アヘ顔ダブルピースで時間停止した僕
僕がアヘ顔ダブルピースをしてどれほどの時間が経ったのだろう。
きっかけは些細なことで、数年前、ちょっと流行っていたアヘ顔ダブルピースを教室でやった時の事。
時間停止の能力を持った田中君が、僕をその状態で固定してしまったのだ。
能力としては、特定の人物だけ動きを止めることのできるタイプのもの。
本人としても冗談のつもりだったと思う。
僕だって、動きが止まっているけれど思考は止まっていなかったので「もー、相変わらず田中君は欲張りさんだな」って考えてた。
結構、田中君ってこういった茶目っ気があって、毎度、クラスの皆を絶妙なタイミングで止めては笑いを誘っていた。
もちろん、着替えとかそういう犯罪的なタイミングだったり、誰かが恥をかくようなタイミングでは絶対しなかったので、ある種の信頼も厚かった。
僕をアヘ顔ダブルピース状態で停止させたのだって、クラスのお調子者としてトップを走る僕、という皆の共通理解があったからこそ、田中君は時間を停止させたのだと思う。
実際、僕がアヘ顔ダブルピースで止まると、クラスの中は暖かな笑いで溢れた。
僕もそれが嬉しかったし、田中君、またアヘ顔ダブルピースの時に時間停止してくれないかな、このネタは三回は擦れるよな、なんて、呑気に構えていた。
けど、誤算があったとすれば、田中君が僕を停止させた瞬間、時間停止能力を失ってしまったことだと思う。
実はクラスには、他の人の能力をランダムに変えてしまう能力を持った佐々木さんがいて、佐々木さんがふざけて能力を発動している時に、たまたま僕を止めた直後の田中君にその能力が当たってしまったのだ。
結果、田中君は時間停止の能力を失ってしまった。
代わりに、大根を手から出せる能力になった。
夏なのに。
ちなみに、能力が変わると元の能力で生み出した結果を変えることはできない。
これはこの世界の共通理解。
つまり、僕はアヘ顔ダブルピースのまま固定されてしまったのだ。
いや、佐々木さん、それはないよ。
温厚な僕もさすがにこの時は激おこぷんぷん丸だった。
もともと、佐々木さんは危なかっかしいところがあって、皆も彼女の能力発動時には警戒をしていた。
つい先日だって、森永君の炎を出す能力を、ライターを口から出す能力へと変えてしまったのだ。
思春期中学生から炎を出す能力を奪うのは許されないこと。
いつも温厚な森永君が切れ散らかしながら、口からライターを吐き続けたのは記憶に新しい。
ぶっちゃけ、ちょっと怖かった。
能力ってわかっていながらも、口からライターが出るさまは、少し怖かった。
ごめん、森永君。
まあ、それは置いておいて。
今どんなに僕が怒っていても周囲の人は理解できない。
周りから見れば、僕は大層愉快なアヘ顔ダブルピース野郎なのだ。
そのせいか、僕の時間が動かなくなったと即座に理解したクラスメイトの中には「え、このままでもワンチャン大丈夫くない?」なんて言い出した奴もいるくらいだ。
ふざけるなよ!
そう、僕は叫びたかった。
けれど、やっぱりどうしても僕はアヘ顔ダブルピースなのだ。
でも、悲観はしなかった。
なんやかや、能力には限界がある。
完全にものの形を変えてしまう系の能力だとアレだけど、今回みたいに、何かの動きを一時的に制限する系の能力だと、それなりに時間が経過すれば自然と解けることがほとんどだった。
僕はそれを待つことにした。
まあ、責任を感じた田中君が佐々木さんの能力を使って時間停止能力を取り戻そうとして、結果的に肌艶を整える能力になったのはご愛嬌。
そんな楽観的な僕だったけれど、待てど暮らせど、時間停止が解けることはなかった。
場所も悪かった。
クラスの注目を集めるために窓枠に乗ってアヘ顔ダブルピースをしてしまったがために、クラスの窓を閉めることができなくなってしまったのだ。
田中君がかけた時間停止は、対象を動かすことができない縛りもあった。
ゆえに、夏場の今時分、クーラーを効かせても窓傍の小向さんは暑さから逃れることはできなかった。
小声で「ちっ。なんでそこでふざけたのよ。ほんと信じらんない」と何度も言われてしまった。
ちなみに、僕の時間を止めた後、田中君が能力の子細をクラスメイト全員に説明してくれていたので、小向さんも僕に聞こえていることは承知の上だったと思う。
辛い。
ただ、僕は時間停止してるので、暑さも何も関係ない分、申し訳なさの方が強かった。
しかも、今年は記録的な猛暑らしく、窓が一部開いているだけで、小向さんの座る場所だけでなく、クラス全体に不快な温度と湿度が広まっていっていた。
これじゃあ授業にならないなと、校長と担任が話し合って、空き教室に今のクラスを移動させることになったのは、僕が時間停止となってから二週間目のこと。
そう、僕は一人、教室に取り残される形となってしまった。
ちなみに、授業にはついてこれるようにと、リモートで繋げたタブレットが僕の視線の先には置かれた。
そこからは孤独との戦いだった。
時間はこちらを無視するように、ただただ過ぎていき、最初は休み時間に僕の所へ来てくれていたクラスメイトも、夏休みが終わり、新学期になると誰も来なくなってしまった。
先生も一日に一回、僕の時間が動き出していないかをドアの隙間から確認するだけ。
唯一、田中君が毎日放課後に来てはその日あったことを教えてくれた。
ちなみに佐々木さんは途中から来なくなった。
佐々木!
佐々木ふざけんなよ!
お前のせいだからな!
毎日、いや毎分見に来いよ!
なんなら、僕と同じように時間停止した体にして過ごせ!
って、憤ってたら、田中君が佐々木さん、責任を感じすぎて体調を崩し入院していることを教えてくれた。
その瞬間、自身の心が酷く汚れ始めていることに気が付いた。
しんどい。
そして、さらに時は流れ、気が付けばクラスメイトは卒業していた。
田中君もさすがに卒業と同時に来なくなった。
数年後、風の噂で、美容クリニックを開業するために医学部へ進学したと聞いた。
成績、良かったもんね。
高校でも頑張ったんだね。
その頃には、僕は時間の流れを把握するのを諦めていた。
動き出さない時間の中で、徐々に精神が摩耗していった。
新入生が入ってくるたびに、珍しいもの見たさで僕の前には人が溢れた。
けど、それも一過性のもので、直ぐに人はいなくなる。
そんな生活を数年。
いや、数十年かもしれない。
もうこのまま、一生アヘ顔ダブルピースなのかもしれない。
諦めと言う名の絶望が心を支配し始めた時、声が聞こえた。
それは明らかに人のそれではなかった。
「魔法少女になってよ?」
(え?)
「魔法少女になって、異次元に存在する魔物と戦うって言ってくれるのなら、君を縛るその呪いを解いてあげる」
(ほ、ほんとに? いや、でも、僕、男だし魔法少女はちょっと……)
「時間停止解除よりもそこ気にするのはアレだけど、この機会を逃すときっともう君はこの星が終わるまでアヘ顔ダブルピースのままだよ?」
(それはちょっと嫌かな)
「じゃ、魔法少女ってことでおけ?」
(うーん、おけ)
こうして僕は苛烈な魔法少女の世界へと足を踏み入れた。
数年分、溜まりに溜まった鬱憤を異次元に住む魔物にぶつけるのは正直気持ちよかった。
ただ、時間停止が解かれても、アヘ顔ダブルピースはそのままだった。
「ふふ、君がアヘ顔ダブルピースじゃなくなると、逃げ出すかもしれないからね。君ほどの素質を持った魔法少女を逃すわけにはいかないよ。魔物を全て倒したら、アヘ顔ダブルピースも解除してあげる」
そう言って、僕を魔法少女にした得体の知れない何かは笑うのだった。
これじゃあどれが魔物かわからないな。
僕は魔物の血でドロドロになる体と、田中君から続く僕に関わる全ての存在を呪いながら、今日もアヘ顔ダブルピースで魔物を刈る。




