食品メーカー勤続二百年のエルフの松本さんに、「自分に自信がもてない」と相談してみた
日本のとある総合食品メーカー。
この会社に勤めている松本ルーニアさんは、齢四百年を超えるエルフである。
江戸時代が始まるか始まらないかくらいにこの国に売られてきた彼女は、夫の死後、近所にあった醤油蔵元で働き始めた。その蔵元が、現在のこの食品メーカーの源流だったのだ。
就職以来この会社で働き続けている彼女は、今では勤続二百年。会長兼CEOから新入社員まで、ここで働くどの人間よりも、先輩である。
そんな彼女は今、SNS運用に関する打ち合わせの真っ最中。
「結局さ、プレゼント企画って瞬発力は高いけど、長期的なエンゲージメントにつながってないよね。次のSNSのキャンペーン、プレゼント企画以外で何かいい案ある人いる?」
「診断企画はどうでしょうか。他社の事例をまとめてみました。自分はこうだったと語れるので、自然に拡散した例も多いです」
「確かに、診断モノってついやっちゃうしシェアしたくなりますよね。さすが松本さん」
提案が通った彼女が席に戻って「さあ、本格的に動きだそう」と意気込んだとき、社内チャットが届いた。
一年前まで直属の後輩だった、営業二課の進藤さんだ。
《折り入ってご相談があるのですが、今週か来週のどこかでお時間をいただけないでしょうか》
《今日でもいいよ。外でランチする?それともゆっくり話を聞くなら、終業後がいいかな?》
どうも自分に自信がなく、考えすぎるところのある進藤さん。
「また悩んでるのかな。早めに聞いたほうがいいよね」
◆
会社近くの夜カフェ。
進藤さんは、やはり悩んでいた。
彼女の仕事は営業事務。営業担当を裏で支える重要な仕事ではあるが、数字で成果が表れにくい仕事でもある。
「最近、ミスが多くて…」
「そうなんだ。生理前で体調悪かった?」
「はい。でもそうやって大っぴらに言うわけにもいかないじゃないですか」
反対に「今はミスしやすい時期だから」とミスをしないように注意すると、作業が遅くなって、営業担当者を待たせてしまう。
締め切りを過ぎてしまったことはないし、責められたこともないが、担当者が優しい人なので気を遣ってくれているだけかもしれない。
それに新卒で入ってきた後輩のほうが、ずっと覚えがよくて、このままだと抜かされそうだ。
気が付いたら「あの子は若いし可愛いから、みんなに可愛がられて」なんて、僻んでいる自分が嫌になる。
「誰にも必要とされてないし、評価されてないような気がして…辞めたほうがいいのかもって…」
「本当に必要とされないくらいなら指摘されると思うよ」
松本さんがこう言っても、落ち込むところまで落ち込んでいる進藤さんには通じない。
彼女は「だけどみんな優しいから言わないだけ」と、箸も持たず、俯いたままだ。
松本さんは「ふむ」と少し考えた。
「というか、私だって進藤さんと同じかも。二百年もいるのに、ミスもするし、周りに迷惑をかけることもある。だから本当に、自分で自分がダメだと思うこともあるよ。さすがに二百年もいるから煙たがられてるかもしれないし、むしろ私のほうが辞めたほうがいいのかな?」
進藤さんはぱっと顔を上げた。
「そんなことありません。松本さんはいつだって周りを気にかけてくれて、私みたいなだめな後輩にも優しくて、みんなから慕われてるじゃないですか。だから私もこうやって相談させてもらっているんだし…松本さんがいてくれるだけで、話を聞いてくれるだけで、どれだけありがたいか」
松本さんは、当初の目的も忘れて必死に自分を励ましてくれる進藤さんに、ふっと微笑みかける。
「ほら、そういうところだよ」と。
「ありがとね。私にかけてくれた優しい言葉を、自分に向けてあげてほしいな」
「え…?」
進藤さんは「意味がわからない」というように、目をぱちくりとする。
「自分から相談を受けていると考えてみて」
「自分から、相談を…?」
「そう。そしてこうやって私に向けてくれた進藤さんの優しさを、自分にも向けてあげて」
「私の…優しさ…?」
「そう。自分のことよりも他人のことを心配する、その優しさ。それに癒されている人は多いんだよ。わかりやすい数字にはならなくても、大事なことじゃないかな」
進藤さんは、真面目で優しい。
だから他人のことに、一生懸命になってしまう。
後輩のことを妬みながらも、実際に後輩が困っていたら助けてしまう。その結果後輩が上司に褒められても、「私が助けたんですよ」とは言わないで。
忙しくても、早く帰って推しが初出演して頑張っているドラマをリアタイしたい日でも、仕事を頼まれたら「お互い様だから」と引き受けてしまう。その「お互い様」が返ってくる気配がなくても。
その結果、自分に向ける目が足りなくなってしまうのだ。
「自分をちゃんと見てあげて。そうしたら、いいところがいっぱい見つかるよ。だって私には見えているんだもの。あ!」
松本さんは思い出した。
聞こえてきたこともあったのだと。
エルフの松本さんは、人間より耳がいい。だからオフィスにいても、トイレや給湯室で交わされる会話が耳に入ってくる。
いつだったかうっかり松本さんの耳に入ってきたところによると、進藤さんの作る営業資料は取引先ごとにアレンジされて、相手に褒められることも多いらしい。
「AIにはできない細やかさなのだ」と、営業二課の誰かが言っていた。
「そう…なんだ…」
「最初に思い出さなきゃいけなかったのに、こんな大事なこと。ごめんね」
進藤さんは涙をこらえながら、ふるふると首を振る。
「気づいてくれて、教えてくれて、嬉しいです」
「進藤さんも、同じように言われたこと、あるでしょ」
進藤さんは今度はこくこくと頷いた。
「みんなあなたを必要としてるよ」
涙が進藤さんの頬を伝っていく。
「ごめんなさい、泣いちゃうなんて…」
「泣きたいだけ泣けばいいよ」
エルフは泣くことを恥じない。涙が美しい宝石になるからだ。
「人間は泣くことを嫌がるけど、そんな必要はないんだよ」
◆
翌日営業二課のフロアに森の匂いがしたと思ったら、ふわりと松本さんが現れた。彼女は進藤さんに目配せをして、滑るように課長の席まで向かう。
営業二課の清水課長も当然、松本さんの後輩だ。
「清水課長、お願いがあります。企画マーケで人が足りないので、進藤さんをしばらく貸してくれませんか?」
「え!?いきなり突拍子もないですね。いくら松本さんの頼みでも、それは無理です」
「どうしてでしょう?」
「進藤さんがいなくなったら、ここは回りません」
松本さんは悔しそうな表情を浮かべようとして失敗して、満足そうに微笑んでしまう。
「なんです?」
「なんでもありません。そういうことなら諦めます。お邪魔しました」
進藤さんにウインクして、松本さんはまた滑るように営業二課を出て行った。
課長は「もしかして、企画マーケに異動したかったりするの?」と進藤さんに聞く。
「いいえ」
「そう…ならよかった。本当に、いなくなられたら困るから。いや、属人化させたいわけじゃないしプレッシャーかけたくもないんだけど、やっぱり進藤さんの存在って大きいからさ」
「…ありがとうございます。嬉しいです、すごく」
そこへ営業二課の西川くんが帰ってくる。
「新商品、こちらの希望価格で納入決定しました」
「おお、よかった」
「西川くんがお客さんに持って行った資料、私が作ったんだよね。そのおかげも、ちょっとはあるかもしれない」と、進藤さんは心の中で自分を褒めた。




