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銀の炎③

 勝ち鬨はビルの上階から聞こえてきた。続いて重量物を引きずるような、不気味な音が頭上から降りてくる。

「ふっふっふ、大軍を相手にするときは大将の首を狙うのが鉄則……ってあれ?」

 階段から姿を見せたのは若い女だ。半袖の上にベストを羽織り、ミニスカートから伸びた細く長い脚は黒のパンストに包まれている。二十三歳という若さを主張するように、ブーツの踵が活発な歩調を響かせていた。癖毛の茶髪は一括りにして肩から胸に下ろし、雀斑が本性とは大いに異なるあどけなさを装っている。

 女が片手に下げているのは重厚な鎖。鎖は階段の上に伸び、人間の身の丈ほどもある石柱の上に胸像を乗せた形状の、早い話が巨大鈍器に巻きついている。女の兵錬武《レイティーセ》の巫女像の首が、ジェスドの腹部を貫いて絶命させていた。

「スティスレット・ベルゲルシア。どうして《白百合》社のアバズレがここに?」

「そういうアナタは冷血じゃない眼鏡! どうしてここに?」

《白百合》社。男主体で何かと潤いに欠ける業界において、女性職員を主体とした華やかさを売りにして業績を伸ばしている中堅ACCだ。《ブラック・プライド》とは何かにつけて衝突する、因縁の商売敵でもある。

《白百合》社の数少ない免許持ちが、目の前にいるスティというわけだ。

「ぶとーはとかひょーぼーしてるくせに出し抜かれてやんの。だっさー」

「お前、さては軍の秘匿回線を違法傍受したな! 通報してやる!」

「それはアナタたちも同じでしょーが!」

 ついでに個人的にも、ディードとスティは犬猿の仲だった。二人は険悪さを主張するように威嚇と牽制の火花を散らす。

 ディードとスティの不仲に、自分のことは棚に上げて、シェラは溜め息を吐き出した。

「まったく貴様らは、どうしてそこまで仲が悪いのだ? 仲よく頭を撃ち抜くぞ?」

「「特に理由はない!」」

 二人揃って即答してきた。シェラは思わずゼドノギラスを構えて、

 三人の視線が一か所に集中する。いつの間にか、その場に新たな人物が出現していた。

 人物はすでに変身を終えていて、銀一色の全身が真昼の陽光を反射して眩く輝いていた。輪郭は人型。背丈は高く、体格は運動選手のように洗練された逞しさ。外見は人間を機械仕かけにしたような、近未来物語に出てくる改造人間を連想させる。

 銀色の人物が右腕を一閃。シェラとスティが散開し、ディードが上体を後ろに反らす。

 焼けるように胸が痛い。まるで熱せられた鉄棒を押し当てられているようだ。

 というよりも、本当にディードの胸で小さな炎が踊っていた。銀色の人物が放った銀色の炎が、回避しきれなかったディードの衣服に燃え移っていたのだ。

「スティ!」

 ディードは怒号とともにペルテキアを投げた。受け取ったスティが薙刀の刃で衣服を切断、返されたペルテキアをディードの五指が握る。ディードの胸元には真一文字の火傷が走り、巨大な水ぶくれが出来上がっていた。

 ディードの背後で轟音。銀色の炎の直撃を受けたビルが、右から左へと直線を引かれていた。上部が切断面に合わせて滑り落ち、崩落。盛大な土煙が舞い上がり、汚れた突風が吹きつける。

 廃ビルは滑らかな、まるで熱した包丁で切られたバターのような切断面を見せていた。切断されたと表現するしかない速度で壁や柱が焼き切られていたのだ。

銀炎(ぎんえん)〉の人物が拳を握り、体重を前方に傾けて、格闘術の構えを取る。

 銀炎の拳に銀色の炎が灯され、瞬く間に人体を呑みこむ巨大な火球へと膨れ上がった。拳を突き出す動作に乗せ、大火球が撃ち出される。

 ディードとスティが回避した背後で、大火球が廃墟を駆け抜けていく。進路上の廃屋や路面が焼失し、廃墟が円筒形に切り取られる。コンクリートやアスファルトが沸騰して熱波を生み、荒ぶる強風が三人の頭髪を翻弄する。

 先ほど戦った火炎の兵錬武とは比べ物にならない、圧倒的な超高熱と超破壊力だった。

「気をつけろ、只者ではないぞ!」

「言われなくてもっ!」

 ディードと銀炎が接近し、薙刀と拳が応酬される。連続で放たれた薙刀の刺突と斬り払いを銀炎は手刀と掌底で完全防御、夥しい火花が滝となって流れ落ちる。銀炎の膝が跳ね上がり、ペルテキアの長柄が受けて防御。銀炎の膝から炎の噴射口が顔を見せる。

 必殺の炎を放とうとして、しかし銀炎は突如の跳躍。直後にレイティーセが銀炎の残像を叩き潰し、路面を強打。局地地震が発生し、砕けたアスファルトと土砂が舞い上がる。

 上空に逃げた銀炎を追って、三人の視線とゼドノギラスが上を向く。ゼドノギラスから放たれた六発の弾丸は、しかし銀の炎に阻まれ、熔けて消えた。

 銀炎は空中で体勢を整え、背中から炎を噴出。爆発じみた推進力で下降し、両脚で怒涛と蹴りを降らせる。退避した三人の中心でアスファルトが耕されて陥没し、土塊が爆散。隕石が落下した跡のように、地面に巨大な窪地が生み出された。

「今何分だ?」

「四十二秒!」

「まだ一分すぎてねぇのかよ!」

 兵錬武同士の戦いは変身の時機が勝敗を決する。十分間という変身時間を考慮すれば、先に変身して一気に勝負をかけるか、後発で変身して相手の変身が解けるのを待つのが常道だ。

 後者は特に、ディードらのように生身で兵錬武と渡り合える者たちに顕著に現れる。

 銀炎の全身を拘束する螺子が緩んだ。各部の装甲が展開し、輪郭が一回り巨大になる。

「さらにこの序盤から最大稼動だと!」

 銀炎は余力を温存するつもりがなかった。銀炎の思考は前者、変身の機会を与えず、終始圧倒する戦法を選んでいた。

「このままでは手詰まりになるぞ!」

 結論に応じて、スティが巫女像の額に、シェラが拳銃の銃身に、ディードが長柄の中央に、それぞれの非環珠に視線を合わせる。

「変!」

 三人の文句が唱和された、そのときだ。

 耳を劈く轟音が連続した。銀炎の足元が弾丸に穿たれて爆発。銃撃は続き、後退する銀炎を土柱が蛇の動きで追いかけていく。

 新手の出現によって銀炎は即座に退却に移った。火球が投下され、地面に激突すると同時に爆発。網膜を灼く閃光が飛びこみ、三人は咄嗟に目を庇う。

 光の脅威が消え去り、三人の瞼が開かれる。どこにも銀炎の姿はなかった。

「誰だ?」

「『誰だ?』、はないだろう?」

 シェラの問いに応じ、〝誰か〟はおどけた口調と規則正しい靴音を伴って姿を現した。

 まず目に留まるのは、律儀に襟元まで詰めた軍服だ。軍服の上からでも逞しい肉体が透けて見えるよう。左眉には傷痕が走り、歴戦の軍人という印象を裏打ちしている。

 まるで実直を絵に描いて、額に入れて飾ってあるような生真面目さが窺える人物だ。

 男が片手に下げるのは、銃撃の直後で蒸気を上げる回転砲。最近試験投入された軍の試作型兵錬武、《エイルミーズ35》だ。

「キュバリリウス連邦軍エルレイド共和国支隊中央分隊第五部隊隊長、クラーブ・デリット」

 シェラの無表情が見る見るうちに鉄塊のように硬質化していく。対してクラーブは楽しげな微笑を浮かべていた。

 対照的な様子の二人を前に、ディードは疑問を口にする。

「知り合いか?」

「私の元夫だ」

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