S.03 夢の薬~S.04 ドリームランド~S.05 カンパニー
S.03 夢の薬
今、ヒロシはマスターKから受け取った小瓶からその中に入っている小さないろいろな色をしたカプセル錠剤をテーブルに出した。そしてやや青ざめた顔で
「これは、ドラッグ…ですか?」とマスターKに尋ねた。
すると、マスターKは両腕でゼスチャーをしながら、
「いいや」と答えた。
「わしも最初はそう思って警戒したんだよ。だが違った。そんな次元のドラッグなんかとはぜんぜん違う。しかし、ある意味ではこの薬は通常のドラッグ以上にやめられなくなるかもしれない…」
「話がよく飲み込めないな…。ドラッグではない。でもやめられなくなる。やめられなくなるっていうのは結局ドラッグと同じじゃないのか」
そこに、シルビアが勝手にドアを開けて入ってきた。
「ヒロシ、私をよく見て。私の顔、身体、どう?」
「どう?…って言われても、その、…きれいだよ」
「それだけ?」
「それだけって…魅力的だよ、女としても…」
「まあ、ほんと? ありがと。でも今はそういうことじゃなくて、この身体がドラッグに犯されていると思う?…ってことよ」
「まさか!? シルビア、キミ、これを飲んだのか…」
そこでマスターKが話した。
「飲んだというよりも最初は飲まされたんだよ…」
「誰に?」とヒロシが聞いた。
「さっき話したその女性からさ」とマスターKが言った。
「ええ、そうよ。でもその後でも私は飲んでるの。でもね、不思議と身体には何も影響はないのよ」とシルビアが答えた。
「じゃあ、なんでやめられなくなるんだい。一体この薬はなんなんだ。」ヒロシには全く理解ができなかった。
「ヒロシ、アナタも夜寝ると夢を見るでしょ」とシルビアが突然ヒロシに質問をしてきた。
「夢? ああ、でも何でこんなときにまた…」
「いいから、答えて」
「ああ、時たま見るよ」
「じゃあ、こう思ったことない? 時々あともうちょっとでいいとこだったのに目が覚めちゃったって」
「ああ、そうだな。そんなときもあったよ」
「じゃあ、もしその夢の続きが見られたらどう?」
「何をいってるんだい、シルビア。この薬と何か関係があるのかい?」
「ええ、おおありよ。この薬はね、その夢の続きが見られるのよ」
「まさか…本気でいってるのかい?」
「ええ、おおまじでよ。しかも、それだけじゃないの。夢の中でね、現実の人たちとも出会えるのよ」
「それなら、俺も時々夢で、今までに出会った人たちが出てくるけれど…」
「それは、アナタだけの夢でしょ。でも出会った人たちが朝起きて、同じ夢を見ていたらどう?」
「そんなこと、ありえるわけが…」
それをシルビアがさえぎった。
「あるのよ、現実にね。これがその薬なの?」
「そんなこととても信じられるわけないだろ」とヒロシが言う。
「ええ、その気持ちはよく分かるわ。私だって最初に彼女からこの話を聞いたときには、全く信じようとは思わなかったもの」
「そこで、彼女は証明しようとしたのさ」とマスターK。
「シルビアのカシミラの枝茶の中に、睡眠薬とその薬をそっと入れてたらしく、まもなくシルビアは、床に崩れるように眠ったのさ」
「ほんとあの時はまんまと彼女にしてやられたと思ったわ。店が閉店後でほんと良かったわよ。けれど、そこでね、夢の中でね、その彼女が現れてきたのよ。そこで『その土地』のことを少し教えてもらったの」
「その土地って?」とヒロシがシルビアに聞いた。
「『ドリームランド』のことよ」
「なんだい、その『ドリームランド』っていうのは?」とヒロシ。
「だからその夢の世界というか土地のことよ」
「シルビア、この話を本気で俺に信じろって言うのかい?」
「もう! そのきも~ちよ~くわかるわよ! 言ってる私だって、自分が頭いかれてるんじゃないかって思えるものね、実際に経験してなかったら…。でもね、本気で本気なの、冗談なんかじゃないの」
「確かに、キミを見てればうそは言ってないって思いたいけれど…そんなこと…ほんとに、信じ…られるわけが…あれ、なんだか、変に…眠くなって……おかしいな…」
「でしょう。そう言われると思ったから、あらかじめヒロシのカシミラの枝茶にも同じように睡眠薬と一緒にそのお薬入れちゃったわ。でも安心して、向こうの世界でまた会えるから。心配しないで、お休みなさい。ヒ・ロ・シ」
そういうとシルビアは微笑した。そしてヒロシはテーブルの上に顔をうつぶして眠りに落ちていった…。
S.04 ドリームランド
ヒロシはふと目が覚めると、そこは野生化した青麦が生い茂っている広い草原だった。そこに大の字になって寝ていた。起き上がると、雲がぽっかりと地上に近いところを流れていた。
「ここは…」すると、横から聞き覚えのある声がした。
「おめざめね。そう、ここがその世界よ。ようこそ『ドリームランド』へ」とシルビア。
「シルビアかい?でもキミいつの間に着替えたんだ?」
今、ヒロシの横に座っていた彼女は白いフレアーな綿のワンピースを着ていた。
「ここではね、夢もある程度はかなうみたいなの。どう?似合ってる?」
「ああ。そうだな、意外だけれど…」とヒロシ。
「意外かぁ…、そう。ありがと。一応礼を言っておくわ。でもアナタは全然変わってないのね」とシルビア。
「ああ、旅にはこの恰好が一番いいんだよ」
ヒロシはというと、キャメル色のチノに赤いTシャツとライトブラウンの綿のジャケット、たしかにいつものいでたちだった。
「さてと、じゃあ出発しましょう」とシルビアは背伸びを一度してから言った。
「出発ってどこに行くんだい?」とヒロシ。
「そうね、たしかここからだといつもは向こうの方角よ。紹介したい人たちがいるの。さあ早く立って、歩いて行くわよ」
「了解」
するとヒロシは立ち上がると先ほどシルビアがしたように一度背伸びをした。
「ふぅ~。そうかここが『ドリームランド』なのか」
「ね、だからいったでしょ。ほんとにあるって」
「ほんとっていうけれど、これは俺の夢の中なんだぜ。っていうか、だから今話しているキミは俺が作り出したシルビアなんだから、アレ? なんで自分の夢なのに言い訳しなきゃならないんだ!?」
「フフっ。まあいいわ、いずれわかるわよ。とにかく行きましょう。のんびりしてたら日が暮れちゃうわ」というとシルビアは歩き始めた。
「わかったよ。そうせかすなって」
そしてヒロシもその後を追っていった。
「どう?ここってきれいなところでしょ、ヒロシ」
「ああ…」
「ねぇ、ヒロシって今までどんなところを旅してきたの?」
「ああ…」
「あなたとこうやって、こんな広いところ一緒に歩いたの、今日がはじめてよね。なんだか楽しいわ」
「……」
「ヒロシったら私の話きいてるの?」
「え!? ああ、きいてるよ」
「どうしたの? 浮かない顔して?」
「キミはなぜあんな奴なんかと…」
「あんな奴って?」
「いや、なんでもない。それにしても、ほんとにきれいなところだな」
「そうでしょ。それに、雄大なところよね。でも何か癒される感じがしない?」
「ああ、そうだな。ハセがいた島国とか、この間までいたノース・カントリーにもどこか似ているけれど、やっぱりどこか違う感じがする」
「そう、ハセ君の故郷にも似てるの?ところで、ハセ君今頃大丈夫かしらね」
「そういえば、ハセ今頃どうしてるんだろな…」
S.05 カンパニー
「もう目隠しははずしてかまわんよ」先ほどの男が言った。俺は直ぐにその目隠しをとった。
「ここはどこなんだ」と俺はその男に言った。
「ここは我々のオフィスだよ」とその男は大きな背もたれのあるイスに座って話し出した。
「まあキミもそこに腰掛けてくつろいでくれたまえ」と言った。
「紅茶がいいかな? コーヒーもあるが?」
「一体お前は何者だ」と俺は敵意むき出しでそいつに言葉を放った。
「私かい。私はケイン。で、キミの名はなんていうんだい?」
「お、俺は…」
「キミは人に名前を尋ねて自分では名前もなのらんそんな失礼なヤツじゃあないだろ、ん?」とそいつが言った。
「俺はカズヒコっていう。もっともハセって呼ばれてるけれど」
「そうか、じゃあ私もそのハセのほうで呼ばせてもらうよ」
すると、ドアをたたく音がした。
「カシミラの枝茶(※)をお持ちしましたわ」
「入ってくれ」
そして扉が開くと濃紺の身体にフィットしたワンピースを着た長い黒髪の女性が入ってきた。
「そこに置いてくれ」
「この男の子なのね」
「ああ」とケインが答えた。
「さあ、ところで、ハセ君、なんでキミがここにつれて来られたのかわかるかい?」
そうだ、なんで俺はこいつに連れてこられたんだ?
「いや…」
「だろうな…。だが、その方がキミのためにも好都合だ。でキミはあの時何を見て、聞いたんだ。全て話してもらえんかな、ここで」とその男は俺に要求してきた。
「もし、断ったら?」
「もし? そんなことは想定外なことだが、もしキミが何か知っていて、ここでそのことを何も教えてくれないことはキミ自身でキミをとてもまずい立場にすることにしてしまう」
「まずい立場っていうのは?」と俺はケインに聞いたがそれには彼は答えずに、
「キミがどれだけの内容を聞いたのかを教えてくれるだけでいいんだよ。簡単なことさ、それさえわかればもうキミは帰れる。但しそのときの記憶だけは消させてもらうよ」
「ということは、もし、断ったらここから帰れないってことなのか?」
「ハセ君、キミはなかなか理解力がある。そういうことだ」
「ずいぶんとその話はきかれたら困る話だったみたいだな。なら、こんな取引はどうだい。こちらは見たこと聞いたことを誰にも話さない。だからアンタも俺を解放しろ」
「ハセ君、それだけじゃあダメなんだよ」
ケインは静かだがすごみのある声で言った。
「どうしてだ!」と俺もやや声を上げて言い返した。
「このことはね、一部の関係者以外は知らなくていいことだからよ」
先ほど入ってきた女性が言った。
「さあ、冷めないうちに飲んで。これ、カシミラの枝茶なのよ。なかなか他では飲めないものよ」
「そのとおり、ケイトがわざわざインドで買い付けてくれた一級品だからね。しかもケイトの入れるお茶はとってもうまいんだ。私が保証するよ」
カシミラの枝茶ぐらい俺にだってその希少価値は十分承知していた。状況が違ければ俺だってうれしかったさ。しかしそのときは味よりも気を静めようとその枝茶をすすった。すると、確かに言われたとおりその枝茶は信じられないぐらい高貴ないい香りがしておいしかった。
「どうだい? うまいだろう。これがカシミラの葉ではなく、枝茶の一級品の香りってやつだよ。もちろんこれだけの香りを出すのも、入れるものが、正式な入れ方を熟知してるからこそなんだがね」とケインが言った。
「…俺の記憶を消すって言ったな。そんなこと、できるのか」
「ええ、もちろんよ」
「それで、もし俺の記憶がなくなったら、その後はどうなるんだ」
それに答えたのはケインのほうだった。
「キミは仮定形で話をすることが多いな。もしではなく、そういうことになる。そうしたらキミにはもうここにいてもらう必要はなくなる」
「俺を消すってことか?」と俺はケインをにらんでいった。
「ハセくん、あなた、何か勘違いしているようね。私たちはマフィアとは違うわ。れっきとした企業集団なのよ。なぜ、私たちがあなたを消す必要があって。…バカね」
「わかった。でもどうやってそんなことできるんだ」
「そうだな、記憶がなくなる前に教えてあげてもいいだろう」
すると、彼は胸のポケットからいくつかの錠剤をだした。
「これを飲みさえすればいい。実に簡単なことだろう」
「もし、断ったら…」
「おやおやまた仮定形で話をするんだな」
「でも、実はもうアナタはその薬飲んじゃってるのよ」とケイトが言った。
「なにっ! ってことはこの枝茶に」
「そうよ、味も香りもないから気づかなかったでしょうけれど」
ケイトは微笑して言った。
「ちくしょう。俺をだましたのかっ!」
「それは違うわ。これからアナタは眠るのよ。そして夢を見るわ。そして私とそこでまた出会うのよ。そしてある場所に向かい、そこでアナタは『技』を受けるの。その後夢から覚めたらアナタは、もうここにはいないわ。そして私たちのことも何も覚えていないってわけ」
俺には何のことかさっぱりわからなかった。やがて、ケイトが言っていたように睡魔が襲ってきたためにそのソファに横に倒れ眠りに入っていった。
「では、あとを頼むよ。ケイト」
意識が薄れていく中で、ケインの声が聞こえた。
「はい。会長。あとは手はずどおりに」
「さぁ、ハセくん。私とすてきな旅をしましょうね」
眠りにはいる俺にケイトは上から覗き込みながらそうつぶやいたように感じた。
4話目へつづく…
カシミラの枝茶(※)…原産はインドのカシミール地方…というのは表向きの話。お茶の葉と比べてもカシミラの葉は大きくて硬い。実は遺伝学的にもお茶の木とは種が異なる。また、このお茶は20世紀になってから急に世間に知られるようになってきたために、その起源などは実は本当のところまだ明らかにされてはいない、謎の木である。また、葉を使ったリーフティもあるが、香りが弱いため、ハーブとブレンドしてお茶にすることが多い。しかし、枝のほうはというと、特に新芽が出る直前の枝を折り、燻り乾燥させ、それを急須に入れて飲むととても高貴ないい香りがする。だから育ててから少なくとも3年はたたないと枝茶を作る目的で枝を折ってはいけないと言われている。そのひとつの理由は、枝をいったん折ると桜の木のようにその先に枝を伸ばさなくなる性質をもつからだ。なので枝茶を作る為には現代の農業技術ではたくさんの木を育てなければならない為、たくさんの時間と人件費がかかる。そのため、100gでも100ドルは下らないといわれている。とても高価で謎めいたお茶。一説によるとこの木は太古の時代から存在しているという。またある学者がいうにはこの木は地球外から持ち運ばれたという。さまざまな説があるが現在でもルーツは謎のままである。