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銀の炎①

「賞金首の名はジェスド。エルレイド革命軍の元幹部だ」

 走る電動車の助手席で、シェラが賞金首の情報を読み上げていく。電動車の小型画面に映し出されたのは、いかにも堅物の軍人然とした、厳めしい風貌の壮年男性だ。

 二人を乗せた電動車は、湖岸に沿ってソニス湖を南下していく。ソニス湖のさらに南部には、ソニス湖の形成に伴って交通が不便になり、復興から見放された廃墟が点在していた。後ろめたい者どもが身を潜めるには絶好の地域と言えよう。

「革命軍の幹部って、いわゆる建国の英雄じゃねえか。どうして賞金首になってんだよ?」

「人格に難があったらしい。軍備拡張を推し進める強硬派で、対立相手の暗殺も厭わない苛烈な性分だったそうだ。建国と同時に戦犯指定で投獄されるほどのな」

「軍人が頑張るとろくなことにならないな」

「全くだな」

 シェラは辟易とした感想を漏らした。元軍人であるシェラは、骨身に沁みて軍人気質の厄介さを思い知っていた。

「ジェスド将軍は年齢と役職からは珍しく、積極的に前線へと繰り出す武闘派だったようだ。自身も兵錬武を所持し、免許持ちに近い実力者と言われている。

 将軍は二年前に脱獄し、その後は政府筋への襲撃で目撃証言が多発。現在は支援者を集めてソニス市に潜伏中という噂だったが、まさか真実だったとはな」

「というか、片や反政府活動、片や政府要人の殺害に、ソニス市で活動中と、ジェスド将軍が《白銀の影》だと言われても違和感がないな」

「模倣犯や類似事件が出てくると、捜査が混乱するので本当に困る」

 シェラはもう一度、辟易とした感想を漏らした。これも軍属時代に経験があるらしい。

「それにしても二年前か……。《シュバリエ》の連中が活動しなくなったのは四年前だから、今日まで生きていられたってことだな」

「貴様はことあるごとに《シュバリエ》を口にするが、何か特別な思い入れでもあるのか?」

「ん? んー…………つうか俺らの世代にとっちゃ、人知れず犯罪者を狩る謎の集団って感じで、話題の中心じゃなかったか?」

「賞金のかけられている犯罪者には違いない」

「その主張に異論はねえけど、《シュバリエ》がいなけりゃどうにもならない時代だったのも確かだ。必要悪ってやつだよ。

《シュバリエ》の連中もACC法が制定され、自分たちの役目が終わったのを察して姿を消したんだ。案外、今頃はどこかの大手ACCに雇われてるんじゃねえか?」

「殺人鬼がACCか。皮肉の好きな連中だな」

 会話を続ける二人を乗せた電動車が廃墟街へと足を踏み入れる。

 廃墟街の様相は異様の一言だ。一面に倒壊したビルが並び、放棄された家屋が軒を連ねている。荒れ果てて雑草が生え放題の舗装路には、夥しい数の弾痕や爆痕が残されていた。手入れのされていない街路樹は無秩序に枝葉を伸ばし、水流の涸れ果てた小川は干乾びて、とうに役目を放棄した電線には鴉の群が留まっている。

 壁の合間や崩壊した家屋の下に見られる白い棒は、白骨だろうか? 廃屋やビルがそのまま、誰にも看取られることなく朽ちた人々の墓標となっていた。

 それら過去の戦火を感じさせる残骸の中に、極めて不自然な造形があった。滑らかな窪みが球形、あるいは曲がりくねった円筒形となって、建物に路面、塀や電柱、さらには樹木に死体と、まるで虫食い穴のように過去のソニス市を食い荒らしていたのだ。

「〈ソニス4〉の能力の名残か。今更だが、よくあいつを殺せたもんだ」

「どうにも現実感のない光景だな。まるで遠い国で起きた天災を見ているようだ」

 当時を思い出して顔を歪めるディードに対し、シェラは不可思議な感想を漏らした。

「何言ってんだお前? 〈ソニス4〉を忘れるとか、記憶力が残念すぎるだろ?」

「私には記憶がないんだ」

 言って、シェラは髪の毛を掻き上げて頭部の傷を見せた。例の古傷だ。

「周囲の話では両親や弟とも死別したらしいが、私には感傷に浸る過去もない」

 シェラはいつもの無表情。そこから何かしらの感情を読み取ることはできない。

「覚えている俺と覚えていないお前、どっちがマシなんだろうな?」

「結局は同じ場所にいるのだ。どちらでも大差ない」

 どちらからともなく言葉が途切れ、そこで二人の会話は終わった。

「前から疑問に思っていたが、こいつらはどういう考えで犯罪を起こしているんだ?」

 ディードの言葉にシェラが疑問の視線を向ける。

「最近多い鉱山問題は、労働条件による労働者と雇い主の問題だよな? 通り魔や模倣犯とかは愉快犯で、世間を賑わせるのが楽しいって歪んだ快楽だ。大抵の交通事故は運転手や歩行者の不注意だし、大抵の殺人は私怨や金銭問題が原因だ。

 これらの経済的や精神的に追い詰められての犯行、歪んだ人格からの犯行じゃなく、《白銀の影》やジェスド将軍は極めて理性的に犯行に及んでいる。

 自らの命、自尊心、生活を守るためじゃなく、欲求を満たすためでもない。身の危険も顧みずに犯行を重ねているあいつらは、何を目的に動いているんだ?」

「人間が理性的に暴走する理由など、紀元前からたったの一つしかない」

 シェラは面白くもなさそうにあくびを返す。

「大義、あるいは正義だよ」

 本当にあくびの出そうな結論だった。

「ジェスド将軍が軍備拡張路線を推し進めたのは、《大戦》で息子夫婦と孫を失ったからだそうだ。圧倒的な武力があれば《十一人》にも対抗できたと、そう考えたのだろうな。

 自らを正義だと確信しているからこそ、彼らは盲目的で、自己犠牲も厭わない。正義という宗教に殉ずる狂信者だ」

「正義か。だったら〈ソニス4〉や《始まりの十一人》にも、正義があったのかな?」

《大戦》を起こして世界を破壊し、さらに兵錬武をばら撒いて世界を混沌に陥れている《始まりの十一人》と《新生の轍》は、シェラの言う正義なくしてあそこまで極端な行動を起こすことはなかっただろう。

 だとしたら《始まりの十一人》はどういう正義を持って《大戦》を起こし、《新生の轍》はどんな正義で兵錬武を出回らせたというのだろうか?

「そしてその正義漢の根城として一報があったのが、あのビルというわけだ」

 シェラが指差す地点、廃墟の一点に六階建てのビルが聳えていた。周囲に同程度の高さの建造物はなく、さながら荒野にそそり立つ一本木のようだ。

 ディードの手が伸び、計器盤の裏に隠された釦を押す。電動車の発していた人工駆動音が、違法改造された消音装置によって停止する。

 電動車は緩い速度で廃ビルの周囲を周り、交差点を曲がって、

「ぬぉうっ!」

 思わず出会い頭の電動車同士でぶつかりそうになった。相手も駆動音を消していたらしく、気付くのが遅れたのだ。

 ディードは相手の運転手に文句を言おうとして、停止。運転手の顔と、画面に映った人物とを、まるで間違い探しのように交互に見比べる。

 相手の運転手は、間違いなくジェスド将軍その人だった。

 と同時に、ジェスドは電動車を急発進させた。激突も辞さない勢いで自らの根城に逃げこみ、電動車から飛び降りて、一目散に階段を駆け上がっていく。

「迎撃態勢を整えさせるな!」

 怒号を飛ばしたシェラが操縦桿に手を伸ばした。同時に足がアクセルに伸び、電動車の操縦を奪う。電動車が一気に加速し、交差路を突っ切って、廃ビルに突っこんでいく。

「お前何を!」とディードが横を向いたときには、すでに助手席はもぬけの殻だった。所在なさげに開閉する扉は、まるで手を振って別れを表明しているようだ。

 ブレーキを踏む間すらなく、電動車は廃ビルに激突した。脆くなっていた壁を呆気なく突き破り、さらに二、三枚の壁を突き破ってようやく停止する。

「お前……俺は他人が運転する乗り物に乗ると必ず事故るってのを知ってるだろ」

「ああ、知っている」

 電動車の運転席で目を回すディードに、シェラは冷ややかに言い放った。

 ディードは転げ落ちるように電動車から降りてきた。這うような動きで屋根によじ登り、ペルテキアを携える。

 ディードは極大の不機嫌面を浮かべ、口に銜えた煙草に火をつけた。シェラは居住まいを正すように乱れた襟元を整える。炎と極寒、それぞれの敵意を宿した視線が周囲を駆け巡る。

 二人がいるのは階段の見える大広間だ。大広間のそこかしこには敵手が姿を見せ、すでに二人は包囲されていた。ビルの敷地の外から、一階の各部屋から、上階から、次々にジェスドの手下が姿を見せてくる。その数、およそ五十人。

「ACCのクソッタレどもが。ジェスドさんは殺らせねえぞ!」

 連中は一斉に兵錬武を取り出し、それぞれの血走った目に《非環珠(アニエス)》を翳した。

 全ての兵錬武に共通して見られる、表面から露出した半球状の部位、それが兵錬武の動力を司る永久機関たる非環珠だ。

 動力部と、個人識別装置と、兵錬武固有の能力や姿を決定づける指示式。非環珠こそ兵錬武の中枢にして、兵錬武が既存兵器から一線を画した性能を有する所以である。

 その五十人ほどが、一斉に変身を行った。

「変身!」実直な軍人風の中年は剣で、「変身」傭兵風の壮年男性は槍で、「へー、んー、しー、ん!」窓から上半身を覗かせた青年は杭で、「変身じゃわいのう!」椅子に腰かけた老人はツルハシで、「変身だよ!」肥満気味の女は額縁で、「ヘ、ヘンシン」痩身の少年は包丁で、「変! 身!」背広姿の企業人風男性は入れ歯で、「変身」筋骨隆々とした禿頭の巨漢は宝箱で、「……変身」荒んだ目をした若者は洗濯挟みで。

 大広間の各所で爆発的な熱量の白い光が発生し、変身が完了。人間に近い輪郭に大剣を所持した兵錬武から、四足歩行になったジャッカルの兵錬武、巨大な装置を搭載した兵錬武、両腕から触手を生やした鞭の兵錬武、四肢の数が倍になった蜘蛛の兵錬武、一見して何を象っているのか理解できない兵錬武など、五十人ほどの異形が並ぶ光景は圧巻の一言だ。

 生物的な兵錬武もいれば、機械的な兵錬武、戯画的な兵錬武と、受ける印象も様々。

 姿形と同様に、その顔も個々で異なっている。人間然とした目鼻立ちを残した顔から、仮面や人工物のように簡素で幾何学的な顔、動物や昆虫然とした顔、まるで怪物のように不気味な顔、そして頭部自体が体内に内蔵された者までいる。

 しかし共通して鎧のような外皮を持ち、体表に色取り取りの非環珠を露出させている。

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