戦争》終結直後こそ世界中へ無作為にばら撒かれていたが、民間企業による複製兵錬武の流通が始まってからは、世に出る量を極端に減少させていた。

 しかしそれ以降は、明確な意図を持って選別した者に配布している節を見せている。

 ディードはできることなら、真製兵錬武を手に入れた経緯を追求されたくなかった。天井を仰いで苦々しさを全方位に解き放つ。

「口の軽い諜報部員め、また厄介事を持ちこみやがって」

「だが、厄介事こそ《厄介者の群(ブラック・プライド)》の専門分野ではないかな?」

 クラーブの物言いには含みがあった。『まさか専門分野を断るはずもないだろう』という、相手の矜持を刺激する一言だ。

「《厄介者の群》、名前通りに面白い会社だ。大手ACCの元構成員や元軍人、実力はあるが性格や経歴に難のある、いわゆる曰くつきの人員で構成されたACC。

 元《ミリオンAC》の〈死神ヒーデュロー〉に、軍でも指折りの実力者だったシェラ。何より社長のレッドとグレイの二人が残した逸話の数々には敬意すら覚える」

 他人に、それも軍の戦闘部隊長が自分の会社を評価してくれるのは悪いものではないと、ディードはこそばゆい心地を覚えた。

 にやけ面を浮かべるディードに、シェラは頭痛を覚えて額に手を添える。

「凶暴眼鏡、煽てられてその気になるな。貴様が言ったようにこの件は厄介事すぎる」

「そうは言うが、単純な利益だけでも断るのは惜しい」

「金の使い道などないくせに」

「いや、家買ったけど?」

 シェラは音速でディードに顔を向けて、一度背けてから思わず二度見。普段は無感情な赤い瞳に、今はありありと疑問符が浮かんでいた。

「貴様の経済状況はともかく、安請け合いはするな。この男は性格が悪い」

「そういえば、君たちはどうやってジェスドの根城を突き止めたのだ?」

 クラーブは不意に、それこそ今日の天気を尋ねるように話題を転換してきた。クラーブの唐突な切り返しに、ディードもスティも戸惑いを隠せない。

(まさか、軍の秘匿回線を傍受したとは言えねぇし……)

(でもなんで、ここでその話題を?)

 二人の困惑は増すばかりだ。

 逸早く察したのは、やはりシェラだった。

「そうか、ジェスドの情報は罠だったのか!」

「どういう意味だ?」

「クラブりん……クラーブは故意に秘匿回線を傍受させ、我々を軍事機密保持の名目で処理できる立場を手に入れたのだ」

「いや、クラブりんて、あんた……」

 ディードは吐血すら辞さない勢いで脱力した。この夫婦の間に入れる気がしない。二房の髪束は、萎れるを通りこして枯れ果ててしまいそうなまでに滅入っていた。

「そうか、君たちは回線を傍受したのか。それは困ったな」

 クラーブはとぼけた態度でシェラの推論を肯定する。

 ディードは苦々しさと感心を等分した表情を浮かべた。

(現場の人間かと思ったが、権謀術数にも長けているのか。目的のためには手段を選ばない、良くも悪くもクソ真面目な御仁ってところだな。敵には回したくない相手だ)

 絶対に軍とは敵対しないでおこうと、ディードは固く決心した。

「貴方らしくないな」

 シェラ一人だけが、クラーブの手際に不自然さを感じていた。解剖刀のように冷たい視線で疑念を追求する。

「なぜ、そこまで躍起になる? 真製兵錬武を戦力として確保したいと考えるのは当然だとしても、その方法が尋常ではない。貴方は何を急いで、いや、焦っている?」

 シェラの鋭すぎる詰問に、クラーブは肩を落として溜息を吐いた。余人なら見逃すだろうこの鋭さが、二人の近しさの証だと指摘すれば、シェラはまた怒るだろうなと。

「《白銀の影》には真製と思われる兵錬武の所持者が二人もいる。つまりこの件には《新生の轍》が関わっている可能性が高い」

 四人の顔色が変わった。それぞれに驚愕と困惑の表情を浮かべてクラーブを凝視する。

「デリット隊長、それは最高機密です」

「遅かれ早かれ、彼らならその結論に達する。それにこの情報開示は非礼に対する侘び、そして信頼の証だと認識して貰いたい」

 クラーブはカスツァーの進言を硬質の表情で遮った。手の内を明かしてまでも二社を引き入れたいと考えるほどに、《新生の轍》は危険視してしかるべき存在なのだ。

 そもそも兵錬武を製造した《新生の轍》と、兵錬武を登場させた《始まりの十一人》とは、一体どういう集団でどういう関係なのか?

 現在最も有力な説は、二者が同一の根源を持つ集団であるとする説だろう。《始まりの十一人》とは、《新生の轍》に属する十一人の戦闘員を意味するのだ。

《始まりの十一人》は複製兵錬武、そして真製兵錬武すら足元にも及ばぬ、途方もない性能の兵錬武を用いて世界に戦いを挑んできた。

 素性の判明していない《始まりの十一人》は、その能力と関連名称、出現した順番から、便宜的な名称がつけられている。

〈樹海のツェゲテヘラ2〉。ツェゲテヘラ神権国を中心とした十の小国を有毒植物の密林に変え、人類を始めとする生物の一切を死滅させた。現在でも季節風に運ばれる毒花粉によって、年間で数千人単位の死者が出ている。

〈卵のソニス4〉。能力は卵状の球体に物質を取りこみ、内部で擬似生命体を合成する。旧ソニス市の廃墟に点在していた虫食い穴こそ、〈ソニス4〉に食われた痕跡だ。他の《十一人》とは違い、広域破壊ではなく物量に特化した能力だった。

〈大怪獣のゼフォランテ6〉。全高八十mの巨大怪獣の兵錬武と化し、口から熱線を吐き、巨体でゼフォランテ大陸のありとあらゆる地域を蹂躙した。装甲強度も《十一人》中随一であり、熔岩層内部を移動したという逸話すらある。

〈流星のサバノーヴァ10〉。光速に準じる加速能力を持ち、各種物理法則を無視した変幻自在の動きでサバノーヴァ将軍率いる部隊を翻弄した。能力の実態は高速移動ではなく、量子移動に近いと推測されている。

 個々の能力差こそあれど、《始まりの十一人》は僅か三か月の間に無数の地域を壊滅させ、数百万人を殺戮し、数千種の動植物を絶滅させた。複製兵錬武を戦車、真製兵錬武を核兵器とするなら、《始まりの十一人》は天変地異にも等しい。

 しかし、彼ら途方もない能力を持つ者たちですら、最後には全世界の軍隊とPMCの圧倒的な物量の前に殲滅されていた。

《十一人戦争》は激戦であったがため、はっきりと死亡が確認されたのは僅かに四名のみ。そのため現在でも実しやかに、《始まりの十一人》生存説は噂されていた。

 彼らの与えた恐怖と衝撃が、兵錬武の蔓延を助長させたと言っても過言ではない。それこそ麻薬のように、兵錬武は瞬く間に世界中に広がったのだ。

 それこそがシェラの懸念であった。これではまるで《十一人戦争》自体が、兵錬武の性能を世界に知らしめるための品評会だったようではないか。

「《新生の轍》が関わっている可能性を否定しきることはできない。あいつらは《始まり十一人》と違って、自称する程度には社交性があるからな。

 だとしても、表立って動きを見せる確率は限りなく0に近いぞ?」

「だが、0ではない。この十年で私たちが知り得たのは、《新生の轍》という自称と、兵錬武製作者の集団という、それこそ尻尾の抜け毛程度の情報だけだ。

 この事実を鑑みれば、藁にも縋る思いで態勢を整えて何が悪い」

《大戦》以来の、いや、兵錬武史上初の大捕物となれば、軍が躍起になるのも無理からぬ。

「しかし上層部からは、不確実な捜査に人員は割けないと突っぱねられた。そこで捜査のために《厄介者の群》を、私まで利用しようというわけか?」

「誰にどう言われようが、私には市民を、引いてはこの国を、世界を守る義務がある。そのためならACCだろうがシェラだろうが、使えるものは全て使う」

 シェラは唇を歪め、ぎりりと歯を鳴らした。犬歯を剥き、クラーブを睨みつける。普段は氷海のように冷ややかな瞳も、今は怒気の炎を宿している。

「貴方のその独善的な性格が、離婚の原因だと気付かないのか!」

「苦労して今の席に座っているのだ。権利を行使しても許されると思うがね」

 クラーブはシェラの非難もどこ吹く風。泰然自若として余裕を崩さない。

「それに君は、私のこの性格に惚れたのだと記憶していたが?」

 最大級の弱点にシェラは思わず頬を紅潮させていた。普段からはありえない乙女さで耳まで真っ赤に染めてしまう。

 お互いの急所を知りつくしていながら、シェラよりクラーブのほうが一枚上手であった。

「貴方は昔からそうだ。人の内心を読んでいるつもりで、常に一手配慮が足りない」

「おいおい、さすがに私とて他人の内心に土足で踏みこむのは遠慮する。しかしシェラは私の妻なので、他人というには些か的外れだ」

「すでに離婚した!」

「離婚届けは私の権限で差し止められている。君はまだ、私を愛しているのだからな」

 ある意味押しつけがましいとも言えるクラーブの独断に、ついにシェラはぶち切れた。音を立てて立ち上がり、体の前で握り拳を上下させる。

「もう! シェラたんはクラブりんのお節介が一番嫌いな……」

 そこでふと、シェラは自分に向けられている視線に気付いた。隣の席に顔を向け、揃って下卑た笑みを浮かべるディードとスティを目に留める。

「……何をにやけている?」

「普段は無表情なお前が感情的になったのを見られただけで、めっけもんだなぁと」

「さすがは旦那さんね。すげー」

 二人の目は嗤っていた。どうやってこの弱みを利用してやろうかという、悪魔の笑みだ。

 他人の弱みを握ることに関しては勘が鋭いものだと、シェラは苦々しげに舌打ちした。

「当時は頼れる男だと思っていたが、今となっては頼り所の全てが癪に障る。貴様らも結婚相手はよく選べ。特に職場結婚は、下手をすれば一生物の汚点になるぞ」

 ディードとスティはお互いに視線を向け合い、それぞれに優越の表情を浮かべた。相手の結婚生活を想像して悦に入っているのだ。

「どちらにしろ、まんまとハメられた俺たちに拒否権はない。違うか?」

 最後通牒を確認してくるディードに、シェラは硬い動作で頷くしかなかった。

「じゃあ、いいじゃないか」

 快諾を告げる言葉とは裏腹に、ディードの表情には熱意や正義感など微塵も含まれていない。ディードの濁った双眸にあるのは兵錬武に対する憎悪や敵意、凶暴性や破壊衝動、ですらない。

「俺が全員、殺してやる」

 ディードの胸の内に渦巻くのは、自分の意思ではどうにも抑えきれない感情だ。宿命、あるいは呪縛と言い換えてもいい。

 自身を燃やしつくすと理解していて、それでも突き進まずにはいられない負の情熱だ。

「仕様がないわね。それに、《厄介者の群》だけに手柄を持っていかれるのも癪だし」

 続いてスティも、溜め息混じりに参加を表明する。

「……勝手にするがいい」

 最後に吐き捨てつつもシェラが同意をしめし、クラーブは満足げに頷いた。

「ではここに、軍と《厄介者の群》、そして《白百合》社による合同捜査を」

 まるで開戦を告げる法螺貝のように、室内の固定電話が鳴ったのはそのときだ。カスツァーが受け、血相を変えてクラーブに耳打ち。クラーブですら表情を豹変させる。

「噂をすればだ。とんでもない大物が殺された」

「誰だ? 心の準備が必要なほどの大物か?」

「なんと、先代の大統領だ」

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