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敵意

500mlのミネラルウォーターを飲むと、さわやかな気分になった。




トーストと少しのフルーツと牛乳を胃にかき込み、歯を磨き、髪を整え、早々と家を出る。




いつもの道のりを辿って学校に到着。




職員室に入ると、なんだかイヤな気分になった。




他の先生達もいつもと同じだし、周りの風景もいつもとなんら変わりはない。




ただ…




なんとなく空気というかオーラというか、そういうものに違和感を感じた。




あたしのシックスセンス?




「おはようございます」




先生たちが声をかけてくれる。



これもいつも通り。




「おはようございます」




あたしも挨拶を返す。




やっぱりおかしい事なんてない。




あたしの勘違いだったのかな…



そう思い直した時に、突然異臭が鼻をついた。




自分の机に近づいていくにつれて臭いがキツくなってくる。




何?




何なの?




あたしは鼻と口を自分の左手で押さえて、恐る恐る引き出しを開けてみた。




「うっ」




そこには信じられない物体があった。





うさぎの死骸。





おそらく、この学校で飼育されていたうさぎだろう。




「カヅキ?どうした?」




高校時代からの友達で、体育教師の徳沢アラタが言った。




奇跡的に同じ学校に配属されたすごく信頼出来るやつ。




「引き出し…うさぎ…」




それしか言えなかった。




「引き出し?うさぎ?」




意味わかんねぇ、とでも言いたそうな表情であたしの机の引き出しの中をのぞき込んだ。



「なんだ、コレ……」




アラタも少しショックを受けているようだ。




それでも倒れそうなあたしの体を支え、気遣ってくれている。



「お前、授業出来るか?」



「大丈夫…」



「大丈夫そうじゃないよ。とりあえず1限目は保健室で休んでな。コイツは俺がなんとかしとくからさ」



「わかった。ありがと…」




アラタはあたしの体を軽々と抱き上げ、そのまま小走りで保健室まで運んでくれた。



1限目終了のチャイムで目が覚めた。




この1時間爆睡していたようだ。




まだイマイチ起ききっていない頭でボーっとしていると、保健室のドアが開く音がした。




「カヅキちゃん、大丈夫?具合悪いって聞いたよ」




連城ツバキだ。




泣きそうな顔をしている。




すごく心配してくれているみたい。




「風邪?」




ツバキの隣には狭間コウスケもいる。




「ちょっと気分悪くなっただけだから、もう大丈夫。次のあなたたちの授業には出るから」




あたしがベッドから起き上がろうとすると、コウスケがあたしの頭を枕に抑えつけた。



「何?」



「無理すんなよ。まだ顔色も悪いし、まだ寝てな」



「いやよ。こんな事で負けない」



「何と戦ってんだよ。いいから寝てなって。言うこと聞かないと泣かすよ」



「あたし、子供じゃないんだけど」



「たいして変わんないだろ」



「立派な大人よ。授業行くんだから離して!」



「そうやってすぐムキになるから子供だって言ってんだよ」



「ムカつく」




あたしたちの会話を横で聞いているツバキは、1人でケラケラ笑っている。




「なんか、カヅキちゃんのイメージ変わった。もっとクールな人だと思ってたけど、意外にかわいいんだね」




かわいいなんて言われたのはいつぶりだろうか。






覚えてねぇや。



「なぁ、ツバキ。ちょっと先生と2人にしてくれない?話したい事あってさ」




コウスケがそう言うと、ツバキは一瞬険しい表情になって、それからまた笑顔になった。




「わかった。でももうすぐ次の授業始まるから急いでね」



「あぁ」




ツバキは、あたしに『お大事に』と一声掛け、保健室から出て行った。



「話って?」




コウスケはなんとも言えない表情であたしをジッと見つめた。



「先生さ、ガキの頃どんなだった?」




意図の窺えないこの質問にどう答えるべきか。




でも、ウソをつく必要性も感じないので正直に答える事にした。




「悪ガキ」




単刀直入に言うとそういう事なのだが、今こうして改めて自覚すると吐き気がする。




あの頃は本当にバカだったな。



「本当?」




コウスケの反応に必死さを感じた。




あたしが悪ガキだったってだいたいわかってたんじゃないの?



「本当だけど、それがどうしたの?」



「まだそっちからは質問しないで。とりあえず、俺の質問に答えてほしい」




一体なんだっていうの?




だけど、ちゃんと話を聞いてやるべきだろうと思った。



「わかった。なんでも答えるよ」




コウスケは安心したように数回頷いた。




「やっぱ悪い事した?」



「そりゃぁまぁ、それなりに」



あたし昔何やったっけ?




いろいろやらかしすぎて思い出せない。




「例えば?」



「今それ考えてたんだよね。



あぁ…



センセイ殴り倒して逃げた事もあるし、テレビ万引きしたり、あとは言えない事も多々」




自分で言って恥ずかしくなった。




あたしは何をしていたんだ…




救えないバカだな…




「じゃぁ、薬も?」




コウスケが何を言いたいのかがやっとわかってきた。




兄貴の事を相談したいのだろう。




「やってないって言ったら、ウソになるかもしれない」




隠そうと思えば隠せた過去の話をコウスケにしてしまったのはなぜだろう……



「だったら、ジャンキーを助ける方法知ってる?」




ジャンキーを助ける方法?




そんな方法はないに等しい。




ある一つの方法を除けば。




「あるとすれば、本人の意志の強さよ。



でも、意志が強いなら、最初から薬に負けたりしない。



薬なんかに頼ったりしないで、自分の力だけで生きていけるはずだもの。



ただ…」



「ただ?」




コウスケはあたしに少し顔を近づけた。




「周りの人間がどれだけその人を想っているかで、生きるか死ぬか決まる事もある。



もちろん、ジャンキー本人にも強い思いがないとダメだけど」


「そういう経験があるの?」



コウスケのその質問には、言葉の代わりに苦笑を向けた。「だったら、ジャンキーを助ける方法知ってる?」




ジャンキーを助ける方法?




そんな方法はないに等しい。




ある一つの方法を除けば。




「あるとすれば、本人の意志の強さよ。



でも、意志が強いなら、最初から薬に負けたりしない。



薬なんかに頼ったりしないで、自分の力だけで生きていけるはずだもの。



ただ…」



「ただ?」




コウスケはあたしに少し顔を近づけた。




「周りの人間がどれだけその人を想っているかで、生きるか死ぬか決まる事もある。



もちろん、ジャンキー本人にも強い思いがないとダメだけど」


「そういう経験があるの?」



コウスケのその質問には、言葉の代わりに苦笑を向けた。



「そろそろこっちからも質問していい?」




あたしの真剣な表情を見ると、コウスケは黙って頷いた。




「お兄さんを、助けたいのよね?」



「兄貴、もう本当にヤバいと思う。だから、どうにかして助けてやりたい」




ジャンキーを救う事は、救う側にとってもほとんど命がけになる。




生半可な精神力では出来ないのだ。




コウスケにはそれに耐える覚悟はあるのだろうか。




「最後までやれる?



もし途中で投げ出したら、お兄さん今まで以上にダメになってしまうかもしれない。



それに、あなたも辛いよ」



「わかってる。



それでも助けたいんだ。



薬に負けるような最低なやつだけど…



でも俺の兄貴だから。



家族だから」




コウスケがそう答えた時、授業開始のチャイムが校舎中に鳴り響いた。



「次の授業に出る気、ある?」



あるわけないとわかりつつ、念の為質問してみた。




「ない」



「だろうね。あたしも次の授業ブチるから」



「教師がそんな事言ったらマズいだろ」




まだ何の解決法もみつかっていないのに、コウスケの表情は少し明るくなった。




1人で抱え込んでいたものを他人に打ち明ける事で、少しは荷が軽くなったのだろう。




この子は、昔のあたしに本当によく似ている。




だからあたしはこの子をどうしても放っておけないんだ。




それ以外の感情はない。




…はず。




「いいから、いいから。それより、場所変えようか。保健の先生いつ戻ってくるかわかんないからさ」



「あんたはここにいないとマズいんじゃない?」



「まぁ、なんとかなるでしょ」



そう言ったあとに、アラタの顔が頭に浮かんだ。




きっとあいつがなんとかしてくれる。



あたし達が移動してきた場所はやっぱり、立ち入り禁止の屋上だった。




ここが一番落ち着く。




「じゃあ、話して」




コウスケは小さく頷いた。




「兄貴が薬をやってるって気づいたのは、俺が中学から高校に上がる頃だったと思う。



その頃はまだ正常に近い状態だったんだ。



俺に対しても優しかったし、ちゃんと仕事もしてた」



「何の仕事してたの?」



「ホスト」



「へぇ。じゃぁお兄さん、かっこいいんだ」




あたしがそう言うと、コウスケの緑色の瞳が輝いた。




「うん。



兄貴はかっこよくて、気が利いて、優しくて、すごくマメで、店でもすごい人気だったらしい。



俺の憧れなんだ」




コウスケは自慢げにお兄さんの話をした。




自分の身内をこれだけ誉められるのはすごいと思う。「だったら、どうして薬なんかに手を出したんだろうね」



「ホストになるずっと前からやってたんだと思う。



薬を買う金を稼ぐ為にホストになったんじゃないかな。



俺が気付く何年も前からやってたのかもしれない。



もっと早く気付いてれば…」




あたしはコウスケの頭を後ろからはたいた。




「今お前が自分の事責めたって状況は変わんねぇんだから、後ろ向きになるな」




コウスケは驚いた顔であたしを見ている。




もういい。




仮の姿は疲れた。




「あんたの前ではセンセイの顔してらんない。あたしはもともとこんなんだから」




これからはコウスケと腹を割って付き合っていこうと思った。



こんな大きな問題、『センセイ』では無理だ。




「その方がいい」




コウスケはすんなりと『あたし』を受け入れた。



「でさ、あんたお兄さんの為になんかした?」




「薬取り上げて便所に流した事もあるんだけど、まだいっぱいもってるし、俺の事殴るしでさ…



それでも何回か繰り返してみたけど、いくらでも新しいのが手に入るんだよ」




「薬ってそういうもんなんだよ。



こっちが必死でやめさせようとしても、向こうも負けないくらい必死だから。



死ぬ気になんなきゃ止められない」




「わかってる。それぐらいの覚悟はもう出来てるから」




コウスケの顔からは本物の覚悟を感じ取ることが出来た。




間違いなく本気だ。




だったらあたしも本気で協力しようじゃねぇか。




あたしは…




もう誰も薬の犠牲になってほしくない…




あたしはコウスケの答えに大きくうなずき、次の質問に移った。




「お兄さんの名前は?」




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