S. 06 最初の門の村~S.07 ケイト
S.06 最初の門の村
「それにしても、随分とここは広い草原なんだな…」とヒロシがその草原を歩きながらつぶやいた。
「ええ、そうね。私も最初にここに着いたときにはそう感じたわ」とシルビアが答えた。
「ところで周りを見渡すと民家が一軒もないけれど、シルビア、キミが紹介したい人って言うのはどこら辺にいるんだい」
「最初の村よ。最初に見える門のある村。そこにいるの」とシルビアが言うのだが、ヒロシが周りをみても見渡す限り草原しかなかった。
「変ねぇ、いつもは直ぐに着くんだけれどな」とシルビア。
「そうなんだ。俺はしばらくこうして歩いてたっていいぜ。こんないい景色ならまだあと2時間は歩いてたってあきないな」とヒロシが言った。
「あっ!だから着かないのよ。ヒロシ、あなた、その村には行きたくないの?」とシルビアが非難がましくヒロシに言った。
「いや、そんなことはないさ。でも、こういう景色の雄大なところを歩くのも久しぶりだからいいなって思ってたんだよ」
「ヒロシ、さっきもいったけれどここは『ドリームランド』よ。ある程度の望みはかなう場所って言ったでしょう」
「ああ、そうさっき言ってたことなら覚えてるよ」とヒロシ。
「ここには正確な位置とか距離なんてないんだわ。だから、私たちがその村に着きたいって願わなければ、永遠にその村には着かないのよ、きっと」
「なんだって!?そんなあいまいな…」
「だから、さあ、ヒロシも願って、心から。その最初の門のある村にたどり着くようにって」
「わ、わかった。最初の門のある村だな」
「ええ、そう。今はそれだけ考えて歩いて」
そうして、しばらく歩いていると、ぼんやりと遠くに、周りが城壁で囲まれた集落が見えてきた。その城壁のほぼ中央には門があるようだった。
「あれがその村かい?」とヒロシが尋ねた。
「ええ、そう、明るいうちに着けてよかったわ」とシルビアがため息まじりで言った。
二人は別に慌てることもなく一定の速さで歩いていたのだが、その村はどんどんと迫ってきたように感じられた。そして、ついにはその村の門の前に着いた。
「まるで、中世のドイツの町みたいだな」とヒロシが言った。
「ふ~ん、そうなんだ」とシルビアはあまり興味がないような感じだった。
それから、シルビアは門をたたいた。
「誰かここを開けて頂戴」と彼女は言った。
すると門は、見た目はとても重くて丈夫に見えるのに、音もなく静かに開いていった。
門を入るとまず、2階建ての木造建築が正面の道の左右に連なっていた。また左右には壁に沿って道が続き、壁側の家は壁に張り付くように建てられていたりするのもいくつかあった。正面の道は石畳で、前方には塔があり、そこにもまた、門があった。おそらく、昔のこの町の城壁だろうとヒロシは思った。その門はすでに開かれていて、その門の上には、
「The first gate 's village」
と書かれていた。
「おい、シルビア、あそこにお店があるぞ!」とヒロシが言った。その内側の門を越えると、確かに両側にはお店が並んでいた。
「それがどうかしたの? 村なんだから、当たり前じゃない?」とシルビア。
「シルビア、ここは現実の世界と違うんだろう?だとしたら、店があるということは、購買する仕組みがあるってことだぞ」
「ええ、そうね」とシルビア。
「何で品物を買うんだい? お金でかい? ここのお金の種類は一体なんだい? まさかドルやユーロじゃあないだろう」とヒロシが尋ねた。
「ヒロシ、あなたすごいわね。わたし、そんなこと考えたことなかったわ」
「ってことは、ここでは何も買わなかったんだ」とヒロシ。
「ええ、欲しいものはまず、最初に持ってたし、おなかも減らないしね」
「なるほど、夢の世界だもんな。でも、ならあそこにあるレストランは何のためにあるんだい?」
「さあ、誰かお腹が減る人のためでしょう」
「って、一体誰がお腹減るってんだよ。これは俺の夢の中だろう」
「んもぅ…まだ信じてないのね。じゃあ、入ってみましょうよ、ヒロシ」
「え? ああ、そうだな。確かにそれはいいアイディアだ。おなかが減ってなかったから、入ろうなんて考えられなかったよ」
「でしょう。わたしもいつもそうだったわ。人って、自分に必要のないものや興味のないものには気づかないものよ。たとえそこに何かがあっても、その人にとってはないのと変わらないのかもしれない」
「けれど確かにそこには存在している。それは、誰かの何かの役に立っているからなんだ」
「そうよね、だから私たちが今ここにいるってことは少なくとも誰かの役に立ってるってことよね?」
「ああ、人はどんな理由でかわからないけれど、この世に生まれてきた以上、何かの役に立っている。人間だけじゃあない。自然界全てのものは何か役割があってこの世界に存在しているんだと俺は思う。なぜなら自然界は決して無駄なことをしないからなんだ」
「『自然界は無駄なことをしない』か、いい言葉ね。誰の名句?」
「昔、俺の科学の家庭教師をしてくれていた先生の言葉だよ」とヒロシ。
「へぇ~。そうなんだ。家庭教師に習ってたんだ。ヒロシって…」
シルビアは興味深げにヒロシを見ながら言った。
「でも、この夢の世界でもそれが果たしてそうなのかどうかは俺にはわからない。そもそも夢を見ること自体、人にとって必要なものかさえまだわからないんだから…。キミはどう思う、シルビア?」
「『夢を見ること』が必要かどうかってこと?」
「ああ」
「そうね、難しい質問ね。でもあってもいいんじゃないかしら」
「え?」
「つまり、恋愛とおんなじよ。人は誰かを好きになるけれど、好きにならなくたって生きていけるでしょ?でも私は誰かを好きでいたい。誰かを愛して生きていきたい。だから、夢だって見なくても生きていけるけれど、私は時々夢を見たいな。だって夢には現実ではありえないこと、不可能なことが可能になるでしょう」
「例えばどんなことだい?」
「まず、現実では会えない人と出会えるんじゃないかしら。それに現実では行けない知らない場所にも行けるでしょ。ほら、こうして、今がそう。これって楽しいじゃない?」
シルビアは笑って言った。
「ああ、でも反対に現実ではありえない怖いことやいやなことも起きないか?」
「ヒロシったらいやなこと言うのね。でも昔からそういうのは逆夢っていって逆によくなるのよ」
「って、ママからでもきいたんだろ」とヒロシ。
「俺も昔、かあさんからきいたことあるよ」
ヒロシは笑って話した。しかし、シルビアはそれにはやや寂しげに笑っただけだった。
二人がレストランの中に入ろうとすると、その入り口では、一匹の白い犬と店員が話していた。
「どうしてわかってくれないんだろうねぇ。だからなんべん言っても今日は大事な会議がここで行われるから他の人は入れないんだ。もちろん犬も同じだ。だから悪いが今日は帰っておくれ」
「シルビア、ほら、あそこで人が犬と話してる…」
「ま、それもありなんじゃないかしら、ここでは」
「とにかく、彼に聞いてみることにするよ」
ヒロシは白い犬と話している店員のそばまで行った。
「すみません。ここでは何を出しているんですか?」
「あーっ、また新たなお客さんだね。今日は一般の人は入れないよ。貸切なんだから」
「貸切って誰にですか?」
「えらい方たちさ。私はそれしか知らされてない。だから、さぁ今日はもう皆帰ってくれ。な、そこのワンちゃんも、頼むから帰ってくれよ」
「わかったよ…」とその犬は言った。
その時ヒロシにはその犬が、見覚えのある犬に見えた。
「お腹空いてるのかい?」
「うん、もう2日間なにも食べてないんだ…」
ヒロシはバッグの横のポケットを探った。
「あった。非常用のお菓子だけど、食べるかい?」
「あ、これオール・レーズンだね。懐かしいな。ボクそれ、大好きだったんだ。いつも、夕方頃に、ある男の子が遊びの帰り際にわざわざそれをくれにやってきてくれたんだ。そしてぼくたちはしばしの間遊んだんだ。そして時々その男の子はくやし涙を流して僕の前に現れる時もあった。何が原因かは僕にはわからなかったけれど、でもそのくやしい気持ちはよく理解できたよ…」
その言葉を言い終わるか終わらないうちに、ヒロシがまわりを気にせずにその白い犬に抱きついた。普段の常に落ち着いたポーカーフェイスのヒロシを知っていればこんな行動をとるのはとても珍しいとわかる。実際にその場面を見たシルビアもちょっと驚いているようだった。
「コロ!? キミはあの時のコロなのかい?」とヒロシが言った。
「うん、そうだよ。覚えていてくれてたんだね」
「ああ、忘れるわけがないだろう。ずっと覚えてたよ。まさか、ここで出会えるなんて…。でも、コロは確か…」
「ヒロシ、私にもちゃんと紹介してくれない」
シルビアがこれが限界とでもいうようにヒロシに話しかけてきた。。
「ああ、シルビア。彼はね、子供のころの大事な幼なじみなんだ。子供の頃に、近くのダウンタウンのブロックの一角の家の庭にいつもクサリで繋がれていたんだよ。コロが散歩に出ている姿はまず見たことがなかった」
「うん、僕は番犬としてあそこの家で飼われていたんだ。だから他の家の犬のように一緒に散歩に行くことは滅多になかったんだ…。だから、いつも庭から他の犬たちが人間と一緒に楽しそうに散歩しているのを見るたび、それがとっても羨ましかったんだ。何で僕のご主人様は僕と一緒に散歩してくれないのかなって… 今日こそは一緒に散歩してくれるかなって、そう期待して待っていると、食べ物だけくれておしまいだった。いつもその繰り返しだった。でも明日こそはきっと僕と散歩してくれるに違いないって、僕はあきらめたくはなかったんだ。…でも、やっぱり寂しかった。そんな時に、僕としばしの間遊んでくれたのがヒロシだったんだ。だから夕暮れ頃に時々ヒロシが来てくれたおかげで僕はとってもうれしかった。特にヒロシがいつもポケットに入れて持ってきてくれたオール・レーズン、僕の大好物だったんだ」
「コロ、僕もそれはおんなじだった。キミと一緒にいる時間はいろいろなことが忘れて楽しい時間だった。今ここで、キミとこうしてしかも言葉を使って話せるなんて、こんなうれしいことなんてないよ」
ヒロシの目は少し涙ぐんでいた。
「ところでさぁ、早くそれ、袋から出してよ。もう待ちきれないよ~。ねぇ、ヒロシ、早く」と言いながら、コロは前足を上げてヒロシにジャレついてきた。
「わかったよ。コロ、待って、座って。コラッ。お手をしてごらん。覚えてるだろ」
「やだよ~だ。早く食べたいもん」といいながら、コロはしきりにヒロシに甘えてきた。
「いいなぁ。…なんだか二人がうらやましい」
「そんなこと、言われたの…シルビアが初めてだよ」
「そう…。ヒロシ、あなたにはこういった大事な仲間がきっと世界中にまだまだたくさんいるんでしょうね…」
「仲間か…。それはわからないけれど、大事にしたい人たちはたくさんいる。シルビア、キミもそのうちの一人だよ」
「……ありがとう、って言ったほうがいいのよね、きっと…」
「シルビア…」とだけしかヒロシには言えなかった。
すると今度はコロがシルビアに話し掛けてきた。
「シルビアさん、僕はヒロシと出会えて幸せだったよ」
「そうね。コロ、私もそれはおんなじよ 」
そういうと、シルビアはコロの頭をなでた。そしてようやく微笑むことができた。
「ところで、シルビア、さっき言ってた紹介したい人ってだれのことだい。」
「え、あ、そうね、ついてきて、こっちの方角よ。」
そしてヒロシたちはその村の奥へと向かって行った。
S.07 ケイト
何かが俺の顔に止まった。それで、俺は目が覚めた。手で振り払うと、陽炎のような虫があわてて飛び立った。
「ここはどこだ?」と俺は独り言を言った。でもそれに答えた声があった。
「ここが、ドリームランドよ」答えたのはさきほどのケイトだった。
「まさか、俺はだまされないぜ。で、俺が寝ている間にどこに連れてきたんだ」
まわりにはところどころに低木や枯れた木々があった。故郷のニュージーランドに感じが少し似ていた。
「だから言ったでしょ、ドリームランドよ。二度も言わせないで」
「ふざけんなよ。そんな非現実なこと、信じられるわけないだろ」と俺は女に言った。
「たしかに、ここは非現実的な世界よ。でも、こうして今あなたも私もその世界にいるのよ」
「…本気で言ってるのか!?」
「ええ、現実の世界で、私があなたにカシミラの枝茶を入れたの覚えてる?それにここに来る薬を入れたのよ」
「……」
たしかに、俺はさっき彼女が注いだといってたそのお茶を飲んだ。それからのことは覚えていなかった。
「さぁ、まずはここから出発よ」とケイトが言った。
「どこに連れていくんだ」
「あるお方のところへよ。急がないと暗くなるわ」
「別に、暗くなったってかまわないさ。もし夢だとして、起きれば関係ないだろう」
「ハセ君、あなたはここがまだどんなところかわかってないからそういってられるのよ。ここは、私たちのいる現実世界とは異なる世界なのよ。私を信じて。暗くなる前に、どこかの町に着かないと大変なことになるのよ」
「わかったよ。但し、そのあるお方とやらのところに着いたら俺を元にいた世界に戻してもらえるんだよな」
「ええ、そうよ。ここでの記憶や私たちと出会った記憶は失うけれど、それで元に戻れるわ。約束するわ」
「O.K. じゃあ行こう。ミス・ケイト」
「ただのケイトでいいわ」
「O.K. ケイト。俺もただのハセでいい」
「わかったわ、ハセ。ユニークな名前ね」
しばらく歩いているうちにあたりがだんだんと暗くなってきた。そういえば、太陽が見えない。曇っているんだろうか?
「まずいわね。明るいうちに町にたどりつけないかもしれないわ…」
ケイトの様子が先ほどとはうって変わって心細げだった。
「そういえば、暗くなったらどうなるんだ。ゴブリンでもでてくるってのか?」
「ハセ、そういう想像はここではとっても危険なことになるのよ。もう二度と言わないで。それに、彼らよりももっと危険な 恐ろしい ものがここには棲んでいるのよ」
「なんだって!? ケイトはそいつを見たことがあるのか?」
「ええ、あるわ。たった一度だけね。遠くからしか見ていないし、でも二度とそれを見たいとは思わないけれど」
「それが、暗くなると出てくるんだな」
「ええ、低い声をあたりに響かせながら近づいてくるのよ」
「だったら昼間だって危険じゃないのか?」
俺はケイトに尋ねたところ、なぜかその生き物は明るいところには出てこないらしい。そしてこの世界に住む人で、まだ明るいうちに出会ったものはいないという。おそらく何か理由があってその生き物は、明るいところには姿を現さないのだろうということだった。
「ケイト、あとどのぐらいで、町に着くんだい」
「はっきりとはいえないのよ。何しろここはドリームランドよ。距離や時間はひどくおおざっぱなの。だから30分のときもあれば1時間以上かかるときもあるのよ」
「えらくいい加減な世界だな…。ところで、さっき言ってたその生き物だけれど、明るければ姿を現さないって言ったよな」
「ええ」
「だったら、ここで野宿をしよう」
「なんですって!?」
「2回も言わすなよ、ケイト。ここで野宿するっていったんだ」
俺はケイトにやっとニヤッと笑うことができた。
「もう信じらんない。私はいやよ。ハセ、気は確か?さっきも言ったでしょ、ここは暗くなると危険なところよ。なのになんでこんなところに…」
「じゃあ、一人で町に行くんだな。いつ着くかもわからないうちに暗くなって後ろからその生き物に襲われてもしらないぜ。俺はここで野宿する。それにこのあたりには、低木の枯木がけっこうある。だから、薪には困らない。明るいときにはその生き物は出てこないんだったら、ここで、キャンプファイヤ―を一晩すればいい」
「木を燃やすなんて、CO2が増えるじゃない」
「ハハハ、ケイトも、本気で今の政府の言うこと信じてるのかい?俺の国では毎年広い範囲を野焼きしてる。それが伝統行事なんだ。人が火を使って何が悪いんだい。人間には火は不可欠な存在さ」
「……」
「それに、ここはドリームランドなんだろ。現実世界と違うならCO2の心配も何もないだろう」
「ハセくん、それは人間のエゴというものよ。私たちは、今や世界に対して無責任ではいられない立場にいるのよ。だから、このドリームランドにおいても我々人間は責任を持って行動するべきなのよ」
「ああ、でも俺はやはり火をおこす。未来の心配をして、その化け物に襲われて、命を落としたくはないからな」
「あなたは今日を生き抜ければ明日がどうなってもいいって言うの?」
「今日を生き抜くからこそ明日があるんだろ」
「……でも一体どうやって火を起こすつもり。私はライターなんて持ってないわよ。あなたは持ってるの?」
「いいや、そんのもの持ってるわけないだろ。マッチ一本すら持ってないさ」
「じゃあ、一体どうやって火をおこすつもりなの?」
「人間には手があるだろ」
「手? この手のこと?」
「ああ、そうさ。マオリ式で火をつくるのさ」
「なんですって!? それに、『マオリ』って何よ」
「なぁ、ここで話してたってますます暗くなるだけだ。支度にかかろう」
「…わかったわ。で、私は何をすればいい?」
「このあたりの枯れた小枝と乾燥しきった草を集めてくれないか」
「了解」
5話目につづく…