みんなが私をいじめるの
「君には思いやりというものがないのか」
リンネティエールを守るように背にしたフェリクスは、怒りのあまり顔を赤くしていた。
「母親を亡くしたばかりの、気の毒なリンネティエールの家に、愛人の子として我が物顔で乗り込み、彼女のものを横取りし、挙げ句の果てに婚約者まで寝取るとは」
リンネティエールの義妹のカティアは、返す言葉もないのか白い顔をしている。
「リンネティエールは自室でも安心できないんだぞ。人の心がないのか」
これだけ言われても、カティアはなにも言わなかった。
「言い訳の一つもなしか。もういい。私が保護に乗り出す。家でも二度と近づくな。王宮でもだ」
フェリクスの厳しい叱責は、しかし無視されたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「カティアが、手下を使ってリンネティエールを暴行しようとした?」
王宮の事務室で、事務官見習いの子爵令息フェリクスは声を荒げた。
「許せない。こちらが大人しくしていればつけ上がりおって」
医務室に駆けつけると、すっかり怯えたリンネティエールが飛びついてきた。その手と顔には痛々しい痣ができている。
「フェリクス様。怖かった」
「よしよし。私に任せておけ。おい、カティアを連れてこい」
従者が、騒ぐカティアを連れてくる。
「離して下さい」
「カティア。言ったはずだ。近づくなと。言うことを聞けないのなら」
フェリクスがあげた手を、ぎょっとした医師と、騒ぎを聞いてやってきた責任者の騎士ニルスが止めた。
「とつぜんなにをするんだ。フェリクス君」
「とつぜんではありません。聞いたでしょう。カティアがリンネティエールを襲ったと」
「まず話を聞くのが先決だ。それは本当かね。カティア君」
「違います」
カティアが小さな声で答えると、激怒したフェリクスの声が響き渡った。
「嘘をつくな!」
怒鳴られ萎縮したカティアが、再び貝のように口を閉ざしたのを見て、途方に暮れたようにニルスはつぶやいた。
「落ち着きたまえ。フェリクス君」
◇◇◇◇◇◇
リンネティエールの婚約者を、愛人の子カティアが略奪したことで、婚約は解消され、その上、跡継ぎの座まで奪い取った。愛しいリンネティエールの訴えを聞いたフェリクスは、頭に血が上っていた。
「こんな馬鹿な話がありますか」
我慢できずフェリクスは机を拳で叩いた。隣に座っているリンネティエールは、目に涙をためながらうつむいている。事情を聞こうと騎士ニルスはそれぞれから話を聞いていた。
「実母を亡くし、家を乗っとられ、父親も婚約者も奪われ、最後には爵位まで……。どうして誰も彼女を助けてやろうとしないんだ。私は…………。私はなにがあろうと彼女の味方だ。最後まで寄り添う」
「フェリクス様」
リンネティエールは感激したように、フェリクスの手を握った。
「それで今日は一体なにがあったんだ」
ニルスの質問にフェリクスが答える。
「だから言ったでしょう。カティアがリンネティエールを襲ったと……」
「リンネティエール君が答えてくれ」
そう言われフェリクスは少し恥ずかしそうにすると、リンネティエールに譲ったが、目を泳がせ答えようとしない。
「ただでさえ怖がっているリンネティエールにこれ以上」
「たまたま通りかかった騎士が、最初に保護したんだな」
「ええ。カティアの奴に呼び出されて裏庭に行ったところ、裏口が開いていてごろつきに暴行されそうになったと」
そうフェリクスに睨まれ、カティアはますます小さくなった。
「リンネティエール君。君はカティア君の呼び出しに応えて、裏庭に行ったのか?」
リンネティエールは下を向いたままだ。
「そんなことカティアに聞けばわかる話でしょう」
「どうして行ったのかね? 君はカティア君に嫌がらせをされていることで有名だ」
ニルスの問いにフェリクスが代わりに答える。
「リンネティエールは優しいんです。だから悪辣な義妹の呼び出しにも行ってしまう。優しいことが罪なんですか」
「私はリンネティエール君に聞いている。まあ答える気はないようだが。ところで同じ質問をカティア君にもしてみよう」
カティアは、ちらりとフェリクスを見た。
「安心したまえ。彼には手を出させない。約束できるだろう。フェリクス君」
真っ向からそう言われると、我慢できないがフェリクスは黙った。
「カティア君。お姉さんを呼び出して暴行しようとしたのは本当かね」
「違います」
「しかしリンネティエール君が裏庭で暴行を受けたのも、裏口が開いていたのも本当だ。このことについて君はなにか知っているかい」
「……知りません」
「本当かい?」
「…………姉のことは知っています。姉は自分から危ない目に遭いに行くんです」
幾人かの騎士が目を丸くしている。フェリクスは怒りのあまり顔を真っ赤にして、カティアを怒鳴りつけた。
「ふざけるな。リンネティエールのこの怪我をよく見ろ。言うに事欠いてそんな風に姉を侮辱するなんて、人として最低だ。恥ずかしくないのか」
静かにさせるよう、手振りで指示すると、ニルスは質問を続けた。
「カティア君。婚約が姉から妹に変わったという噂は本当かい。次期当主が君になったというのも」
「婚約者を奪われたと姉が嘘をついてまわって……。それで相手の家から婚約を解消されました。ロヨネー男爵の義父が悩んだ結果、任せられないと跡継ぎは私に」
「そんなわけあるか! 奪ったくせに言い訳をするな」
ニルスは厳しい顔で向き直った。
「フェリクス君。君にはがっかりしたよ。例え相手と反対意見でも黙って聞くものだ」
「こいつが悪いからでしょう。でたらめを言いやがって」
「そもそも婚約も、継承問題も、ロヨネー男爵家の問題で、君が口を出す謂れはない。それにカティア君の母親を、悪い噂通りに愛人と呼んでいるが、正式にはロヨネー現男爵の、父方の従姉妹なんだ。後妻であって愛人ではない」
「目を覚まして下さい。リンネティエールは虐待されて、こんな事になっているんです」
「そうなのかね。リンネティエール君。答えたまえ」
リンネティエールはさっと目をそらし、下を向いて黙ってしまった。
「怯えているんです」
「フェリクス君。本人から訴えがない以上、騎士団だってなにもできない」
「そんな馬鹿な……」
「そして君は一職員なのだから、王宮においてなんの権限もない」
「ですが私は高貴な義務を」
「例え、子爵令息だとしてもだ。むしろ自重したまえ」
「……」
「フェリクス君。君から王宮でカティア君にかかわるのを禁止する」
「どうしてカティアを罰しないんですか」
「ではリンネティエール君にもう一度聞こう。裏庭なんていう下働きや、労働者の出入りが多い所に、因縁のあるカティア君に呼び出されて、のこのこ行った理由は」
「だからそれは脅されて、このようになにも言えなくて」
「話にならない。以上だ」
不満げにフェリクスは、リンネティエールを連れて出て行った。ぐったりと疲れたカティアは、ニルスに深々と頭を下げた。
「話を聞いて頂いてありがとうございます」
「リンネティエール君は、昔からああなのか」
「はい……。昔から注意されて。でも、もう誰もなにも言わなくなって……」
「このままでは、怪我では済まないと思うよ」
「わかっています。ですが、みんな疲れてしまいました」
廊下に出たフェリクスは、リンネティエールの肩を励ますようにつかんだ。
「役に立てなくて済まなかった」
「いいえ。側にいて下さるだけで心強いです」
そう言ってリンネティエールは、潤んだ瞳でフェリクスを見上げていたが、つらそうに顔を歪ませ、ぽろりと涙をこぼし、俯いてしまう。
「リンネティエール。私にもっと力があれば」
「フェリクス様だけでいいのです。あなただけでも私のことを信じて下さるのなら」
「もちろんだとも。なにがあっても私だけは君の味方だ」
◇◇◇◇◇◇
ロヨネー男爵家を継ぐことになったカティアは、顔を売るために王宮で勤務している。ここで勉強し、もうすぐ始まる議会の季節に備えていた。そこにフェリクスが駆け込んできた。
「この悪女め。またリンネティエールに怪我をさせたな。今度こそ……」
ばたばたと足音がしたと思うと、後ろから騎士ニルスが飛び込んできた。釈明も聞かず、フェリクスを力尽くで連れ出していく。
「すまん。カティア君。間に合わなかったようで。きつく叱っておくから」
そういって暴れようとするフェリクスと出て行った。部屋の同僚から声が上がる。
「今のなに」
「フェリクス様を連れて帰ってくれるなら誰でもいい」
「良かったね」
萎縮していた心が、ニルスの声かけ一つで、ほぐれていくのがわかった。
「フェリクス様が暴力的だから、怖いのだと思っていた。でもそうじゃないみたい。一人でも通じる人がいればこんなにも……」
「今度から、フェリクス様に困らされたら、ニルス騎士を頼れば?」
同僚のブリジットにそう提案される。
「そんな、ブリジット。ご迷惑よ」
「大丈夫よ。仕事だし……」
接触禁止を破った咎で、出仕停止をフェリクスは申し渡された。
◇◇◇◇◇◇
「あ、リンネティエール姉様だわ。めずらしい。お一人かしら」
「フェリクス様が来られなくなったから、王宮に遊びに来ても相手がいないのね。これで当分は静かになるんじゃないの? カティア」
「そんなわけないわ。ブリジット」
「………………知っているわ」
ブリジットの目には、遠くに庭を散策しながら、涼しい風に吹かれているリンネティエールが見えた。男を魅了する絹のような金髪をたなびかせ、神秘的な美しい藤色の瞳でこそこそと辺りを見回す。そしてブリジットの婚約者、バルテルミーに近づきおしゃべりを始めた。それを見てブリジットに暗い陰がさす。
「ねえ。カティア。私の最初の婚約を覚えている? リンネティエールに壊された」
「ええ。あの時のお相手は、まるで今のフェリクス様みたいだったわ」
「後でリンネティエールに言われたのよね。『私が婚約を壊したおかげで、しょぼい縁談が潰れて得したわね。伯爵令息のバルテルミー様と縁ができて、感謝してほしいわ』って」
「……」
なにも言えないカティアは黙っていた。そしてバルテルミーを横目に、ゆっくりと歩き出したブリジットの背中を見て、ニルスの『このままでは怪我では済まない』を思い出したが、だからといってどうすることもできなかった。
◇◇◇◇◇◇
「リンネティエールが、バルテルミー様のボナール伯爵邸に迎えられる? 一体どういうことだ」
「なんでも不遇な生活を聞いた、バルテルミー様がどうぞと誘ったと」
友人から噂を聞いて、フェリクスは口をパクパクとさせた。
「そんな、リンネティエール。どうして」
「突然だよな」
「…………きっとカティアがなにか企んだに違いない。私のリンネティエールを、バルテルミー様がよこしまな目で見ていたらどうしよう」
フェリクスは家を飛び出して、王宮のバルテルミーの執務室まで向かった。するとそこに向かうリンネティエールと会った。
「リンネティエール。良かった。無事だったのか。変な噂を聞いたから心配したよ」
「フェリクス様」
リンネティエールは嬉しそうな顔をした。下を向いて妙にそわそわしている。
「バルテルミー様の屋敷に迎えられると聞いたが本当かい?」
目を落ち着きなく動かした後、リンネティエールは黙って歩き出した。
「リンネティエール? どうしたんだ?」
ノックもなしに部屋に小走りに入ると、立ったまま書類を見ていたバルテルミーの元へ、怯えたように駆け寄った。なにも考えずに後を追ったフェリクスも部屋に入った。バルテルミーはリンネティエールを背中にかばう。
「フェリクス君。君の噂は聞いているよ。リンネティエール嬢が抵抗できないのをいいことに、連れ回して乱暴を働いていたと」
「え?」
「こんなに怯えて可哀想に。もう彼女の前に現れないでくれるかな」
「は?」
茫然としたフェリクスは大きな声を出した。
「なにかの誤解です。私は、不憫なリンネティエールを守ってやっていたのです。特別な関係で……」
バルテルミーの懐に、リンネティエールは泣きながら飛び込んだ。
「バルテルミー様。私、怖い」
「よしよし。君はいつもこんな大声を出していたのか。見て分かるだろう。こんなに怯えて」
「リンネティエール。そんな」
リンネティエールは、「いつものように」目をそらして怯えている。聞きつけたニルス騎士が、フェリクスを部屋の外に連れ出し、厳しい説教をしようとしたが、その前にもう意気消沈していた。そこへカティアが通りかかり、無意識にニルスの後ろに隠れる。
「出仕停止と言ってあっただろう」
「リンネティエールが……私を見て怯えたんだ。バルテルミーに泣きついて」
「ああ、いつもの」
ニルスの存在で気を抜いていたカティアが、ぽろっと口からもらしてしまった。
「いつものって……なんだ?」
「いつもの」フェリクスの態度だったら、カティアも黙っていただろう。だが今日は気の毒に見えるくらい落ち込んでいたので、答えてやった。
「リンネティエール姉様は、いつも、より良い寄生先を探しているの」
「なんだと。私は利用されたのか」
「ええ、私のように」
「…………」
フェリクスは絶句した後、仰ぐように額に手をやった。
「…………あの表情は、一体…………」
「なんのことですか?」
話には入れないニルスが、不思議そうにフェリクスに聞いた。
「なんと表現したらいいのかわからない。リンネティエールの最後の表情が……」
「ああ、笑ったんですよ。それ」
「笑った?」
あの特徴的な嘲笑と同時に、幼い頃、大好きだった優しい姉の面影を、今でもカティアは思い出せる。嫌いになれれば楽なのに。
「怖がっているふりをして、フェリクス様をあざ笑ったんでしょう? 楽しげに、にやにやと。正義感を燃やす相手を陥れるのが、たまらなく好きなんです」
単純なフェリクスには理解できなかった。怒りを感じる余裕もなく、薄気味の悪さから、今すぐ逃げ出したいと思うほどだ。
「その、なんだか済まなかった。カティア嬢。ちょっと混乱していて、今日の所は失礼させてもらう。また改めて」
そうやってとぼとぼと歩き出したフェリクスの背に、ニルスがカティアにこう言うのが聞こえた。
「でも、ちょっとおかしくないか? バルテルミー様はそんな簡単なお方ではないだろう」
◇◇◇◇◇◇
「カティア君。フェリクス君もいなくなったし、少し中庭を散歩しよう」
「でもお忙しいでしょう。ニルス様」
「フェリクス君の近くで怖かっただろう。だから心を落ち着かせるためにも必要だ」
「そうは言ってもぶしつけですし」
「構わないさ」
「でも、本当に大丈夫です。あんまり怖くなかったので」
「本当かい」
「それにニルス様は責任あるお立場。ご迷惑はかけられません」
「気にしなくていいよ。これも…………仕事、だ」
なにやらニルスがごにょごにょつぶやいている。
「本当に大丈夫なんです。フェリクス様のことで困っている時に、ニルス様はずっと冷静で、私の話に耳を傾けて下さいました。それにどれだけ救われたか。だからニルス様が側にいるだけで安心できるんです。怖いことなんてありません」
晴れやかに笑ったカティアに見蕩れ、ニルスはプライドを捨てた。
「カティア嬢。お願いです。私と散歩して頂けないでしょうか。どうか慈悲を」
「あ、そういう意味……」
カティアは真っ赤になってあわあわとした。
◇◇◇◇◇◇
ボナール伯爵令息バルテルミーを手に入れたリンネティエールは、我が世の春とばかりに王宮を堂々と歩いていたが、その姿はいつもの通り猫背だった。探していた獲物が見つかる。
「バルテルミー様の屋敷に迎え入れられるの。つまり……。すごいでしょう。ブリジット」
「私はなにも聞いてないけど……」
「私とバルテルミー様、二人の話だから。でもバルテルミー様は私のお父様ともその件で正式に話し合ったのよ」
リンネティエールはブリジットの顔に、ほんの少しでも傷ついた気持ちがないか探したが、無表情だった。それでも楽しくて仕方がなく、負け犬をあざ笑った。
「バルテルミー様のご結婚は、一年後と決まったから。もうあなたには関係のない話ね。ブリジット。ああ、でも結婚式の招待状は送って上げるわ」
そうぺらぺらと、口止めされているはずのことを話すと、リンネティエールは去って行った。その背中を見ながら、ブリジットは淡々とつぶやく。
「不思議ね。永遠に自分は勝つ方だと思い込んでいて、舞台から降りることになるなんて想像もしないのね」
正義感に火をつけるのが上手で、味方を簡単に増やしてしまうリンネティエールを閉じ込めるのに、ロヨネー男爵は苦労していた。そして教えていないはずの、バルテルミーのことまで簡単に話す以上、野放しにできないとボナール伯爵の別邸に送り込んだ。娘の虚言癖に悩まされ、がっくりと老け込んだ男爵はもうなにもする気力もない。
それっきり、リンネティエール本人から流れる噂は途絶えたのだった。
◇◇◇◇◇◇
少々人間不信になって、フェリクスは出仕を再開した。そして仕事の関係で、カティアと話す機会があったため、謝罪の後、どうしても気になっていたことを尋ねた。
「ご存じだろうが、リンネティエールが父、ロヨネー男爵の手により、バルテルミー様に身売りされたという噂が流れている」
その噂をフェリクスは従兄弟のアンジェから聞いた。
『フェリクス。どうしてリンネティエールを救い出しに行かないんだ。フェリクスの身分だったら、できることはあるだろう?』
『アンジェ。もう関わり合いになりたくない。何度も言ったが、リンネティエールのあれは嘘なんだ』
『そんなわけあるか!』
『アンジェ』
『どうしてそんな冷たいことが言えるんだ。そんな思いやりがない奴とは思わなかったよ。リンネティエールは家族も味方になってくれなくて、俺たちしか助けてやれないのに』
どんな言葉より、この時のアンジェの姿こそ、フェリクスには効き目があった。
「正義の味方として注目を浴び、大勢の前で称賛を受ける機会が巡ってきたと、喜んでいるように見えました。目がギラギラとして。私もああだったんですね」
自嘲気味にフェリクスがつぶやくと、カティアは当たっているとばかりに、そっと目をそらした。
「リンネティエールを、領地にこもらせることは考えなかったのですか。ああ、これは批判では」
「姉様はあまりにも敵を作りすぎて、静かな決着は望めませんでした。ペットとして是非にと、バルテルミー様は欲しがったのです。そういった問題を抱えている人間をいたぶるのがお好きで、コレクションしているそうです。姉様もあんな身分が高い方ではなく、もっと手頃なとこで手を打っておけば、表舞台で貴族夫人になれたのに……」
「もう一つ伺ってもよろしいですか」
「どうぞ」
「気になってしまい……、答えて頂かなくても構いません。あなたの同僚のブリジット嬢はこのことをご存じなのですか」
そう聞かれたカティアはしばらく黙ってしまい、立ち去った方がいいのか迷い始めたフェリクスの前で、独り言のようにつぶやいた。
「もちろんです。バルテルミー様はご自分の危うさを、どうしても捨てられないそうです。でもそのままでいいとも、思っていないそうです。そんな時にブリジットと出会いました。リンネティエール姉様に理不尽に傷つけられても、道を踏み外すことなく、立ち直ろうとした『普通』さが輝いて見えたと。そんな風に話されたことがあります」
「普通?」
「ええ。傷ついているブリジットを復讐に誘ったのです。ちょっとしたお楽しみとして、ブリジットで遊ぼうと。でも何時間も復讐について話し合った後、ブリジットは泣き笑いで、バルテルミー様にお礼を言いました。『とても楽しかった』と。裏切られて、この世を破壊したいほどの怒りを、寄り添ってくれたバルテルミー様とのおしゃべりが癒やしてくれたと」
「癒やし? あのバルテルミー様が?」
「そうです。恐れられているバルテルミー様が、あの時のブリジットには癒やしだったのです。一緒の時間を過ごしていたのに、まったく考えがつかめないブリジットに、バルテルミー様は興味を持って、それ以来……」
隠されてしまったリンネティエールと、いまだ表舞台にいるバルテルミーの境界線は、その辺りなのかもしれないとフェリクスは思った。




