S.17 事故の翌朝…
S.17 事故の翌朝…
翌朝、つまり今朝はさすがに遅くにおきることになってしまった。
ドンドンとドアをたたく音で俺は目が覚めた。
「誰だい?」
俺はたずねた。
「ヒロシのあにぃ、リョウだよ。おはよー。もう、起きようよ。天気もすごーくいいよ」
ドアの外で元気な声でリョウが言った。
「ねえ、ここ開けてよ」
「了解」
俺がドアを開けると、目の前にリョウがいた。
「おはよー。ヒロシ。もう体は大丈夫? 夕べあれからハセには気づかれなかった?」
リョウが俺の耳元でささやいた。
「ああ、ヤツなら夕べはかなり酔っていたみたいだからな」
俺も小声で話した。
「そう。良かったー」
「良くない。俺を飛ばしただろ?」
「…ごめん」
「なんで、俺じゃなくて、ハセを飛ばさなかったんだ」
「一瞬のことだったからだよ。あの距離のものだと、正確さがかけるんだよ。どこに飛ばしちゃうか…または飛ばせなかったかもしれなかったから…」
「で、リョウと俺の距離なら確実に、俺を飛ばせる自信があったっていうわけだ」
「うん。それにさ、ヒロシなら万が一、車にぶつかっても、…死なないから」
「…まあ、な。けれど、すっげー痛かったぞ!」
「…ごめんなさい」
「…ま、いいさ。俺はこのとおりピンピンしてるからもう気にすんな。リョウ」
「ほんとに?」
「ああ、大丈夫さ、見てみろよ。かすり傷ひとつついてないだろ。な」
「ほんとだ、やっぱりヒロシの体ってすごいんだ~。ところで、ハセは?」
「あいかわらず、いつもと変わりなく…さ」
「まだ寝てるんだ。あいかわらずねぼすけだよね」
「ああ」
すると、リョウが俺たちの部屋の中に入ってきた。
4人のときはいつもそうだが、ハセと俺で一部屋、リョウはクルミと一緒の部屋に泊まる。男の大人にはない、13才の特権ってやつだ。クルミがいないときはジャンケンで負けたものが、簡易ベッドかソファに寝る。
リョウが部屋に入るとカーテンを見つめた。するとカーテンはさーっとひとりでに両側に開いた。
「ううっ…まぶしい、誰だよ、ヒロシか、頼むからもう少しねかせてくれー」
ベッドの中でハセが呻いた。
「おいらだよー。もう朝だよー。起きようよー。朝食食べに行こうよー」とリョウはハセのベッドの上に乗っかって、飛び跳ねながら言った。
「俺は今はパス。ヒロシ、リョウと一緒に行ってくれないか?」
ハセはそう言うとシーツを頭にかぶせてしまった。
「ところで、クルミは、昨夜のことは?」
俺がリョウにたずねると、
「クルミちゃんなら、あの後、すぐにシャワーを使いだしたから、たぶん事故のことには気づいてないはずだよ」
「リョウ、お前、クルミのシャワー中に覗いたりなんかしてないだろうな」
と冗談でたずねると、
「何で覗かなきゃならないのさ? それにさあのあとすぐにクルミちゃんが一緒に体洗いっこしましょうって呼んでくれたんだ。だから覗く時間なんてないもんね」
「ってことはなにか、俺を車の正面に飛ばして轢き殺させておいて…リョウお前は、その直後にあのナイス・バディーなクルミと一緒にシャワー使ったって言うのか!?」
「うん」
「くーっ。リョウお前ってやつはー、ちょっとこっちにこい! その時のこと詳しく教えろ!」
「やだよーっ!」
とリョウ。
「チップやるぞ」
「ほんと? いくら?」
「50セントだ」
「チッチッチッ、おにいさん、そんなはした金では、売れませんねー。あの子はうちのナンバーワンですからねぇ」
「あのな、リョウ、お前…一体どこでそんな言葉覚えたんだ」
俺はあきれて言うと、
「ポートランドのダウンタウンでさ。よく暗くなってから、バーの付近とかの道端で大人たちがそう話してるの聞いたことがあるよ」
「いいか、よくきけよ。間違っても絶対にクルミの前ではそんなセリフ、口が裂けても言うなよ」
「なんでさ?」
「二度と一緒にシャワー入れてもらえなくてもいいのか」
「やだーっ! 決してクルミちゃんの前では言わないよ。おいら誓うよ」
「ったく…。ところで、今何時だい、リョウ」
「もう8時だよ」
「まだ、8時かよ…。リョウ、あと1時間寝かせてくれないか」
と言うと、
「えーっ!?おいらもうお腹ペコペコだよ」
「クルミはまだ寝てるのか?」
と聞くと、
「ううん、ちょっと人に会いに行くからって。次の町でまた会おうって言ってもう出発したよ。アッ! それでこれをヒロシに渡すように頼まれたんだっけ」
そういうとリョウは着古したジーンズのポケットからこのモーテル名が書かれた1枚のメモを差し出してきた。
グッモーニン、ガイズ。
この先のサンタクルーズの町でちょっと人に会うので、お先に出るわね。
私の部屋のチェックアウトよろしく。
特に私は何も使ってないわ。
今日の泊まる場所は、フォッグストンだったわよね?
もし会えたら、桟橋で夕方の6時にまた会いましょう。
それと決して私の後は追わないでね。
それじゃあ、またあとで。
クルミ
「なるほどね」
さすがクルミだ。昨夜はあんなに酔っていたはずなのに…。
「ね、だから、一緒に朝食に行こうよ。遅くなるとおいしいものなくなっちゃうよ」
リョウがせかす。
「リョウ、もう一人でも食べにいけるだろ。悪いけれど9時まで、寝かせてくれないか。特にハセはドライバーだからさ。十分な休養が必要なんだよ」
と俺が言うと、
「チェッ、わかった。そうする。先に行って、みんなたいらげちゃうもんね~」
するとリョウはレセプションのある建物へと向かっていった。
その後、俺は一眠りした。
そして目が覚めると、時計はすでに10時を回っていた。急いでハセを起こし、レセプションに向かう途中の駐車場のハセの車の前にはリョウがいた。その後、そのモーテルの無料のコンチネンタルの朝食が用意してあるレセプションにリョウも連れて向かったが、ときすでに遅し、すでに朝食の時間は終わっていた。けれどそこのモーテルの気のいいインド人のマネージャーの奥さんが、俺たちを気の毒に思ったのか、真っ赤なリンゴと一緒に、入れたてのコーヒーをテイクアウトようにふたをして渡してくれた。朝食をしっかりと食べてきたリョウもちゃっかりもらえた。
「よかったね」
とリョウ。
「ああ。こういうリーズナブルなモーテルにはけっこう今みたく親切な経営者が意外と多いんだ」
と俺が二人に話すと
「それと、ハイ、これも」
するとリョウはジャケットの大きなポケットの両側から、チョコチップマフィンを出してくれた。
「さすが、それでこそ、わが弟子ルーク、フォースの良き導きのあらんことを」とハセがおだてていった。
そして、俺たちは部屋からそれぞれの荷物を車に運び込んだ。
「リョウ、これからハセとチェック・アウトしにレセプションに行くから、いつもみたく2つの部屋のチェックしておいてくれないか?」
「O.K.」とリョウが言って部屋に戻っていった。
俺とハセはその後すぐに先ほどのレセプションへ部屋のキーカードを返しに行った。すると、
「今日はこれからどちらへ向かうの?」と先ほどのインド人の奥さんが話しかけてきた。
「南のフォッグストンへ行くんだ」とハセが答えた。
「それなら今日みたいに天気がいい日だったらルート1を通るといいわよ。あの道はとってもシーニックなドライブ・ルートだから。わたしの大好きな南に向かうルートなのよ」と教えてくれた。
それから、俺たちは車に乗り込むと、エンジンをかけた。いつものようにハセの横に俺が座り、リョウは後部座席に。そして、俺たちは、いよいよこのフィッシャーマンズ・ワーフ近くの3階建ての格安のモーテルから出発した。サンタクルーズに行くにはいろいろなルートがあったが、あの奥さんが言ったルート1を通ることにした。サンフランシスコは急な坂道が多かったので、それを避けて進むため、一度ゴールデンゲート近くまで行き、そこからルート1に入り、南下していった。
車のステレオスピーカーからは、かろやかな夏にふさわしいナンバーがさっきから続いて流れていた。しかし、今日はまだ気温は15度を下回っていた。片道1車線の道路の右脇には、時々忘れた頃に、この道のナンバー「1」という標識が近づいたかと思うとさーっと通り過ぎていく。この道の右にはコバルト・ブルーの海がはるか前方まで続いていた。この海には寒流が流れているため、夏でも昨日のように時折気温は10度まで下がるときがある。だから、このエリアの町のお土産やでは一年中フリースやパーカーなどが売っていたりする。また、このエリアは海産物も豊富で、大きな頭のあるダンジネス・クラブというワタリガニの仲間がよく獲れる。また、長さが数メートルにもなる、巨大な海草がこの周辺の断崖絶壁の海中に生えていて、それを食べるウニがいるおかげでそれを好物とするラッコがときどき海面から顔を出していた。そんな姿が、カーブ続きのこの道を走るドライバーの目をしばし癒してくれる。しかしこの道を走る者達は皆ゆっくりとドライブするのが好きな者達ばかりのようで、なんとなくお互い気が知れて、ときたま休憩に立ち寄るカフェやショップでは皆、初対面なのに気軽に挨拶をしてくる。なかにはこの先の情報を教えてくれる旅行者らしいものたちもいた。このベイエリアと呼ばれる地域に入ってから、だんだんと親切な人たちが多くなってきたような気がする。
今日は午後の6時にフォッグストンの桟橋でクルミと会うだけだったので、時間はたっぷりあった。
「ヒロシ、昨日、町のガイドブックに書いてあったんだけれど、サンタクルーズの森の中に『ミステリースポット』っていう変わったところがあるんだってさ。知ってるかい?」
ハセが俺に聞いてきた。
「ああ、あそこか…懐かしいな。ちょっと変わったところなんだ。なんなら寄ってみるかい?」
と俺が言うと、
「ほんと? ヤッター」
とハセとリョウがハモって言った。
12話目につづく…