ネズミマークのポテチ屋さん
町のはずれに、小さなポテチ屋さんがありました。
店主は、小さなネズミです。
看板には、じゃがいもを抱えた自分の顔。
だからみんな、その店を「ネズミのポテチ屋さん」と呼んでいました。
ネズミは毎日、ポテチを作りました。
じゃがいもを薄く切って。
油の温度を測って。
塩を少しずつ変えて。
「昨日より、今日のほうがおいしい」
できあがったポテチは茶色い紙袋に詰めて、町の真ん中にある大きなお菓子屋さんの棚に並べてもらいます。
ところが。
売れません。
一日たっても。
二日たっても。
三日たっても。
「どうしてだろう?」
ネズミは首をかしげました。
そこで、お菓子屋さんの前に小さなお皿を置いて、ポテチを配ってみました。
最初に手をのばしたのは、赤い帽子の女の子でした。
パリッ。
「おいしい!」
「本当?」
「うん。これ、どこで売ってるの?」
「そこの棚だよ」
ネズミが指さした先を見て、女の子は目をぱちくりさせました。
いちばん下の段の、そのまた隅っこ。
茶色い紙袋が、ほかのお菓子の影でちぢこまっていました。
「……あれ、ポテチだったんだ」
「…………」
おいしいポテチを作ることと。
そのポテチを見つけてもらうことは。
どうやら、別のことのようでした。
◇
次の日、ネズミは袋を作り直しました。
白い袋のまんなかに、大きく自分の顔。
その下に、太い文字。
『食べたら止まらない! パリパリポテチ』
すると、昨日まで素通りしていたお客さんが、袋を手に取ってくれました。
十人。
二十人。
三十人。
「袋だったんだ!」
ネズミはすっかりうれしくなって、もっとすごい袋を作りました。
『世界一おいしい!』
『一度食べたら人生が変わる!』
『王様もびっくり!』
それから、袋の絵を見て考えました。
「ネズミの顔じゃ、ちょっと弱そうだな」
そこで自分の顔を消して、金色のライオンを描きました。
ライオンの袋は、よく売れました。
最初の週だけは。
「おかしいなあ。どうして二回目を買ってくれないんだろう」
お客さんたちの話し声が聞こえてきました。
「世界一っていうから買ったけど」
「人生、変わらなかったね」
ネズミが耳をしょんぼりさせていると、赤い帽子の女の子がやってきました。
棚を上から下まで、何度も見ています。
「どうしたの?」
「ネズミのポテチがないの。もう売ってないの?」
「……それだよ」
ネズミは、ライオンの袋を指さしました。
女の子は袋を開けて、一枚食べました。
パリッ。
「あ、ほんとだ。この味」
それから、不思議そうに袋を見ました。
「でも、なんでライオンなの?」
ネズミは何も答えられませんでした。
袋は、中身の約束なのです。
大きな約束をすれば、たくさんの人が手に取ってくれます。
でも、約束より小さな中身だったら、その人は二度と戻ってきません。
せっかく覚えてくれた人を、迷子にしてしまうことさえあるのです。
その夜、ネズミはライオンを消して、自分の顔を描き直しました。
『うすくて、パリッと。ネズミのポテチ』
世界一、とはもう書きませんでした。
◇
それからネズミは、いろいろ試しました。
袋の色を変えました。味を変えました。大きさも変えました。
そして毎日、ノートにつけました。
『赤い袋――百人が見て、十人が買った』
『青い袋――五十人が見て、十二人が買った』
『すっぱい味――あまり売れない。でも、好きな人はすごく好き』
何日も。何週間も。
そうしているうちに、ネズミは不思議なことに気づきました。
同じ袋。同じ味。同じ値段。
なのに、売れる週と、売れない週があるのです。
「なんでだ?」
ネズミはお菓子屋さんの隅に座って、朝から夕方までお客さんを眺めました。
どこから入って、どこを歩いて、どこで足を止めるのか。
そして、とうとう気づきました。
「棚だ!」
◇
お菓子屋さんには、たくさんの棚がありました。
入口の真正面は、いちばん人気の棚です。
お客さんはひっきりなし。
けれど、有名なお菓子が上から下までぎっしり並んでいて、小さな袋を一つ置いても、あっという間に埋もれてしまいます。
「お客さんは多いけど、ライバルも多すぎる」
少し横には『キャラクターお菓子』の棚。
かわいい動物に、かっこいい騎士。人気者の絵がずらりと並んでいます。
「ここも、競争が激しいなあ」
さらに奥には『冒険者向けお菓子』の棚がありました。
日持ちのするクッキー。丈夫な袋のビスケット。
入口ほどお客さんは通りません。
でも、並んでいる商品も、それほど多くありません。
「ここなら……」
ネズミはポテチを置いてみました。
一袋売れました。
また一袋。
次の日も売れました。
その次の日も。
売れるたびに、店主のおじさんは袋を一段上へ動かしてくれました。
上の段に行くと、通りすがりのお客さんの目に入ります。
目に入ると、また売れます。
売れると、また一段上へ。
気がつけば、最初の日よりも、あとから売れたぶんのほうがずっと多くなっていました。
「棚って、こんなに大事だったんだ……」
◇
ネズミは、もっと奥まで行ってみました。
いちばん奥には『マニア向けお菓子』の棚がありました。
見たこともない形のキャンディ。十種類の香辛料を使ったクッキー。袋の裏に謎解きがついたチョコレート。
そして、棚の前には誰もいません。
「ライバルがいない!」
ネズミが新しいポテチを置くと、すぐにいちばん上の段に並べてもらえました。
「やった! 一番上だ!」
ネズミは待ちました。
一時間。
二時間。
三時間。
ようやく、分厚い眼鏡のお客さんが一人やってきました。
ポテチを一枚かじって、眼鏡の奥の目が輝きます。
「これは、いい」
「本当ですか!」
「また買いに来るよ」
ネズミは大喜びしました。
でも、次のお客さんは、その日とうとう来ませんでした。
誰もいない棚の前で、ネズミはいちばん上に置かれた自分の袋を見上げました。
一番になりやすい棚と。
たくさんの人に届く棚は。
同じではなかったのです。
◇
ネズミのノートは、どんどん分厚くなりました。
それをめくりながら、ネズミは一本、指を立てました。
「おいしいポテチを作って」
二本目。
「食べてみたくなる袋に、ほんとうのことを書いて」
三本目。
「そのポテチを好きになってくれそうな人が来る棚に置く」
ネズミは、ノートを閉じました。
「これだ」
◇
それからもネズミは、新しいポテチを作り続けました。
人気の棚に挑んだ日もありました。
冒険者の棚に置いた日も。
たまには、マニアの棚にも。
自信満々のポテチが、ちっとも売れないこともありました。
「少し売れればいいかな」と思っていた試作品が、売れては補充され、何週間も上の段に並び続けることもありました。
ノートどおりにいかないことは、たくさんありました。
そんなある日のことです。
「ほら、これ!」
聞き覚えのある声がしました。
赤い帽子の女の子が、友だちを三人連れて棚の前に立っていました。
「このネズミのやつ、おいしいんだよ」
友だちは、ポテチの名前を知りません。
どの棚にあるのかも知りません。
でも次の日、そのうちの一人がお母さんを連れてきて、言いました。
「ネズミの顔のやつ、どこ?」
マニアの棚の、分厚い眼鏡のお客さんも来ました。
「新作は出てないかね。……あった、ネズミの」
そのうしろには、見たことのない眼鏡のお客さんが二人。
いつの間にか。
お客さんのほうが、ネズミを探して棚を歩くようになっていたのです。
◇
ある朝、ネズミは新しいポテチを抱えて、お菓子屋さんへ行きました。
「おじさん。今度はどの棚がいいかな」
「ここだな」
店主が指さしたのは、入口の真正面――いちばん人気の棚でした。
「でも、そこは有名なお菓子の場所でしょう? ぼくのポテチ、まだ一番じゃないよ」
店主は笑って、ネズミの袋を一つ並べました。
「一番じゃなくてもいいさ」
もう一つ。
「最近、このネズミを探して来るお客さんがいるんだ」
「ぼくを?」
「ああ。だったら、見つけやすいところに置いてやらないとな」
ネズミは、何も言えませんでした。
ずっと、いちばん上の段に置いてもらうことばかり考えていました。
でも、お客さんが探していたのは、棚ではありませんでした。
一度は消してしまった、あのネズミの顔だったのです。
◇
その夜、ネズミはいつものようにじゃがいもを薄く切りました。
油の温度を測りました。
塩を一粒つまみました。
「もう有名なんだから、そんなに研究しなくてもいいんじゃない?」
じゃがいもを届けに来た、友だちのモグラが言いました。
ネズミは首を振りました。
「だめだよ」
「どうして?」
ネズミは、自分の顔が描かれた袋を見ました。
「この顔を見て買ってくれる人がいるなら――」
揚げたてを一枚、かじります。
パリッ。
「前より、おいしくしないと」
そして今日も、町のはずれの小さなポテチ屋さんでは、新しいポテチが作られています。
どの棚に置こうか。
どんな袋にしようか。
そんなことを、たくさん考えながら。
でも最後には必ず、一枚、自分で食べてから。
「うん。おいしい」
そう言って、ネズミの顔の袋に詰めるのでした。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
このお話は、ポテチ屋さんのお話です。
でも、絵を描く人も、小説を書く人も、音楽を作る人も、お菓子を焼く人も。
何かを作って、誰かに届けようとしている人なら、少しだけネズミの店主に似ているのかもしれません。
一生懸命作ったものが、なかなか見つけてもらえないこともあります。
工夫して、失敗して、「自分には向いていないのかな」と思う日もあるかもしれません。
それでも、どこかに。
「ネズミのポテチ、ありますか?」
そう言って探してくれる人が、一人くらいいるかもしれません。
この小さなお話が、今日も何かを作っている誰かのところに届いたなら、うれしいです。
すべての「ものづくりをする人」を、応援しています。




