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宝物

「調子どう?」





病室のドアを開けながら、中にいるコウスケに声をかけた。





「うん、いい感じ」





コウスケの容態はすっかり良くなっていた。




退院はまだもう少し先になるという事だが、こうして見舞いに来るのも悪くない気分だ。




「そう。よかった」




あたしは持参したプリンにスプーンをそえてコウスケに渡した。




コウスケとプリンの2ショットは似合わない気がしておかしかった。




「なぁ」




コウスケがスプーンをくわえたままあたしを呼んだ。




「ん?」




コウスケはじっとあたしを見ている。




コウスケの緑色の瞳にまた吸い込まれそうになった。




この瞳の色が生まれつきだというから驚きだ。




「やっぱ何でもない」



「はぁ?ちょっと何?気持ち悪い」



「ホント、何でもないから」



「そんなわけねぇだろ!早く言え」




コウスケの胸ぐらを鷲掴みにして揺さぶった。




「俺、けが人なんだけど」



「うるさい」



「うるさいって…」




あたしたちはここが大部屋だという事を忘れてじゃれあった。



「あんたたち、ホントうるさいから」




病室に入ってきたユウリに注意されて、2人でしょんぼりした。




ごめんなさい。




「コウスケ、調子良さそうだね」




制服を着ていないユウリは少し大人っぽく見える。




「あぁ。おかげさまで」




寝間着姿のコウスケは逆に少し幼く見える。




「あ、プリン。あたしも食べていい?」



「いいよ。ユウリの分も買ってきたから」



「やった。ありがと」




あたしたちのやり取りをコウスケは嬉しそうに見ている。




「お前ら、何で急に仲良くなったんだよ」




そんな質問をしながらも、答えを求めている風ではなかった。




あたしたちは何も言わずにコウスケに笑いかけた。




コウスケはそれでも満足そうな顔をしている。



シャワーの音に、携帯の着信メロディーが紛れ込んできた。





何でまたこのタイミングなんだよ。




めんどくせぇ。





画面表示を確認すると、ユウリの名前だった。




「もしもーし」




ユウリから電話なんてめったにないので、単純に嬉しかった。












「……んだ」













電波が悪い。




「え?何?」


















「コウスケが死んだ」















電波じゃなくてあたしの耳が悪いようだ。




「何?」



「もう一度聞きたいの?」








今度は本当に耳が聞こえなくなった。




指の力が抜けて、携帯を床に落としたのに、何の音も聞こえない。


何も考えられない。












ユウリは今何を言った?




えーっと…















―コウスケが死んだ―





















ウソだ。




だってコウスケは生き返ったんだから。










じゃぁ、誰が死んだの?












あり得ない。




コウスケが死ぬなんてあり得ない。








だって…






ついこの間プリン食べながら笑ってた。




幸せそうな顔で笑ってた。









あー、そうか。




ユウリがヘタな冗談を言ったんだ。




おもしろくないし。



















そこであたしの脳は活動を休止した。



気がつくと、あたしは自分のベッドで横になっていた。




部屋の中を見渡すと、ユウリがいた。




ハルもヤマトもいる。




「あれ?どうしたの?




ユウリに言った。




「気がついたんだね。よかった」




ユウリはホッとため息をついた。




「あたし、倒れたの?」




今まで倒れた事なんて一度もなかった。




なんだか不思議な気分だ。




ユウリはあたしが寝ているベッドに腰かけた。




「あたしたちがこの部屋に来た時、先生、ドア開けてくれたのと同時に倒れたんだよ。覚えてない?」




ぼんやりとその時の光景が蘇ってきた。




あたし、なんで倒れたんだろう。




「ユウリ」



「ん?」



「さっきの冗談笑えない」



「冗談?」




ユウリは自分が言った事を覚えていないようだ。




あ、もしかして。




覚えてないんじゃなくて、あれはあたしの夢だったのかもしれない。



「ごめん。今の気にしないで。夢の話だから」




ユウリは悲しそうな目をあたしに向けた。




「冗談でもないし、夢でもないよ。コウスケは死んだの」




ユウリの言っている事の意味がわからない。




今もまだ夢の中にいるのかな。




「だから、それはもういいから」




あたしはユウリに笑いかけたが、ユウリは悲しい表情のまま笑ってはくれなかった。




「あたしは…もう先生にウソついたりしないよ」




ユウリは泣きながらあたしを抱きしめた。




でもあたしは泣けなかった。




「コウスケに会いに行こうね」




ユウリはあたしの頭をなでながら、我が子を諭す母親のように言った。




あたしは、まだよくわらかないまま小さくうなずいた。



マンションの外に出ると、アラタがいた。




アラタの隣には車が止まっている。




ハルかヤマトが呼んだのだろう。




アラタは何も言わずに後部座席のドアを開けてくれた。




あたしは、ユウリに体を支えられながらゆっくりとアラタの車に乗り込んだ。




走行中、口を開く者はいなかった。




ユウリはずっと、あたしの手を握ってくれていた。




着いた場所は、コウスケが入院していた病院。





今はここにコウスケが眠っているらしい。



看護士に案内してもらい、霊安室にきた。




冷たい鉄のドアを押し開けると、部屋の真ん中にコウスケはいた。




顔には白い布がかぶさっている。




「顔、見てあげようか」




ユウリはコウスケの顔にかぶせてある白い布を取り去った。




あらわれたのは本当に眠っているようなキレイな顔だった。




コウスケの頬に触れると、ひんやりと冷たい。
















コウスケのキレイな緑色の目はもうあたしを映してくれない。










コウスケの制服の甘い香りはもう感じられない。









コウスケはもうあたしに笑いかけてくれない。











コウスケは…
















もう二度と動かない。











ユウリが泣いてる。




ハルが泣いてる。




ヤマトが泣いてる。




アラタが泣いてる。











だけどあたしは泣けない。








少しも涙が出て来ない。





















ただ、空を見たくなった。



コウスケの遺影はとてもいい物だった。




すごく幸せそうに笑っている。




いつ撮った写真なんだろう。




こんな顔をしているコウスケの隣にいたかった。




「いい顔だね」




制服を着たユウリが言った。




「そうだね」




あたしは微笑んで言った。




コウスケが死んだと聞いた時から、あたしはまだ一度も泣けないでいた。




「藤嶺さん…」




黒いスーツを着た男があたしを呼んだ。




コウスケの手術をした医者だ。




「何ですか?」



「本当に…申し訳ありませんでした!!」




医者はいきなりあたしの足元で土下座をした。




「そんな事されても困ります」




コウスケに両親はいない。




だからこの医者は誰に謝ればいいのかわからなかったのだろう。




コウスケが死んだ原因は、頭の中に出来ていた小さな傷だった。




あたしは医者じゃないからしっかりとは理解できていないが、とにかくこの医者がコウスケのその傷を見逃した。




内臓の治療は完璧だったが、頭の傷はわからなかったとの事だ。




わからないなんて事はあり得ない。




しっかり検査していればわかったはずなのに…



「でも、謝らせて下さい!!」



「帰ってください」




医者を責めてもコウスケは戻ってこない。




もう元通りにはならない。




だけど、この医者に対して怒りを感じなかった。




コウスケが死んだのは確実にこの医者のせいだし、最善をつくしてくれたのだから仕方がないなんて聖者のような事は言えない。




ただ、怒れない。




どうがんばっても怒りが沸いてこない。




怒りも悲しみも感じない。




涙も出ない。




あたしの感情は壊れてしまったのだろうか。




「帰れよ」




いつの間にそこにいたのか、ヤマトが言った。




「迷惑だから」




ハルが言った。




ヤマトもハルもそしてユウリもちゃんと怒れている。




それが少し羨ましかった。




「帰ろうか」




ユウリが優しく言った。




あたしはコクリとうなずいた。



「送ってくれてありがとね」




ユウリ、ハル、ヤマトの3人に礼を言って別れた。




自分の部屋番号が書かれたポストの中をのぞくと、ダイレクトメールやらピンクちらしやらが入っていた。




一応それを手に取り、部屋に持って入る。




束のままゴミ箱に入れると、真っ白の封筒が目についた。




ゴミ箱から取り出してみて、目を疑った。




宛名の字…




間違いなくコウスケの字だ。















どうして…?

















あたしは慌てて封筒を開け、中身を読み始めた。










『藤嶺カヅキ様



突然、手紙なんてビックリしただろうな。



どうしても話したい事があったんだけど、どうしても自分の口からは言えなかったから手紙を書く事にしました。



直接渡すのも照れくさいから、看護士さんに頼んで送ろうと思います。



まず、ツバキの事許してやってほしい。





あいつがカヅキにした事もユウリにした事も絶対に許されるべき事じゃないってわかってる。




でも、カヅキには誰も恨んでほしくないんだよ。





勝手な事を言ってるってわかってる。





でも、カヅキは俺にとってすごく大事な人だから、恨みなんて感情は持ってほしくない。





俺の気持ち、押し付けてごめん。





どうしてもわかってもらいたいんだ。





ツバキの気持ちも、俺の気持ちも。



あと、7年前からずっと言いたかった事があります。





もしかしたら、もう気付かれてるかもしれないな。





7年前、助けてもらった時からずっと、あなたを想っていました。





あれから、カヅキの事何とか探そうとした事もあった。





でもどうがんばっても見つからない。





だから、中2になった時探す事を諦めた。





小学生や中学生での人捜しなんて、たいした事出来ねぇんだからみつからなくて当たり前だよな。





探すのは諦めたけど、もう一度会いたいって想いは捨てなかった。





運命って言葉を信じてみようと思ったんだ。





カヅキを想いながらひたすら待ってたら、ある日信じられない事が起こった。



カヅキが、俺の高校に赴任してきたんだもんな。





あの時は本当に神様に感謝したなぁ。





奇跡だと思った。





運命だと思った。





心臓がドキドキしすぎてマジで死ぬかと思ったよ。











俺はあなたが好きです。





心から。









俺にはカヅキ以上に大切なモノなんてない。





それはきっとこれからも変わらないだろうと思う。





この手紙、読み終わったら捨ててください。





誰かに見られたら困るから。





次に会った時、カヅキはなんて言うのかな。





俺、今すげぇ緊張してる。





今日は眠れないかもな。






でももうすぐ消灯時間だから、明日もカヅキが見舞いにきてくれる事を願って眠ろうと思います。





おやすみ。





カヅキの笑顔が夢に出てくればいいな。





じゃあ、また今度。






狭間コウスケ  』










涙が出た。









今までたまっていた分が全部溢れ出した。












―じゃあ、また今度―












もう会えないじゃん。





あんた、もう目覚まさないじゃん。





今度はあたしが探す番?





あんたはどこかにいるの?





どこを探してもみつかるわけない。












あんたはもうどこにもいないんだから。











自分だけ気持ち伝えて逝ってしまうなんてずるい。





あたしにだって言いたい事あるよ。





あなたが逝ってしまってから気づいた事。





ツバキの事、とっくに許してる―





あなたの気持ちもツバキの気持ちもユウリの気持ちも全部わかってる―













あたしもあなたが好き―














あなたを愛してます。











心から。

















完結

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