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理解

「お前はクズだな。ゴミだな。サル以下だな」




中年の男が制服姿の少女に暴言を吐いている。




男の手は、少女の首根っこをつかんだままだ。




「なんであんたにそこまで言われなきゃなんないのかわかんないんだけど。あんた、何様?」



少女も負けずに暴言を吐いている。




「その態度は何なんだ?!お前、自分がやった事全く反省してないようだな。わかってるのか?!お前は校則以前に法律を無視してるんだぞ!」




男の言葉を聞いて、少女はキレた。




「お前耳付いてねぇのかよ!やってねぇってさっきから何回言ったと思ってんだ!お前の脳みそはミジンコ以下か!」




そう言いながら少女は自分のこめかみの辺りを人差し指でコツコツたたいた。




「お前!いいかげんにしろ!!」




男は少女の頬を目掛けて、勢いよく拳を振り上げた。



その拳を見た少女は怖じ気づくどころか、ニヤリと笑った。




少女のその表情を見た男の方が怖じ気づいたくらいだ。




「さっさと殴れよ。どうせ出来ねぇんだろ?自分の立場が大事だもんなぁ、尾田センセ?」




尾田の額には血管が浮き出ている。




破裂寸前のようだ。




理性を失いかけている尾田は、再び拳を振りかざした。




それでも少女は平然としている。




まるで、殴られるのを待っているかのように。



「何をやってるんですか?」




尾田とは別の声だ。




その声の主は、尾田が振り上げた手の手首をしっかりつかんでいる。




背は尾田より頭一個分くらい高く、尾田にしてみればとてつもない圧迫感があるに違いない。



「南條…」




少女は眉間にしわを寄せ、そうつぶやいた。




「尾田先生。この子に何をしようとしてたんですか?」



「い、いやぁ…別に何も…」




尾田の額には血管のかわりに大量の汗が噴き出している。




「だったら、僕が今つかんでるこの手はなんなんでしょうね」


「た、ただのびをしていただけですよ!」




尾田は南條の手を振り払い、走り去っていった。








「あんなに言い訳が下手な奴見たことねぇよ」




南條は尾田の背中を見送りながらそう言うと、すぐに少女の方に向き直った。



「で?お前、今度は何やらかした?」




少女は小さく舌打ちをした。




「なんもやってねぇよ」




南條は少女の頭を鷲掴みにし、ワサワサと揺らし始めた。




「だったらあのおっさん、なんであんな怒ってたんだよ?」



「あいつが勝手に勘違いしてるだけ。っつうか、頭離せ。酔う」




南條は少女の頭から手を離し、今度は少女の目を覗き込んだ。



「勘違いって?」




少女は南條から目を離し、そっぽを向いた。




「お前がその気なら、今日も俺の部屋決定な」



「はぁ?またかよ?!お前の部屋きたねぇからやなんだよ」



「じゃぁお前が掃除しろよ」



「絶対やだ。あんた、女いないの?」



「いたらお前なんか部屋に入れねぇよ」



「今のムカついたから今日行かねぇ」



「お前、来なかったら…」



「なんだよ?」



「教科書隠すぞ」



「お前はガキかよ」



「まっ、とにかく来いよ」




少女はふてくされた表情にはなっているが、心底拒んでいるようには見えなかった。



南條の自宅。




マンション自体はいい物件なんだろうけど、もうなんと言うか、台無しだ。




カップラーメンのカップやビールの空き缶が転がっていたり、使った食器がそのままシンクに置いてあったり、脱いだ服が散らばっていたりでもう大惨事である。




「片づけろよ」




少女は周りを見回しながら言った。




「お前がやれよ」




自分で片づける気はこれっぽっちもないようだ。




しばらくすると、南條が大きめのマグカップを2つもって少女の隣に腰をおろした。




「飲め」




そのうちの1つを少女に差し出すと、南條は少女に優しい笑顔を向けた。




「何があったんだ?」



南條の問いを無視し、少女はカップに入ったコーヒーを少し飲んだ。




「甘い」




「話はぐらかすんじゃねぇよ。お前、尾田に殴られそうになってただろ?まぁ、俺にはお前がふっかけたように見えたけどな」




少女は、持っていたマグカップをテーブルの上にそっとおくと、口を開いた。




「昨日の夜、駅前のカラオケで乱闘騒ぎがあったんだって。


だから尾田は、それを先陣きってやったのがあたしだって勝手に決めつけてんだよ。


あたしは関係ないって言っても全く信じなかった…」




南條は真剣な表情で少女の話を聞いていた。




「お前の普段の行いが悪いから、いざって時に疑われるんだ」



そう言った南條を、少女はものすごい眼力で睨んだ。



「なんてくだらない事、俺は言わねえよ。



生徒の行いや態度が普段どんなに悪くても、信じ続けるのが教師の役目だと思うんだけどなぁ。



なんで他の教師はそれがわかんねぇんだろうな」




少女はホッとしたようだ。




やはり南條は他の教師とは違う。




少女はほんのわずかに微笑むと、またカップを手に取った。




「でもさ、教師なんてそんなもんなんじゃねぇの?お前が変なんだよ」



「ガキにそんな風に思われてんなら教師なんて意味ねぇな。



でもな、お前らも変わってくんなきゃ俺らも変われねぇよ。



最初から諦めたような目で見てるから、教師もお前らの事信じられなくなってんじゃねぇかな」




南條は悲しい目で少女を見た。



「あたしらはさ、教師だから信じてないって訳じゃないんだよ。



大人は誰も信じない。



両親だって一緒」




少女は、悲しそうでもなく怒っているようでもなく、ただ無表情でそう言った。




「だったら、まず俺を信じてみないか?



俺、お前の為ならなんでもする。



ウソはつかない。



だからさ、何かにムカついた時とか悪い事したくなった時とか俺んとこ来いよ。



いつでも話聞いてやる。



お前の味方になってやるから。



お前はさ、大人たちに信じてもらえないのが悔しくて、自分をもっとちゃんと見てほしくて、だから大人に反抗してるんだよな?



本当はかまってほしいんだよな?



心開いてちゃんと話したいんだよな?



俺は知ってるよ。



お前が本当はすげぇいい子だって事。お父さんの事もお母さんの事も大好きだって事。



いっぱい友達がほしいって事。



勉強だってやれば出来るって事。素直になりたいって事」













少女は泣いていた。




ポロポロと滴り落ちる涙の粒は、少女がこれまでずっと閉じていた心の扉の破片なのかもしれない。


「あたしの事…



いままで誰もわかってくれなかったのに…



なんで?」




南條は号泣している少女をフワリと抱くと、背中をさすりながらこう言った。




「今のお前が、昔の俺に似てるんだよ。



だから今お前が何を考えてるのかとか、どうしてほしいかとかすぐわかる。



でもな、他の大人たちにはお前の口からちゃんと言わないと伝わらない。



全部自分で言わないと。



助けてほしい時は助けてほしいって素直に言ってみな。



絶対に助けてくれる。



お前を大事に思ってる人はお前が気付いてないだけで、たくさんいるんだから。



俺も含めてな」




少女は声を上げて泣き始めた。




今まで我慢してきたものを全て吐き出すように。




南條はそれ以上は何も言わず、泣きじゃくる少女の背中をさすり続けた。




しばらくして、落ち着きを取り戻した少女が小さな小さな声で言った。










「素直に…なりたい」











「そうか。



だったら友達を作ってみようか。



毎日1分でもいいから学校に来い。



そうすればきっと、自然に話が出来るようになるよ。



一緒にがんばろうな」





少女は南條の腕の中で小さくうなずいた。




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