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はるかな旅へ -Dreamland-  作者: KAKU
はるかな旅へ -Dreamland-
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S.02 ハセの消息

はるかな旅へ -Dreamland-


   S.02 ハセの消息


 シルビアとヒロシがワインを飲み始めようとするとすぐにマスターKがバーを閉めて帰ってきた。

「おう。やってるね。俺もそれいただこうかな」とマスターKがドアから入るとすぐに二人に声をかけた。テーブルに着くや否やマスターがヒロシたちに訊ねてきた。

「ん? ハセ君はどうしたんだい?」

「それが、さっき車に行ったっきりもう15分ぐらいたつんだけれど戻ってこないのよ」

「そうか…、ちょっとみてこよう」

「あ、俺も行くよ」

「私も行くわ」

 その駐車場はオレンジ色の電灯が一つだけついているだけだった。ヒロシたちは懐中電灯を使いハセの車とその周囲を見回した。

「やっぱり、グロッサリーに行ったんじゃないかしら」

「いや、それならハセは車を使う。でも車はここに置いてある。それに動かした様子もない」

とヒロシがボンネットを触って言った。するとヒロシが足元で何かを見つけた。

「こっちだ、シルビア。ハセはこの方向へ向かったようだ」とまたヒロシが言った。

「どうして?」とシルビアが尋ねた。

「ああ、これだよ。ハセが持ってこようとしたものさ。奴はそれをわざわざ少しずつこぼして跡を残している。それが向うへ続いている」

「なんで、わざわざ、そんなことを…」

「ああ、……おそらくそうするしかなかったのさ。俺たちに知らせるには。そして相手に知られないようにするにも…」

「どういうこと?」とシルビアがヒロシにたずねた。

「バルサミコソースならこれだけ周りが暗ければ、足元を照らさない限り気づかれずにすむ。彼はここで誰かに出会い、その者と同行しなければならなくなったんだろう」

「ハセ君、大丈夫かしら…」

「ハセの今の状況は決してよくはないだろうよ。けれど、彼なら大丈夫どころかとっても冷静に行動しているよ。いや、ちょっとご機嫌斜めかもな」

「どうして、そんなことまでわかるの?」

「それは、このソースのこぼれ方だよ。ほぼ等間隔でこぼれてるだろ。つまり、彼はそれだけ冷静に行動がとれたってことだ。ご機嫌斜めっていうのは、このソースは、旅先で知り合った彼にとって大事な人からのプレゼントなんだ。それをサラダでなくこんな道端で使う羽目になるとはな…。機嫌がいいわけがないだろ。とりあえず、向うに行ってみよう」

 そのソースの跡は駐車場の外にある道路わきのコイン投入タイプの駐車スペースまで続いていた。

「ここで跡が終わっているわ」

「おそらくここから、ハセは車に乗せられたんだと思う」

「でもなぜ中の駐車場のほうが安いのにわざわざ外の高い方を使ったのかしら」

「んーと、シルビア、ここの駐車料金はいくらだい?」

「たしか、1時間で3ドルのはずよ」

「そうか、これで間違いないだろうな。ここなら15分間で1ドル。つまり、30分以内ならこっちの方が安いし、ここなら誰にも見られることもなく車を停められる。中でなら駐車場から出るときにあそこの精算所で人に見られる。おそらくそれも計算のうちのはず。それと、このパーキングメーターはまだ1分と25秒残っている。ハセが部屋を出てからもう20分はすぎた。今が20:23だから車はここに19:55頃にはいただろう。それと、車からここまで、歩いて2 分はかかる。ハセがここから出発したのは20:00から20:20の間だろう」

「ヒロシ、警察に連絡した方がいいんじゃないの?」

「ああ、そうだな。けれど、シルビア、マスターK、警察を呼んだら二人に迷惑かからないかい?」

「ああ」とマスターKが答えた。

「警察がきたらいろいろと調べられる。お店のことなど、いいのかい?本当に呼んでも?」

「な、何を言いたいんだい、ヒロシ…」

そのときのマスターKは焦悴したような表情だった。

「マスターK、いつから店を閉めるのにこんなに時間かかるようになったんだい?本当は誰かに会ってたから、遅くなった。それもやむを得ない理由で」

「ヒロシ、何を根拠で、そんなことを…」とマスターKが尋ねた。

「あのゴードンって奴と話してたんじゃないの?」

「えっ!?そうなのK?」と今度はシルビアが驚いてマスターに聞いた。

「マスターK、ゴードンに何を言われたんだい。よかったら話してくれないか?俺はいつだってマスターたちの味方だよ」

「……」


「マスター、ハセの行方もからんでるんだ。頼むよ」

「ヒロシ、どういうこと?なぜハセの行方とゴードンと関係があるっていうの?それになんで脅されてるって思うの?」

「シルビア、俺はそこまでは言ってなかったよ…」

「あ…」

「十中八九そうだとは思っていたけれど。じゃあ、種あかしといこう」


 「まず、奴はマスターKに『同じものを。』って頼んでいた。奴のテーブルには既に空のショットグラスが2杯置いてあった。それとマスターが奴に出した酒はグラッパだろ。でも、お金を払ったところは俺には見えなかった。次にシルビアが歌いに行こうとしたときに、奴はキミの手を掴んだだろう?でもキミはその手を振りほどこうとはしなかった。あのときは俺の知っている、強気のシルビアとはまるで……別人だった。そして、まもなく奴が席をたったときもやはりテーブルには代金どころかチップさえ置いてなかった。グラッパはイタリアのいい酒だ。いくらマスターが気前良くても3杯も無料で出すのはおかしいだろう?それとも実はけっこう儲かってんだ、ここって!」

「そんなわけ…みればわかるでしょ。ヒロシったら。もう!」

「ワルイ…。さてと、ここからが重要な点なんだ。…実はゴードンは誰かにつけられていたんだと思う」

「なんですって!?」

「どうしてそんなことまで…」と今度はマスターKがヒロシに尋ねた。

「それは、ハセを連れていったものはゴードンじゃないからだよ」

「ヒロシ、省かないでわかるように説明をして」

「O.K.まずゴードンはタクシーか歩いてここまで来たんだろう。もしも車でやってきてすぐ帰る気があるなら、グラッパを3杯も飲むようなことはしないだろうよ。あれのアルコール度数は40度を超えるからね。それに酔っぱらった奴なんかにハセが連れていかれるわけがない」

「なるほど。そうね、ハセ君、力もありそうだし」とシルビアがうなづいた。

「おそらく、ハセがあの駐車場に来たときに、ゴードンを見かけたんだろう。その時にゴードンは何かをしていた。そのことは、ハセを連れていったものにとってはハセに見られたくないことだった。でも、…いや、それどころか、ハセはその内容を知っているんだ。そして、ハセが戻ってそのことを伝えられたら、連れていったものにとってマズイ状況になる。だから、連れていかれた。そして、ゴードンと話していた相手っていうのは、マスターK、あなただろ」

「まいったな…、ヒロシ、そのとおりだよ」

「すべて話してくれませんか?」

「シルビア、いいな」とマスターが言った。

「え、ええ…。わかったわ」

「ひとまず、家に戻ろう。話はそれからにしよう」

「ええ。ヒロシ、ごめんなさい…私たちのことでハセくんにまで」

 シルビアの目から涙が一筋こぼれおちた。


 それから三人は家に戻った。まずはじめにマスターKがリビングルームでヒロシと話した。


 ーー奴が最初にアイリーンズ・バーに来たのは、2年前の秋だったよ。ちょうど今日のように海からの冷たい風が吹く寒い日だった。

「うーなんて寒い日なんだ」と奴はオーバーに身震いをして見せたから、こちらも調子づいてこう言ったよ。

「ああ、こんな日は彼女とネコのようにあったかい毛布にくるまってたいね、暖炉のそばで」ってね。するとヤツは言ったよ。

「それは最高だ。でもあいにくここには彼女も毛布もない。この寒さから逃れるにはどうしたらいい?」

「俺ならそうだな、熱い紅茶にブランデーを垂らして飲むだろうな」と俺は奴にそういった。すると奴は言ったんだ。

「紅茶か!そいつはいいな。マスター、それを作ってもらえないかい?」

「ちょっと時間かかるけれどいいかな?うちの店の紅茶はリーフティーなんでね。そのかわり、香りは抜群さ」といって、 俺は棚からダージリンティーの缶を取り出した。

 俺は最初奴がこの店に入ってきたときに、何か日常とは異なる別の寒々とした世界からやって来た者のように思えたよ。ブランデーティーを差し出すと奴はそれを大事そうに両手で持ち、ゆっくりと飲み始めた。まるでそれを飲むことによって、何かの魔法から自分の身を解こうとしているようにも見えた。

「こんなにも体が温かくなるものを…俺は長いこと忘れていたよ」とそう奴が言ったのを覚えている。

 それからしばらくしてまた奴はやってきた。そのときは閉店直前だった。今度は奴が、

「この間のブランデーティーを一杯もらえないかい?」と言ってきたんだ。それで俺は思い出したんだ。

「これだけ飲んだら帰るよ」と奴は寂しげに笑いながら言ってきた。もう店には俺たち以外に誰もいなかった。それからゴードンと俺はしばらく話し続けたんだ。


 「なんの話をその時したのか覚えてますか?」

「ああ、この店のことさ。俺にとってここは大事な店なんだって…そう奴に話したんだ。」

「それだけ?」とヒロシは尋ねた。

「それとここの借金のことをついうっかり奴に話してしまったんだよ。今思えばあのときからなんだと思うね。すべてがくるいはじめてきたのは…」

「で、借金はどのぐらいになるんですか?」

「$12,000ぐらいだよ」

「それを奴から借りたの?」

「いや、そうじゃないんだ。実はその一週間前に、ここにある女性が訪れたんだよ」

「ある女性って…」とヒロシが聞き返した。

「きれいな人だったよ。真っ赤な上下のスーツが見事に似合っていた。髪は黒髪でなんとなくオリエンタルな雰囲気の顔立ちでね」

「その女性が来てどうしたんです?」

「ああ、商談を持ちかけてきたんだ」


 「あなたの店ははっきりいって、経営状況はかなり厳しいようね。でも心配要らないわ。あなたの店が使っている銀行は我がグループの傘下にあってね、そこで、調べたらここのバーってここら辺でも一番の古い店なんですってね。昨今のオールドタウンの再開発事業の一環として古い伝統のある町並みを壊すことなく残すためにもわが社も少なからず貢献しているの。但し、そのためには少しばかり、経営面でお互い協力し合わなければならないのだけれど、いかがかしら?」とね、その女が言ってきたんだよ。だから俺はその話をより詳しく聞こうとした。

「まず、あなたの店の借金は一度に全て、我々が肩代わりするわ。無利子での分割で少しずつ返していただければいいわ」と言うんだ。けれどもそれには一つだけ条件があった。

「けれども、このままの経営方針では、またいずれ、借金をしなければならなくなるかもしれないわね。この町はこの2,3年、年に0.2%ずつ人口が減少し続けているの。また、働き盛りの年代はもっと減っているわ」

彼女は店のカウンターバーに腰をかけて足組みをしながらまた話を続けていった。

「そんな状況で、この店の売り上げを伸ばすにはこのままでいいとあなただって思わないでしょう?」


 もちろんそんなことはわかっていたさ。でも俺にはこのバーを守っていく必要があった。だから、彼女のその話に乗ることにしたんだよ。

「彼女の話っていうのはどんな…」とヒロシが尋ねた。


 「つまりね、ここで、このサプリメントを売ってくれないかしら」というと彼女はこのビンを俺に手渡したんだ。

「売り上げの20%はあなたのものよ。これはね、誰にでも売るわけではないの。ここにリストがあるわ。皆信用のおける人たちよ。彼らはいつも月に決まってまとめ買いをしてくれるから、商品は確実に売り切れるわ」

というんだ。


 「いわゆる会員販売ってやつか…」とヒロシが言った。

「でもなぜ、自分たちで売ろうとしないんだ」

「彼らが買って、さらにそれぞれが5人ずつ、下の会員に売るらしいんだ」

「ネットワークビジネスか…」

「ああ。そんなもんだろう。とにかくそれによって、確実に売り上げが上がった。それによって、徐々に借金もなくなろうとしている。だから、彼女のその商談はとてもありがたかったんだよ」

「そうだったのか…」

「ところが、店が順調になってきた頃から、あのゴードンが前よりも頻繁に来るようになった。そして近頃では、シルビアにも個人的に接触するようになってきたんだよ」

「まさか、彼女はゴードンと…」

「ああ…、シルビアは彼と付き合っているようだよ」

「だって、嫌がっていたじゃないか!」とヒロシはやや声高に言った。

「ああ、たしかに嫌がっている。でも、実際にシルビアは時々彼から電話で呼び出されては会いに行っている。なぜだか分からないが、決して断ってはいない」

「……」それに対してヒロシは何も言わなかった。

「なぜなんだろうな…。ゴードンは、最初は気のよさそうな人だったんだがな…」

マスターはそういうと立ち上がり、リビングの奥の小さなキッチンの壁の戸棚から小さな小瓶をとりだした。

「もしかしたら、全てはこのカプセル錠が原因なのかもしれないな…」

マスターはイスに倒れるかのように座り、左手でそれをヒロシの前に差し出した。

「あの頃は、精神的にもかなりまいっていたときだったんだ。わしにはこれが必要だった。ところで、これが何の薬かわかるかい?」

「こ、これは…」


   3話目につづく

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