銀の炎②
変身に要した時間は一瞬だ。その一瞬で、すでに三人が屠られていた。ディードのペルテキアが円弧を描き終わり、輪切りにされた三人の上半身が次々と落下していく。
「…………は?」
あまりに突然すぎる出来事に、連中は呆けた声を漏らしていた。
その間にもディードの殺戮は止まらない。「ゲギャギャギャギャギャギャ!」と哄笑を撒き散らしながら、右へ左へとペルテキアを振り回す。
「武装型に!」ディードは大剣を持ったクレイモアの兵錬武を薙刀で斬り捨て、狙撃銃の兵錬武が放った弾丸を大斧の側面で防御し、
「獣化型に!」巨体に豪腕を有した大熊の兵錬武と、異様に両腕の長い類人猿の兵錬武、さらにジャッカルの兵錬武の首を大鎌の一閃でまとめて刈り飛ばし、
「さらに機能型まで選り取り見取りだな!」粘液の兵錬武が反吐のように速乾性接着剤を吐きかけてきたのを、腐臭を漂わせる強酸の兵錬武を螺旋の槍で突き刺して盾にして、さらに翻った鉄鎚が電撃の兵錬武の腹部を叩き潰して内臓がぶちまけられる。
ディードが口に出した型式とは、大陸五大開発がそれぞれに得意とする分野、転じて兵錬武を企業別に分類する際の俗称だ。武器による戦闘を追及した武装型、人間に別種の生物の身体機能を付与する獣化型、炎や電気などの操作に特化した機能型などである。
「変身するまでもない」
血と銀血と手足と内臓と脳漿と装甲片が土砂降りとなって降り注ぐ只中を、返り血で赤と銀の斑となったディードが駆けていく。すでに包囲網は意味を成さなくなっていた。
ディードに山猫の兵錬武が飛びかかってきた。棚や壁や天井を足場に、立体的な跳躍で詰め寄ってくる。ディードは効果範囲の広い大鎌を横薙ぎして迎撃するが、光信号が珪素神経の人工神経を駆け抜け、山猫は瞬時に回避行動を起こす。
と思ったときには、すでにディードによって生首を摑まれた後だった。振り上げられ、背中から床面に叩きつけられる。合金の骨格が軋み、肺から空気が漏れる。脳震盪を起こして即座に行動が起こせないそこに槍が突き落とされ、山猫は無残な標本となって絶命した。
兵錬武は初回変身の際、ある程度の体質改変が行われる。未起動状態の兵錬武を存分に扱えるよう、肉体が最適化されるのだ。
つまり通常時のペルテキアを扱うための肉体ですら、並の兵錬武より強い。
兵錬武使いは徒手空拳ですら殺傷力を持った凶器と同じだ。兵錬武犯罪者が生死問わずに定められているのも、安全性を考慮すればこその積極的自衛権に他ならない。
「死にたい奴からかかってきやがれ」
ディードの表情は燃えているように歪んでいた。全身と頭髪と返り血の赤で、殺意に身を焦がす火炎の魔人のように映る。
「死にたくない奴は、こっちから殺しにいってやるよ」
ディードに狙いをつけていた狙撃銃の兵錬武に六つの穴が開いた。狙撃銃の非環珠が撃ち抜かれ、爆発。狙撃銃は白い爆光に消し飛ばされ、肉片となって降り注ぐ。
「この中・近距離戦で、遠距離専用の狙撃銃が拳銃に敵うはずないだろう」
硝煙を上げるゼドノギラスを掲げつつ、シェラは冷ややかに言い放った。
「永久機関たる非環珠でも、十二時間の蓄積に対して十分間しか兵錬武を活動させられない。五十人も手勢がいるなら時間差で変身するのが常識だ。これだから素人の相手は頭が痛い」
ゼドノギラスの銃身が折れ、旧式回転弾倉を排出。新たな弾倉を前後から挟んで固定する。
その隙を突いてミチバシリの兵錬武と鋲の兵錬武がシェラに高速接近してきた。ミチバシリは鋭い嘴からの突撃を敢行し、鋲の全身に生えた棘が炎の尾を引いて射出される。
シェラは闘牛士のような身のこなしでミチバシリの突進を回避し、鋲の弾丸はペルテキアの大斧に防御され、火花となって消え去った。さらに大斧が駆け抜け、しゃがんで銃撃の態勢となったシェラの頭上を通過、背後からミチバシリの胴体を上下に分断。ゼドノギラスが咆哮を放ち、鋲の兵錬武は両肩、両脇腹、下腹部、そして頭部に大穴を空けて絶命した。
戦車並みの強度を持つ兵錬武の装甲といえど、対戦車狙撃に用いられる徹甲弾を六つの銃口から六発同時に発射されては、薄紙の防御力にしかならない。
ソニス市の一地域を軽く消滅させられるはずの戦力は、しかしディードとシェラのたった二人によって翻弄されていた。普段の仲の悪さなど微塵も感じさせず、ディードが前衛、シェラが後衛として完璧な連携を果たしていく。
連中は今さらながらに驚愕と理解の呻きを漏らした。シェラの言葉通り、二人にとっては自分たちなど五十人の素人でしかなかったのだ。
ディードは死した兵錬武からクレイモアを奪い取り、左手に握る。そして後方跳躍。
火炎放射器を背負った火炎の兵錬武から、狂ったように緋色の濁流が放たれ続ける。ディードとシェラは後方跳躍を繰り返して距離を取り、屋外へと脱出。
ディードの左右から蜘蛛の兵錬武と鞭の兵錬武が接近。蜘蛛の尻から飛ばされた糸が、鞭の両腕から生えた触手が、それぞれディードの両腕を拘束する。
ディードの全身が隆起した。拘束した側である蜘蛛の糸と鞭を逆に引っ摑む。
蜘蛛と鞭の兵錬武はその場に踏ん張って抗うが無駄だ。電気消費型の人工筋肉は人体の限界をこえる凄まじい膂力を発揮するはずが、ディードの膂力で力任せに引き寄せられる。
全身が重金属の塊である兵錬武は、一体一体が三百~五百㎏の重量を持っている。しかし超重量であるペルテキアを小枝のように振り回すディードには、猫の重さにしかならない。
放物線を描いて左右から間合いに飛びこんできた蜘蛛と鞭は、左右に握ったペルテキアとクレイモアによって屠られた。
二人に奇声が降り注ぐ。旋風の兵錬武が突風を巻き起こし、揚力を得たムササビの兵錬武が上空から奇襲を仕かけてきたのだ。
ディードの左腕が振りかぶられ、クレイモアを投擲。ムササビは逆様の流星となったクレイモアに片膜を貫かれて体勢を崩し、ゼドノギラスの銃撃によって空中で爆散。手足や内臓や頭部や二色の血液がおぞましい流星雨となって降り注ぐ。
ペルテキアの大斧と大鎌と薙刀と鉄鎚と槍が振り回され、ゼドノギラスが乱れ撃たれる。二人によって五十人もいた手勢は次々に数を減らしていき、そして十分も経たぬ内に最後の一人となっていた。
「この、化け物どもがぁぁっ!」
半ば狂乱に陥ったように、怒声を上げながら攻城槌の兵錬武が突進してきた。前後に長く伸びた全身は、城砦すら突き刺す巨人の矛となってディードに向かってくる。
ディードはしかめっ面を浮かべて、口元で紫煙を上げる煙草を見た。
「お前らは煙草が消える時間すら埋められないくせに、兵錬武に手を出したのかよ!」
ディードは怒気混じりに煙草を吐き捨て、攻城槌の兵錬武へと走りこんだ。土煙を巻き上げて突進してくる攻城槌と、大上段から振り下ろされた大斧が正面から激突! 一瞬の停滞すらなく大斧が攻城槌に侵入し、火花を散らして両断していく。
「俺たちはぁっ!」
攻城槌の兵錬武は、自棄になったように怒号を上げた。恐怖と絶望に見開かれた両目の間までもペルテキアの大斧が駆け抜け、そしてディードの足が止まる。
「《大戦》前の……生活を……取り、戻し、たかった……だけ……」
ディードの背後で左右に両断された残骸がそれぞれに傾斜した。大地に横倒しとなり、赤と銀の血溜まりが広がる。落下してきた煙草が血に濡れて、ようやく消えた。
「……お前らの感情は間違っちゃいない」
五十近い死体の中心で、ディードは亡者どもに語りかける。赤と銀の返り血が頬を伝い、ディードは憤怒の形相に落涙という、複雑な表情となっていた。
「俺だって、できるなら十年前に戻りたい。親父に会いたい、お袋に会いたい、初等部の学友にも会いたい。あの《大戦》がなければ、今頃は家業を継いで、親の決めた許婚と籍を入れていたかもしれない。誰だってあの時代を、失ったものを取り戻したい」
内部の弱さを吐露するように、ディードの口から言葉が零れ落ちていく。
シェラは何も言わない。《大戦》以前の記憶がなく、同僚でしかない自分が踏みこんでいい領域ではないと慎んでいた。ただじっと、ディードの背中を見守り続ける。
「だが、お前らが兵錬武に手を出した一点だけで、俺とお前らは相容れない。俺は《十一人戦争》を引き起こした兵錬武を、兵錬武を使って犯罪に走るお前らを許せない」
ディードの視線が自らの握ったペルテキアに向けられる。兵錬武を狩るために不可欠な力、そして最も憎悪すべき力だ。《シュバリエ》やACCと同じ、必要悪の力だ。
油断なく死体の面々を眺めていたシェラの視線が、ふと顰められる。
「……どさくさで忘れていたが、ジェスドはどうした?」
「敵将、討ち取ったりーっ!」