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みんなが私をいじめるの

作者: 林はるる
掲載日:2026/09/19


「君には思いやりというものがないのか」


 リンネティエールを守るように背にしたフェリクスは、怒りのあまり顔を赤くしていた。


「母親を亡くしたばかりの、気の毒なリンネティエールの家に、愛人の子として我が物顔で乗り込み、彼女のものを横取りし、挙げ句の果てに婚約者まで寝取るとは」


 リンネティエールの義妹のカティアは、返す言葉もないのか白い顔をしている。


「リンネティエールは自室でも安心できないんだぞ。人の心がないのか」


 これだけ言われても、カティアはなにも言わなかった。


「言い訳の一つもなしか。もういい。私が保護に乗り出す。家でも二度と近づくな。王宮でもだ」


 フェリクスの厳しい叱責は、しかし無視されたのだった。


◇◇◇◇◇◇



「カティアが、手下を使ってリンネティエールを暴行しようとした?」


 王宮の事務室で、事務官見習いの子爵令息フェリクスは声を荒げた。


「許せない。こちらが大人しくしていればつけ上がりおって」


 医務室に駆けつけると、すっかり怯えたリンネティエールが飛びついてきた。その手と顔には痛々しい痣ができている。


「フェリクス様。怖かった」


「よしよし。私に任せておけ。おい、カティアを連れてこい」


 従者が、騒ぐカティアを連れてくる。


「離して下さい」


「カティア。言ったはずだ。近づくなと。言うことを聞けないのなら」


 フェリクスがあげた手を、ぎょっとした医師と、騒ぎを聞いてやってきた責任者の騎士ニルスが止めた。


「とつぜんなにをするんだ。フェリクス君」


「とつぜんではありません。聞いたでしょう。カティアがリンネティエールを襲ったと」


「まず話を聞くのが先決だ。それは本当かね。カティア君」


「違います」


 カティアが小さな声で答えると、激怒したフェリクスの声が響き渡った。


「嘘をつくな!」


 怒鳴られ萎縮したカティアが、再び貝のように口を閉ざしたのを見て、途方に暮れたようにニルスはつぶやいた。


「落ち着きたまえ。フェリクス君」


◇◇◇◇◇◇



 リンネティエールの婚約者を、愛人の子カティアが略奪したことで、婚約は解消され、その上、跡継ぎの座まで奪い取った。愛しいリンネティエールの訴えを聞いたフェリクスは、頭に血が上っていた。


「こんな馬鹿な話がありますか」


 我慢できずフェリクスは机を拳で叩いた。隣に座っているリンネティエールは、目に涙をためながらうつむいている。事情を聞こうと騎士ニルスはそれぞれから話を聞いていた。


「実母を亡くし、家を乗っとられ、父親も婚約者も奪われ、最後には爵位まで……。どうして誰も彼女を助けてやろうとしないんだ。私は…………。私はなにがあろうと彼女の味方だ。最後まで寄り添う」


「フェリクス様」


 リンネティエールは感激したように、フェリクスの手を握った。


「それで今日は一体なにがあったんだ」


 ニルスの質問にフェリクスが答える。


「だから言ったでしょう。カティアがリンネティエールを襲ったと……」


「リンネティエール君が答えてくれ」


 そう言われフェリクスは少し恥ずかしそうにすると、リンネティエールに譲ったが、目を泳がせ答えようとしない。


「ただでさえ怖がっているリンネティエールにこれ以上」


「たまたま通りかかった騎士が、最初に保護したんだな」


「ええ。カティアの奴に呼び出されて裏庭に行ったところ、裏口が開いていてごろつきに暴行されそうになったと」


 そうフェリクスに睨まれ、カティアはますます小さくなった。


「リンネティエール君。君はカティア君の呼び出しに応えて、裏庭に行ったのか?」


 リンネティエールは下を向いたままだ。


「そんなことカティアに聞けばわかる話でしょう」


「どうして行ったのかね? 君はカティア君に嫌がらせをされていることで有名だ」


 ニルスの問いにフェリクスが代わりに答える。


「リンネティエールは優しいんです。だから悪辣な義妹の呼び出しにも行ってしまう。優しいことが罪なんですか」


「私はリンネティエール君に聞いている。まあ答える気はないようだが。ところで同じ質問をカティア君にもしてみよう」


 カティアは、ちらりとフェリクスを見た。


「安心したまえ。彼には手を出させない。約束できるだろう。フェリクス君」


 真っ向からそう言われると、我慢できないがフェリクスは黙った。


「カティア君。お姉さんを呼び出して暴行しようとしたのは本当かね」


「違います」


「しかしリンネティエール君が裏庭で暴行を受けたのも、裏口が開いていたのも本当だ。このことについて君はなにか知っているかい」


「……知りません」


「本当かい?」


「…………姉のことは知っています。姉は自分から危ない目に遭いに行くんです」


 幾人かの騎士が目を丸くしている。フェリクスは怒りのあまり顔を真っ赤にして、カティアを怒鳴りつけた。


「ふざけるな。リンネティエールのこの怪我をよく見ろ。言うに事欠いてそんな風に姉を侮辱するなんて、人として最低だ。恥ずかしくないのか」


 静かにさせるよう、手振りで指示すると、ニルスは質問を続けた。


「カティア君。婚約が姉から妹に変わったという噂は本当かい。次期当主が君になったというのも」


「婚約者を奪われたと姉が嘘をついてまわって……。それで相手の家から婚約を解消されました。ロヨネー男爵の義父が悩んだ結果、任せられないと跡継ぎは私に」


「そんなわけあるか! 奪ったくせに言い訳をするな」


 ニルスは厳しい顔で向き直った。


「フェリクス君。君にはがっかりしたよ。例え相手と反対意見でも黙って聞くものだ」


「こいつが悪いからでしょう。でたらめを言いやがって」


「そもそも婚約も、継承問題も、ロヨネー男爵家の問題で、君が口を出す謂れはない。それにカティア君の母親を、悪い噂通りに愛人と呼んでいるが、正式にはロヨネー現男爵の、父方の従姉妹なんだ。後妻であって愛人ではない」


「目を覚まして下さい。リンネティエールは虐待されて、こんな事になっているんです」


「そうなのかね。リンネティエール君。答えたまえ」


 リンネティエールはさっと目をそらし、下を向いて黙ってしまった。


「怯えているんです」


「フェリクス君。本人から訴えがない以上、騎士団だってなにもできない」


「そんな馬鹿な……」


「そして君は一職員なのだから、王宮においてなんの権限もない」


「ですが私は高貴な義務を」


「例え、子爵令息だとしてもだ。むしろ自重したまえ」


「……」


「フェリクス君。君から王宮でカティア君にかかわるのを禁止する」


「どうしてカティアを罰しないんですか」


「ではリンネティエール君にもう一度聞こう。裏庭なんていう下働きや、労働者の出入りが多い所に、因縁のあるカティア君に呼び出されて、のこのこ行った理由は」


「だからそれは脅されて、このようになにも言えなくて」


「話にならない。以上だ」


 不満げにフェリクスは、リンネティエールを連れて出て行った。ぐったりと疲れたカティアは、ニルスに深々と頭を下げた。


「話を聞いて頂いてありがとうございます」


「リンネティエール君は、昔からああなのか」


「はい……。昔から注意されて。でも、もう誰もなにも言わなくなって……」


「このままでは、怪我では済まないと思うよ」


「わかっています。ですが、みんな疲れてしまいました」





 廊下に出たフェリクスは、リンネティエールの肩を励ますようにつかんだ。


「役に立てなくて済まなかった」


「いいえ。側にいて下さるだけで心強いです」


 そう言ってリンネティエールは、潤んだ瞳でフェリクスを見上げていたが、つらそうに顔を歪ませ、ぽろりと涙をこぼし、俯いてしまう。


「リンネティエール。私にもっと力があれば」


「フェリクス様だけでいいのです。あなただけでも私のことを信じて下さるのなら」


「もちろんだとも。なにがあっても私だけは君の味方だ」


◇◇◇◇◇◇



 ロヨネー男爵家を継ぐことになったカティアは、顔を売るために王宮で勤務している。ここで勉強し、もうすぐ始まる議会の季節に備えていた。そこにフェリクスが駆け込んできた。


「この悪女め。またリンネティエールに怪我をさせたな。今度こそ……」


 ばたばたと足音がしたと思うと、後ろから騎士ニルスが飛び込んできた。釈明も聞かず、フェリクスを力尽くで連れ出していく。


「すまん。カティア君。間に合わなかったようで。きつく叱っておくから」


 そういって暴れようとするフェリクスと出て行った。部屋の同僚から声が上がる。


「今のなに」

「フェリクス様を連れて帰ってくれるなら誰でもいい」

「良かったね」


 萎縮していた心が、ニルスの声かけ一つで、ほぐれていくのがわかった。


「フェリクス様が暴力的だから、怖いのだと思っていた。でもそうじゃないみたい。一人でも通じる人がいればこんなにも……」


「今度から、フェリクス様に困らされたら、ニルス騎士を頼れば?」


 同僚のブリジットにそう提案される。


「そんな、ブリジット。ご迷惑よ」


「大丈夫よ。仕事だし……」


 接触禁止を破った咎で、出仕停止をフェリクスは申し渡された。


◇◇◇◇◇◇



「あ、リンネティエール姉様だわ。めずらしい。お一人かしら」


「フェリクス様が来られなくなったから、王宮に遊びに来ても相手がいないのね。これで当分は静かになるんじゃないの? カティア」


「そんなわけないわ。ブリジット」


「………………知っているわ」


 ブリジットの目には、遠くに庭を散策しながら、涼しい風に吹かれているリンネティエールが見えた。男を魅了する絹のような金髪をたなびかせ、神秘的な美しい藤色の瞳でこそこそと辺りを見回す。そしてブリジットの婚約者、バルテルミーに近づきおしゃべりを始めた。それを見てブリジットに暗い陰がさす。


「ねえ。カティア。私の最初の婚約を覚えている? リンネティエールに壊された」


「ええ。あの時のお相手は、まるで今のフェリクス様みたいだったわ」


「後でリンネティエールに言われたのよね。『私が婚約を壊したおかげで、しょぼい縁談が潰れて得したわね。伯爵令息のバルテルミー様と縁ができて、感謝してほしいわ』って」


「……」


 なにも言えないカティアは黙っていた。そしてバルテルミーを横目に、ゆっくりと歩き出したブリジットの背中を見て、ニルスの『このままでは怪我では済まない』を思い出したが、だからといってどうすることもできなかった。


◇◇◇◇◇◇



「リンネティエールが、バルテルミー様のボナール伯爵邸に迎えられる? 一体どういうことだ」


「なんでも不遇な生活を聞いた、バルテルミー様がどうぞと誘ったと」


 友人から噂を聞いて、フェリクスは口をパクパクとさせた。


「そんな、リンネティエール。どうして」


「突然だよな」


「…………きっとカティアがなにか企んだに違いない。私のリンネティエールを、バルテルミー様がよこしまな目で見ていたらどうしよう」


 フェリクスは家を飛び出して、王宮のバルテルミーの執務室まで向かった。するとそこに向かうリンネティエールと会った。


「リンネティエール。良かった。無事だったのか。変な噂を聞いたから心配したよ」


「フェリクス様」


 リンネティエールは嬉しそうな顔をした。下を向いて妙にそわそわしている。


「バルテルミー様の屋敷に迎えられると聞いたが本当かい?」


 目を落ち着きなく動かした後、リンネティエールは黙って歩き出した。


「リンネティエール? どうしたんだ?」


 ノックもなしに部屋に小走りに入ると、立ったまま書類を見ていたバルテルミーの元へ、怯えたように駆け寄った。なにも考えずに後を追ったフェリクスも部屋に入った。バルテルミーはリンネティエールを背中にかばう。


「フェリクス君。君の噂は聞いているよ。リンネティエール嬢が抵抗できないのをいいことに、連れ回して乱暴を働いていたと」


「え?」


「こんなに怯えて可哀想に。もう彼女の前に現れないでくれるかな」


「は?」


 茫然としたフェリクスは大きな声を出した。


「なにかの誤解です。私は、不憫なリンネティエールを守ってやっていたのです。特別な関係で……」


 バルテルミーの懐に、リンネティエールは泣きながら飛び込んだ。


「バルテルミー様。私、怖い」


「よしよし。君はいつもこんな大声を出していたのか。見て分かるだろう。こんなに怯えて」


「リンネティエール。そんな」


 リンネティエールは、「いつものように」目をそらして怯えている。聞きつけたニルス騎士が、フェリクスを部屋の外に連れ出し、厳しい説教をしようとしたが、その前にもう意気消沈していた。そこへカティアが通りかかり、無意識にニルスの後ろに隠れる。


「出仕停止と言ってあっただろう」


「リンネティエールが……私を見て怯えたんだ。バルテルミーに泣きついて」


「ああ、いつもの」


 ニルスの存在で気を抜いていたカティアが、ぽろっと口からもらしてしまった。


「いつものって……なんだ?」


「いつもの」フェリクスの態度だったら、カティアも黙っていただろう。だが今日は気の毒に見えるくらい落ち込んでいたので、答えてやった。


「リンネティエール姉様は、いつも、より良い寄生先を探しているの」


「なんだと。私は利用されたのか」


「ええ、私のように」


「…………」


 フェリクスは絶句した後、仰ぐように額に手をやった。


「…………あの表情は、一体…………」


「なんのことですか?」


 話には入れないニルスが、不思議そうにフェリクスに聞いた。


「なんと表現したらいいのかわからない。リンネティエールの最後の表情が……」


「ああ、笑ったんですよ。それ」


「笑った?」


 あの特徴的な嘲笑と同時に、幼い頃、大好きだった優しい姉の面影を、今でもカティアは思い出せる。嫌いになれれば楽なのに。


「怖がっているふりをして、フェリクス様をあざ笑ったんでしょう? 楽しげに、にやにやと。正義感を燃やす相手を陥れるのが、たまらなく好きなんです」


 単純なフェリクスには理解できなかった。怒りを感じる余裕もなく、薄気味の悪さから、今すぐ逃げ出したいと思うほどだ。


「その、なんだか済まなかった。カティア嬢。ちょっと混乱していて、今日の所は失礼させてもらう。また改めて」


 そうやってとぼとぼと歩き出したフェリクスの背に、ニルスがカティアにこう言うのが聞こえた。


「でも、ちょっとおかしくないか? バルテルミー様はそんな簡単なお方ではないだろう」


◇◇◇◇◇◇



「カティア君。フェリクス君もいなくなったし、少し中庭を散歩しよう」

「でもお忙しいでしょう。ニルス様」


「フェリクス君の近くで怖かっただろう。だから心を落ち着かせるためにも必要だ」

「そうは言ってもぶしつけですし」


「構わないさ」

「でも、本当に大丈夫です。あんまり怖くなかったので」


「本当かい」

「それにニルス様は責任あるお立場。ご迷惑はかけられません」


「気にしなくていいよ。これも…………仕事、だ」


 なにやらニルスがごにょごにょつぶやいている。


「本当に大丈夫なんです。フェリクス様のことで困っている時に、ニルス様はずっと冷静で、私の話に耳を傾けて下さいました。それにどれだけ救われたか。だからニルス様が側にいるだけで安心できるんです。怖いことなんてありません」


 晴れやかに笑ったカティアに見蕩れ、ニルスはプライドを捨てた。


「カティア嬢。お願いです。私と散歩して頂けないでしょうか。どうか慈悲を」

「あ、そういう意味……」


 カティアは真っ赤になってあわあわとした。


◇◇◇◇◇◇



 ボナール伯爵令息バルテルミーを手に入れたリンネティエールは、我が世の春とばかりに王宮を堂々と歩いていたが、その姿はいつもの通り猫背だった。探していた獲物が見つかる。


「バルテルミー様の屋敷に迎え入れられるの。つまり……。すごいでしょう。ブリジット」


「私はなにも聞いてないけど……」


「私とバルテルミー様、二人の話だから。でもバルテルミー様は私のお父様ともその件で正式に話し合ったのよ」


 リンネティエールはブリジットの顔に、ほんの少しでも傷ついた気持ちがないか探したが、無表情だった。それでも楽しくて仕方がなく、負け犬をあざ笑った。


「バルテルミー様のご結婚は、一年後と決まったから。もうあなたには関係のない話ね。ブリジット。ああ、でも結婚式の招待状は送って上げるわ」


 そうぺらぺらと、口止めされているはずのことを話すと、リンネティエールは去って行った。その背中を見ながら、ブリジットは淡々とつぶやく。


「不思議ね。永遠に自分は勝つ方だと思い込んでいて、舞台から降りることになるなんて想像もしないのね」


 正義感に火をつけるのが上手で、味方を簡単に増やしてしまうリンネティエールを閉じ込めるのに、ロヨネー男爵は苦労していた。そして教えていないはずの、バルテルミーのことまで簡単に話す以上、野放しにできないとボナール伯爵の別邸に送り込んだ。娘の虚言癖に悩まされ、がっくりと老け込んだ男爵はもうなにもする気力もない。


 それっきり、リンネティエール本人から流れる噂は途絶えたのだった。


◇◇◇◇◇◇



 少々人間不信になって、フェリクスは出仕を再開した。そして仕事の関係で、カティアと話す機会があったため、謝罪の後、どうしても気になっていたことを尋ねた。


「ご存じだろうが、リンネティエールが父、ロヨネー男爵の手により、バルテルミー様に身売りされたという噂が流れている」


 その噂をフェリクスは従兄弟のアンジェから聞いた。


『フェリクス。どうしてリンネティエールを救い出しに行かないんだ。フェリクスの身分だったら、できることはあるだろう?』


『アンジェ。もう関わり合いになりたくない。何度も言ったが、リンネティエールのあれは嘘なんだ』


『そんなわけあるか!』


『アンジェ』


『どうしてそんな冷たいことが言えるんだ。そんな思いやりがない奴とは思わなかったよ。リンネティエールは家族も味方になってくれなくて、俺たちしか助けてやれないのに』


 どんな言葉より、この時のアンジェの姿こそ、フェリクスには効き目があった。


「正義の味方として注目を浴び、大勢の前で称賛を受ける機会が巡ってきたと、喜んでいるように見えました。目がギラギラとして。私もああだったんですね」


 自嘲気味にフェリクスがつぶやくと、カティアは当たっているとばかりに、そっと目をそらした。


「リンネティエールを、領地にこもらせることは考えなかったのですか。ああ、これは批判では」


「姉様はあまりにも敵を作りすぎて、静かな決着は望めませんでした。ペットとして是非にと、バルテルミー様は欲しがったのです。そういった問題を抱えている人間をいたぶるのがお好きで、コレクションしているそうです。姉様もあんな身分が高い方ではなく、もっと手頃なとこで手を打っておけば、表舞台で貴族夫人になれたのに……」


「もう一つ伺ってもよろしいですか」


「どうぞ」


「気になってしまい……、答えて頂かなくても構いません。あなたの同僚のブリジット嬢はこのことをご存じなのですか」


 そう聞かれたカティアはしばらく黙ってしまい、立ち去った方がいいのか迷い始めたフェリクスの前で、独り言のようにつぶやいた。


「もちろんです。バルテルミー様はご自分の危うさを、どうしても捨てられないそうです。でもそのままでいいとも、思っていないそうです。そんな時にブリジットと出会いました。リンネティエール姉様に理不尽に傷つけられても、道を踏み外すことなく、立ち直ろうとした『普通』さが輝いて見えたと。そんな風に話されたことがあります」


「普通?」


「ええ。傷ついているブリジットを復讐に誘ったのです。ちょっとしたお楽しみとして、ブリジットで遊ぼうと。でも何時間も復讐について話し合った後、ブリジットは泣き笑いで、バルテルミー様にお礼を言いました。『とても楽しかった』と。裏切られて、この世を破壊したいほどの怒りを、寄り添ってくれたバルテルミー様とのおしゃべりが癒やしてくれたと」


「癒やし? あのバルテルミー様が?」


「そうです。恐れられているバルテルミー様が、あの時のブリジットには癒やしだったのです。一緒の時間を過ごしていたのに、まったく考えがつかめないブリジットに、バルテルミー様は興味を持って、それ以来……」




 隠されてしまったリンネティエールと、いまだ表舞台にいるバルテルミーの境界線は、その辺りなのかもしれないとフェリクスは思った。


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