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過去

新しいピアノを買ってもらい、まともに授業が出来るようになったのは、ピアノが壊されてから1週間後だった。




バンド活動は順調に進み、もうすぐ発表という段階にある。




コウスケはテツをなくしたけれど、あたしが思ったよりは落ち込んでいないようだ。




こうなるかもしれないとうすうす感づいていたのかもしれないし、テツが自殺することによってテツ自身も苦しみから解放されたと思っているのかもしれない。




「カヅキちゃん」




連城ツバキが人懐っこい笑顔であたしを呼んだ。




「バンドの発表いつするの?」



「次の次くらいにしようか」



「でも、コウスケまだ戻ってきたばっかだし…」




コウスケは早くも学校に戻ってきている。




その方が余計な事を考えなくていいからなのだろう。




「大丈夫」




コウスケが自信満々の表情で言った。




「本人があぁ言ってるし、次の次でいいよね?」




ツバキに確認すると、チラリとコウスケを見てからうなずいた。



ユウリ、ハル、ヤマトの3人は黙々と楽器の練習をしている。




一瞬ユウリと目が合ったけれど、すぐにそらされてしまった。




目はそらされてしまったけれど、最近ユウリがあたしにカラんでくる事が少なくなったような気がする。




「ねぇ」




あたしはユウリに近づき、思い切って話し掛けてみた。




「何?」




ユウリはあたしの顔を見ないで返事をした。




てっきり無視されると思っていたので驚いた。




「あんた、あたしの家知ってる?」




ユウリの肩が一瞬ピクリとしたのをあたしは見逃さなかった。




「知らない」




声にも動揺の色がうかがえる。




この反応で、あたしはますますユウリを疑うようになった。



お風呂に入っていると、携帯電話が鳴っている事に気がついた。




めんどくさいと思いつつもバスタオルを体に巻きつけ、急いで携帯電話を取りに行った。




画面には『非通知』の文字が出ている。




急いで取りにくる必要もなかったなと思いながら、通話ボタンを押した。




「もしもし」



「…」




相手は何も言わない。




無言電話だろうか。




どうせ料金は向こう持ちなんだから、もうちょっと切らないでおこう。




あたしもしばらく無言でいた。




「ちょっ…」




電話の向こうからそう聞こえたのと同時に、電話は切れた。




ちょっ?



ただ、その一言を言った声がユウリの声に聞こえたのはあたしの錯覚なのだろうか。




そんな短い言葉だけでは声の主がだれかなんてわからないはずなのに、それをユウリだと思うなんて、自分で考えてる以上にユウリを疑っているのだろう。




そう考えていると、いてもたってもいられなくなった。




まだそれほど遅い時間でもないし、ユウリに直接会いに行こう。




髪を乾かし、洋服に着替えて、化粧はしないままユウリの家に向かった。



ユウリの家は金持ちらしく、ずいぶんと立派なお屋敷だった。




インターホンを押すと、すぐに落ち着いた感じの女性の声が聞こえてきた。




ユウリの母親だろう。




「はい。どちら様でしょうか?」



「夜分にすみません。私、ユウリさんの担任をしております藤嶺と申します。ユウリさんはご在宅でしょうか?」



「少しお待ちください」




インターホンからの声が聞こえなくなると、すぐに玄関のドアが開いた。




出てきたのはユウリではなくユウリの母親であろう女性だった。




「あの、ユウリさんは…?」



「まだ帰ってないんですよ」



「いつもそうなんですか?」



「えぇ」



「そうですか。では、何とか探してみます。見つけましたら家に帰るように伝えておきます」



「宜しくお願いします」



「はい。では失礼します」



「あ、あの」



「何ですか?」



「あの子に用があったんじゃ…」



「いえ。大した事ではないので。失礼します」




あたしは母親に軽く頭を下げてから歩き出した。




母親の視線を背中に感じたが、それ以上は何も言ってこなかった。


次にツバキの家に行ってみたが、ツバキも家にはいなかった。




2人で夜遊びでもしているのだろうか。




じゃぁコウスケはどうだろうかと思い、今度はコウスケの家に行ってみた。




インターホンを押してしばらくすると、いきなりドアが開き、コウスケが顔をあらわした。




「あぁ。何?どうしたの?」



「ユウリを探しててね。



家まで行ったんだけどいなくて…



ツバキに聞いてみようと思ってツバキの家にも行ったんだけど、いなかったんだよね。



だから、コウスケなら何か知ってるんじゃないかと思ったんだけど…」



「いや、知らない」



「そう…」




コウスケが知らないなら、きっとヤマトもハルも知らない。




「俺も一緒に探そうか?」




願ってもない申し入れだった。




「うん、お願い」



ゲームセンターやカラオケ、ファミレスなど高校生が夜遊びしそうな場所を探し回ったが、ユウリは見つからなかった。




一体どこへ行ったんだ…




「ちょっと休憩しようか」




年のせいか少し疲れてしまった。




コンビニで飲み物を購入し、近くの公園で少し休憩することになった。




「ユウリ、どこにいるんだろうね」




あたしが話しかけてもコウスケは返事をしなかった。




不思議に思い顔を見てみると、遠くの方をじっと見ていた。




「どうしたの?」



「あれさ、ユウリとツバキだよな?」




コウスケが見ている方向を見ると、街灯に照らされているユウリとツバキの姿があった。




「でも…何か変じゃない?」




あたしには2人の様子が普通ではないように思えた。



ユウリはうつむいてベンチに座っており、ツバキは指に火のついたタバコを挟み、大きな態度でユウリを見下ろしている。




あたしの知っている2人の姿ではない。




よく耳を澄ませてみると、2人の会話の声が聞こえた。




といっても、はっきり何を話しているのかはわからない。




ただ、何かを言い争っているという事はわかる。




ツバキは持っていたタバコを投げ捨てると、火種をつま先で踏み潰した。




そのすぐあとにバチンッという音が聞こえた。




ツバキがユウリの頬を張ったのだ。




その光景を見てピンときた。


















あたしにいやがらせをしていたもう1人の犯人はツバキだ。



ツバキがユウリを置いてその場を離れようとした。




「おい、待てよ」




そう乱暴に言い放ったのは、コウスケではなくあたしだ。




2人はあたしの低い声を聞き、振り向いた。




「あんた…ここで何してんの?」




ユウリがいつもの調子で言った。




あたしにはそれが痛々しく感じた。




「あたしが聞きたいよ。あんたたち、すげぇ楽しそうだけどここで何してんの?」




ツバキはハッとして、先程自分で踏み潰したタバコの吸い殻を一瞬見た。




「タバコなんかどうでもいいから。あんたたち、一体どういう関係なの?」




さっきの光景はどう見てもただの友達ではない。




この2人には何か深いものがありそうだ。



ユウリとツバキは黙り込んでいる。




「じゃぁ、今の質問はあとにする。次、あたしにいやがらせをしてたのはあんた?」




あたしはツバキを見ながら言った。




「違う!!」




そう叫んだのはユウリだ。




「じゃぁ誰がやったっていうの?」




ツバキから目を離さずに言った。




ツバキはもう自分を隠そうとしていない。




じっとあたしをにらみつけている。




「あたしがやったんだよ」




ユウリが消えそうな声で言った。




明らかに嘘をついている。




ツバキを庇っているようにしか見えない。




「あんたは黙ってな。あんたはあたしを庇えるような立場じゃないでしょ?」




いつもとは全く違う声でツバキはユウリに言った。




ユウリはツバキに怒鳴られると、黙ってしまった。




この2人には上下関係があるようだ。



「あんたに嫌がらせをしていたのはあたしよ」




ツバキはあたしに冷たい目を向けて言った。




「あたしに何の恨みがあんの?」




あたしがそう言うと、ツバキは声を上げて笑い出した。




ゾッとする笑い。




「あんたには一生わかんないと思うけど」




ツバキはあたしにそう言いながら、ユウリに目を向けた。




「全部教えてあげるよ」




ツバキは卑しい笑顔から元の冷たい表情に戻っている。




ツバキのその異常な態度に、あたしもコウスケもユウリも何も言えなかった。




ユウリの心境は、あたしたちのものとは違うようだけれど。



「あたしがあんたを恨んでる理由があるとすれば、7年前にあんたがユウリを助けたって事かな」






「7年前?何の話かわからない。あたしは7年前からユウリを知ってるって事?」






思い当たる事はなかった。




7年前…




人を傷つけた事はあっても、助けた記憶はない。




それに、あたしは今の学校に赴任してきて初めてユウリを知ったのだ。




わけがわからない。




「まぁ、覚えてないか。



あたしたちはあんたの事忘れた事なかったけどね。



7年前まだあんたが制服来てた時、車に轢かれそうになったユウリとコウスケをあんたが助けたんだよ」







そう言われてみれば、そんな事があったかもしれない。




公園の近くの横断歩道で小学生の男の子と女の子が轢かれそうになってて……




あたしは2人を抱えて一緒に道路に転がって…




そのあと2人に拳骨して叱った…




あの時の小学生がユウリとコウスケだったのか。




じゃあ、一緒にいた子たちはツバキとヤマトとハルだったのだろうか。



「ユウリを助けたからあたしを恨んでる…?



だったらあんたが本当に恨んでるのはあたしじゃなくてユウリ…?」







あたしはユウリを見た。




ユウリは全身を震わせ、とても辛そうな顔をしている。




ユウリの今の感情がわからない。







「そう。あたしはユウリが大っ嫌い。あと、ユウリの父親の矢崎ツカサもね」









父親?




ツバキが何を言いたいのか、全くわからない。




あたしは黙ってツバキの話の続きを聞くことにした。




「あたしのお父さん、矢崎に騙されたの。



いつの間にかわけのわからない組織に入れられて、わけのわからない物たくさん買わされて、そのせいでお父さんがやってた会社も潰れた。



気がついたらうちには借金しかなかった。



矢崎はさ、マルチの組織のトップなんだよ。



だから矢崎家は金持ちなわけ。」







ツバキの話をここまで聞くと、だんだん先がわかってきた。




だけど、最後まで聞かないわけにはいかなかった。



「矢崎ツカサはあたしにこう言ったの。



『お前の親父の借金、俺が払ってやってもいい』って。



でも、もちろん条件がある。さて、何て言ったでしょう?」










あたしはその残酷なクイズに答えなかった。




答えられなかった…











「俺のおもちゃになれ」












あたしは目をつむった。




あまりに酷い話だったからではなく、それを語るツバキが笑っているから。




この子の心は壊れてしまっている。




「小5でそんな事言われたあたしの気持ちがわかる?



それから7年間、あたしは本当にあの男のおもちゃだった。



矢崎はお父さんが働こうとすると、ことごとく邪魔すんの。



だから、あたしは矢崎から逃げるわけにはいかなかった。



家族を死なせたくなかったから。



あたしがそんな目に合ってる時に矢崎の娘は父親の金でで何不自由なく生活してる。



何をして稼いだ金かも知らないで。



だからあたしはユウリも恨んだ」


ユウリは声を出さずに泣いていた。




自分の父親がツバキにした事を全部知っていて、それに対しての申し訳なさからだろう。




「ユウリは7年前あんたに命を救われてからずっとあんたに憧れてた。



異常なくらいにね。



だから、あんたを痛めつければユウリも傷つくと思った。



ユウリ本人にやったって我慢すればいいだけの話だし、そんなんじゃ足りない」








そういう事か。






ツバキはユウリを傷つける為に、あたしにいやがらせをしていた…




あたしが自宅のマンションでユウリを見た時、あれはツバキを追いかけてきたのか、ツバキが仕掛けたであろう隠しカメラを取り除いてくれようとしていたのではないだろうか。




ユウリはきっと一生懸命あたしを守ってくれていたのだ。



先程電話の向こうで聞こえた『ちょっ』というユウリの声。








『ちょっと待って』









こう言いながらツバキから電話を奪い取り、あたしへのいたずら電話を阻止してくれたのではないだろうか。




ユウリをより深く傷つける為、ツバキは自分があたしに対してした事を全てユウリに話している、もしくは目の前で実行していたはずだ。




「あたしはユウリが死ねばいいと思ってる。



だからユウリを助けたあんたも傷つけばいい。



あんたを苦しめる事はあたしにとっては一石二鳥だったわけ」







ツバキはクスクス笑っている。







誰かツバキを助けて下さい…




あたしがそう思った瞬間、コウスケが動いた。




今まで全ての話を黙って聞いていたコウスケは、何のためらいもなくツバキの元へ歩み寄った。




そして、フワリとツバキを抱きしめた。



「ちょっと!何すんの?!」






ツバキはコウスケの腕の中で暴れ出した。




ジャンキーを押さえつけるほどの腕力のコウスケは、暴れ出したツバキを決して離さなかった。




「お前の悪い気持ち、全部俺が引き受けてやる。



ユウリへの恨みも、ユウリの父親への恨みも、カヅキへの恨みも全部俺に吐き出せ。



全部つぶしてやるよ」










コウスケにそう言われたツバキはポロポロと涙を流した。




今まで誰にもそんな風に言われた事がなかったのだろう。




ツバキのコウスケへの想いは本物だったのかもしれない。












「離して!!」










コウスケに心を開いたように見えたが、ツバキはコウスケを突き放したのと同時にあたしたちの前から逃げ出した。




コウスケはすぐに追いかけていった。



あたしはその場に残ったユウリを放っておくことが出来なかったので、ツバキはコウスケに任せて公園に残る事にした。






「辛かったね」







あたしがユウリを抱きしめると、いろんな感情が溢れてきたのだろうか声をあげて泣き出した。





生まれたての赤ん坊のように一心不乱に泣き続けるユウリがかわいそうで、そしてたまらなく愛おしくて、さらに強く抱きしめた。





ユウリも抵抗することなく、あたしの体にしがみつくようにして泣いている。











しばらくその状態が続いた後、あたしたちは破滅の音を聞いた。








誰かに心臓を握られたような気がした。




その音を聞いたユウリの涙はピタリと止まり、勢いよく立ち上がった。





「先生、早く!!」





ユウリはあたしの手を引いて、音が聞こえてきた方向へと走り出した。



その場所につくと、あたしの頭の中は真っ白になり、卒倒しそうになった。





横断歩道の真ん中にコウスケとツバキが倒れている。





白のセダンが急発進したのが見えた。




その光景を見れば、今ここで何があったのかわかる。




セダンに轢かれそうになったツバキをコウスケが突き飛ばし、ツバキの代わりにコウスケがセダンにぶつかった…





あたしもユウリもその場から動けなかった。




4人の内、一番最初に動いたのはツバキだった。





ツバキはコウスケを見て一瞬目を大きく開いたが、次の瞬間には服についた汚れをパンパンとはらっていた。




そして、あたしたちを睨んで言った。





「コレが一番の復讐かもね」




ツバキはコウスケを助けようともせずに、そのまま走り出した。





ツバキが走り出した瞬間、あたしにはツバキの頬を伝う大粒の涙が見えた。




コウスケへの想いよりも、あたしたちへの憎しみを選んだという事なのだろうか…



あたしたちはツバキのその行動を機に、呪縛が解けたように動けるようになった。





「ユウリ!救急車!早く!」



「はい!」




ほとんど片言でユウリに命じると、あたしは急いでコウスケの元へ駆け寄った。





「コウスケ!コウスケ!」







次々と涙が溢れてくる。コウスケの口元に手をかざしてみても、呼吸を感じられない。




心臓に耳を当てても音が少しも聞こえない。







「コウスケ…死なないで…」









泣いている場合ではない。




助けないと。





コウスケのあごを上げ、口から息を吹き込む。




コウスケの胸が上下に動く。










死なないで…










心臓の上で両手を重ね、そのまま何度か押す。










死なないで…










また息を吹き込み、心臓を押す。




その行為を何度も繰り返した。
















死なないで…




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