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ネズミマークのポテチ屋さん

掲載日:2026/09/27

 町のはずれに、小さなポテチ屋さんがありました。


 店主は、小さなネズミです。

 看板には、じゃがいもを抱えた自分の顔。


 だからみんな、その店を「ネズミのポテチ屋さん」と呼んでいました。


 ネズミは毎日、ポテチを作りました。


 じゃがいもを薄く切って。

 油の温度を測って。

 塩を少しずつ変えて。


「昨日より、今日のほうがおいしい」


 できあがったポテチは茶色い紙袋に詰めて、町の真ん中にある大きなお菓子屋さんの棚に並べてもらいます。


 ところが。

 売れません。


 一日たっても。

 二日たっても。

 三日たっても。


「どうしてだろう?」

 ネズミは首をかしげました。


 そこで、お菓子屋さんの前に小さなお皿を置いて、ポテチを配ってみました。


 最初に手をのばしたのは、赤い帽子の女の子でした。


 パリッ。


「おいしい!」

「本当?」

「うん。これ、どこで売ってるの?」

「そこの棚だよ」


 ネズミが指さした先を見て、女の子は目をぱちくりさせました。


 いちばん下の段の、そのまた隅っこ。

 茶色い紙袋が、ほかのお菓子の影でちぢこまっていました。


「……あれ、ポテチだったんだ」

「…………」


 おいしいポテチを作ることと。

 そのポテチを見つけてもらうことは。

 どうやら、別のことのようでした。


     ◇


 次の日、ネズミは袋を作り直しました。


 白い袋のまんなかに、大きく自分の顔。

 その下に、太い文字。


『食べたら止まらない! パリパリポテチ』

 すると、昨日まで素通りしていたお客さんが、袋を手に取ってくれました。


 十人。

 二十人。

 三十人。


「袋だったんだ!」

 ネズミはすっかりうれしくなって、もっとすごい袋を作りました。


『世界一おいしい!』

『一度食べたら人生が変わる!』

『王様もびっくり!』


 それから、袋の絵を見て考えました。

「ネズミの顔じゃ、ちょっと弱そうだな」


 そこで自分の顔を消して、金色のライオンを描きました。


 ライオンの袋は、よく売れました。

 最初の週だけは。


「おかしいなあ。どうして二回目を買ってくれないんだろう」


 お客さんたちの話し声が聞こえてきました。

「世界一っていうから買ったけど」

「人生、変わらなかったね」


 ネズミが耳をしょんぼりさせていると、赤い帽子の女の子がやってきました。

 棚を上から下まで、何度も見ています。


「どうしたの?」

「ネズミのポテチがないの。もう売ってないの?」

「……それだよ」


 ネズミは、ライオンの袋を指さしました。

 女の子は袋を開けて、一枚食べました。


 パリッ。

「あ、ほんとだ。この味」


 それから、不思議そうに袋を見ました。

「でも、なんでライオンなの?」

 ネズミは何も答えられませんでした。


 袋は、中身の約束なのです。


 大きな約束をすれば、たくさんの人が手に取ってくれます。

 でも、約束より小さな中身だったら、その人は二度と戻ってきません。

 せっかく覚えてくれた人を、迷子にしてしまうことさえあるのです。


 その夜、ネズミはライオンを消して、自分の顔を描き直しました。


『うすくて、パリッと。ネズミのポテチ』

 世界一、とはもう書きませんでした。


     ◇


 それからネズミは、いろいろ試しました。


 袋の色を変えました。味を変えました。大きさも変えました。


 そして毎日、ノートにつけました。


『赤い袋――百人が見て、十人が買った』

『青い袋――五十人が見て、十二人が買った』

『すっぱい味――あまり売れない。でも、好きな人はすごく好き』


 何日も。何週間も。


 そうしているうちに、ネズミは不思議なことに気づきました。


 同じ袋。同じ味。同じ値段。

 なのに、売れる週と、売れない週があるのです。


「なんでだ?」


 ネズミはお菓子屋さんの隅に座って、朝から夕方までお客さんを眺めました。


 どこから入って、どこを歩いて、どこで足を止めるのか。


 そして、とうとう気づきました。


「棚だ!」


     ◇


 お菓子屋さんには、たくさんの棚がありました。

 入口の真正面は、いちばん人気の棚です。

 お客さんはひっきりなし。


 けれど、有名なお菓子が上から下までぎっしり並んでいて、小さな袋を一つ置いても、あっという間に埋もれてしまいます。


「お客さんは多いけど、ライバルも多すぎる」


 少し横には『キャラクターお菓子』の棚。

 かわいい動物に、かっこいい騎士。人気者の絵がずらりと並んでいます。


「ここも、競争が激しいなあ」


 さらに奥には『冒険者向けお菓子』の棚がありました。


 日持ちのするクッキー。丈夫な袋のビスケット。

 入口ほどお客さんは通りません。

 でも、並んでいる商品も、それほど多くありません。


「ここなら……」

 ネズミはポテチを置いてみました。


 一袋売れました。

 また一袋。


 次の日も売れました。

 その次の日も。


 売れるたびに、店主のおじさんは袋を一段上へ動かしてくれました。


 上の段に行くと、通りすがりのお客さんの目に入ります。


 目に入ると、また売れます。

 売れると、また一段上へ。


 気がつけば、最初の日よりも、あとから売れたぶんのほうがずっと多くなっていました。


「棚って、こんなに大事だったんだ……」


     ◇


 ネズミは、もっと奥まで行ってみました。


 いちばん奥には『マニア向けお菓子』の棚がありました。


 見たこともない形のキャンディ。十種類の香辛料を使ったクッキー。袋の裏に謎解きがついたチョコレート。


 そして、棚の前には誰もいません。

「ライバルがいない!」


 ネズミが新しいポテチを置くと、すぐにいちばん上の段に並べてもらえました。


「やった! 一番上だ!」


 ネズミは待ちました。


 一時間。

 二時間。

 三時間。


 ようやく、分厚い眼鏡のお客さんが一人やってきました。


 ポテチを一枚かじって、眼鏡の奥の目が輝きます。


「これは、いい」

「本当ですか!」

「また買いに来るよ」


 ネズミは大喜びしました。

 でも、次のお客さんは、その日とうとう来ませんでした。


 誰もいない棚の前で、ネズミはいちばん上に置かれた自分の袋を見上げました。


 一番になりやすい棚と。

 たくさんの人に届く棚は。

 同じではなかったのです。


     ◇


 ネズミのノートは、どんどん分厚くなりました。


 それをめくりながら、ネズミは一本、指を立てました。

「おいしいポテチを作って」


 二本目。

「食べてみたくなる袋に、ほんとうのことを書いて」


 三本目。

「そのポテチを好きになってくれそうな人が来る棚に置く」


 ネズミは、ノートを閉じました。


「これだ」


     ◇


 それからもネズミは、新しいポテチを作り続けました。


 人気の棚に挑んだ日もありました。

 冒険者の棚に置いた日も。

 たまには、マニアの棚にも。


 自信満々のポテチが、ちっとも売れないこともありました。


「少し売れればいいかな」と思っていた試作品が、売れては補充され、何週間も上の段に並び続けることもありました。


 ノートどおりにいかないことは、たくさんありました。


 そんなある日のことです。


「ほら、これ!」


 聞き覚えのある声がしました。


 赤い帽子の女の子が、友だちを三人連れて棚の前に立っていました。


「このネズミのやつ、おいしいんだよ」

 友だちは、ポテチの名前を知りません。

 どの棚にあるのかも知りません。


 でも次の日、そのうちの一人がお母さんを連れてきて、言いました。

「ネズミの顔のやつ、どこ?」


 マニアの棚の、分厚い眼鏡のお客さんも来ました。

「新作は出てないかね。……あった、ネズミの」

 そのうしろには、見たことのない眼鏡のお客さんが二人。


 いつの間にか。

 お客さんのほうが、ネズミを探して棚を歩くようになっていたのです。


     ◇


 ある朝、ネズミは新しいポテチを抱えて、お菓子屋さんへ行きました。


「おじさん。今度はどの棚がいいかな」

「ここだな」


 店主が指さしたのは、入口の真正面――いちばん人気の棚でした。


「でも、そこは有名なお菓子の場所でしょう? ぼくのポテチ、まだ一番じゃないよ」


 店主は笑って、ネズミの袋を一つ並べました。


「一番じゃなくてもいいさ」


 もう一つ。


「最近、このネズミを探して来るお客さんがいるんだ」


「ぼくを?」

「ああ。だったら、見つけやすいところに置いてやらないとな」


 ネズミは、何も言えませんでした。


 ずっと、いちばん上の段に置いてもらうことばかり考えていました。

 でも、お客さんが探していたのは、棚ではありませんでした。

 一度は消してしまった、あのネズミの顔だったのです。


     ◇


 その夜、ネズミはいつものようにじゃがいもを薄く切りました。


 油の温度を測りました。

 塩を一粒つまみました。


「もう有名なんだから、そんなに研究しなくてもいいんじゃない?」


 じゃがいもを届けに来た、友だちのモグラが言いました。


 ネズミは首を振りました。


「だめだよ」

「どうして?」


 ネズミは、自分の顔が描かれた袋を見ました。


「この顔を見て買ってくれる人がいるなら――」


 揚げたてを一枚、かじります。

 パリッ。


「前より、おいしくしないと」


 そして今日も、町のはずれの小さなポテチ屋さんでは、新しいポテチが作られています。


 どの棚に置こうか。

 どんな袋にしようか。

 そんなことを、たくさん考えながら。


 でも最後には必ず、一枚、自分で食べてから。


「うん。おいしい」


 そう言って、ネズミの顔の袋に詰めるのでした。


最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


このお話は、ポテチ屋さんのお話です。


でも、絵を描く人も、小説を書く人も、音楽を作る人も、お菓子を焼く人も。


何かを作って、誰かに届けようとしている人なら、少しだけネズミの店主に似ているのかもしれません。


一生懸命作ったものが、なかなか見つけてもらえないこともあります。


工夫して、失敗して、「自分には向いていないのかな」と思う日もあるかもしれません。


それでも、どこかに。


「ネズミのポテチ、ありますか?」


そう言って探してくれる人が、一人くらいいるかもしれません。


この小さなお話が、今日も何かを作っている誰かのところに届いたなら、うれしいです。


すべての「ものづくりをする人」を、応援しています。

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