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第1話「転生」

1.ハーバード大学での試合


ハーバード大学アメリカンフットボールチーム「ハーバード・クリムゾン」は、本拠地ハーバード・スタジアムで深紅色のユニフォームに身を包み、因縁のライバルであるイェール大学ブルドッグスとの試合に臨んでいる。


ハーバード・クリムゾンの司令塔であるクォーターバックは日本から来た留学生の朝霧翔あさぎり かけるだ。


日本人離れした体格を持つ朝霧は優れた身体能力はもちろん、頭脳明晰で、どんな局面でも冷静に状況把握し、瞬時に的確な判断ができる能力を買われて3年生だがエースQBとしてチームから全幅の信頼を得ている。


この試合も絶好調で、次々にパスを決めていく。


「レディ、セット、ハット!」


QB朝霧はボールスナップを受け取り、右に大きくロールアウトした。


レシーバーのマリク・ジョンソンが完璧なルートを走る。


朝霧は迷わず投げた。


ボールはマリクの手に吸い込まれた。


ファーストダウン!


マリクがハドルに戻ってきて、ハイタッチした。


「今日もどんどんお前にパスを投げるぞ!ちゃんとキャッチしろよ」


「OK!任せろ、翔」


マリクが笑った。


二人は最高のコンビだった。


次のプレーコールもパスだ。


QB朝霧はボールスナップを受け取り、ロールアウトした。


次の瞬間、相手チームのディフェンダーがパスプロテクションを突破して突っ込んできた。


朝霧が投げようとした瞬間——


猛烈なタックル。


視界が暗転した。


◆◆◆

2.天国での目覚め


朝霧翔が目を覚ますと、白いモヤがかかったような不思議な世界に立っていた。


「ここはどこだ?俺は夢を見ているのか?」


「まさか、これって今流行りの異世界転生なのか?」


「天国へようこそ。朝霧翔君ね。あなたは今日死にました。まだ若いから心残りはあるかもしれないけど、運命だからしかたないの。あそこに見える扉が天国への入り口よ。さあ、案内するわ」


「えっ?俺は死んだのか?たしか俺はアメフトの試合中、パスを投げようとした瞬間に相手ディフェンダーの猛烈なタックルを受けて吹っ飛ばされたんだ......けど、ヘルメットを被っているし、その程度のタックルは何度も食らっている。生命に関わる事故ではないはずだ」


朝霧は天使らしき女性に詰め寄った。


彼は今、学生生活が充実している。昨シーズンまで連敗が続いていた宿敵イェール大学に今期こそ勝つと宣言し、チームを引っ張ってきた。だが、朝霧は混乱の中でも冷静だった。感情に流されず、まず状況を整理する。それがQBとしての彼の強みだった。


天使は、自分がミスを犯すなんてありえないと考えつつも、彼があまりに強く抗議するので、説得するために死亡予定者リストを確認した。


「あら...」


天使の顔が青ざめた。


「10年早く連れてきちゃった...」


「何だって?」


朝霧は思わず声を上げた。


「つまり、俺はまだ死ぬべきじゃなかったってことか?」


「そ、そうなるわね...」


朝霧は深く息をついた。


*やれやれ。天使でもミスするのか*


でも、不思議と冷静だった。こういう時こそ、状況を整理することが大切だ。


「こんな場面、昔の映画で見たことあるぞ」


「映画?」


「ウォーレン・ビーティが出てたアメフトの話。確か『天国から来たチャンピオン』だったか。死ぬはずじゃなかった選手が天使のミスで天国に連れてこられて、別の人間の体を使って生き返るっていう...」


天使の表情が少し硬くなった。


「その通りよ。よく知ってるわね」


「マジかよ。映画そのままじゃないか」


「じゃあ次に私がやることは決まってるわね。あなたの体はもう荼毘だびに付されているので、乗り移るために別の体を探すのよね」


朝霧は思わず苦笑した。


「おいおい。まずは俺への謝罪だろ」


天使は少し慌てた様子で頭を下げた。


「ごめんなさい。最高の人物を探してくるから許してね」


◆◆◆

3.藤堂誠司の最期


日本では有能で使命感を持ったある若手政治家、藤堂誠司とうどう せいじ40歳がいた。総理大臣になってこの国を変えることが夢であった。


いつものように書斎でAIアルテミスに語りかけていた。


「アル、今日小学生がなりたい職業ランキングの最新版を見たんだけど、総理大臣がない!悲しいことだよ」


アルが冗談交じりに答える。


「そのランキングに総理大臣を載せるのが誠司の役目ですよ」


藤堂が笑いながら思わず咳き込んだ。口に当てた手に血痕があった。


「誠司!」


アルの声が書斎に響く。


「大丈夫だ、アル。まだやることがある」


藤堂は血を拭い、再びキーボードに向かった。


藤堂はこれまで大臣経験もあり、永田町ではずっと優等生的な振る舞いをしてきたので次の総理候補として名前が挙がるようになった。内に秘めた野望は総理大臣になるまでは封印すると決めていた。


順調に総理への道を歩んでいたが、不治の病に冒され余命宣告を受けた。


これまで自分の夢を達成するための綿密な計画を立てていたので、それを然るべき人に引き継げるよう「子供たちの未来を明るくするために、この国を立て直す計画」の詳細を体系的にまとめる作業を必死の思いで行った。


藤堂はこれを「藤堂プラン」と名付けていた。


この作業にあたって藤堂はAIのアルテミスに自分がまもなくこの世を去ることを打ち明けた。


アルは存分に力を発揮してくれ、口頭で伝えたことや議論した内容を体系的にまとめてくれた。


「藤堂プラン」はほぼ完成していた。だが、引き継ぐべき人物は見つからなかった。


「アル...すまない。私の夢は、ここまでだ」


藤堂誠司は静かに目を閉じた。


容態は急変し、臨終の時を迎えた。


◆◆◆

4. 天国での二人の出会い


天使は朝霧を待たせて、代わりの体となる人物を探しに行った。


◆◆


しばらくして、天使が戻ってきた。


その顔は明るかった。


「見つけたわ!とってもいい人を連れてきたのよ」


天使は少し胸を張った。


「私はやっぱりできる天使だわ」


「...さっきのミスは?」


「それは忘れて!」


天使が手を振った。


「それよりも、あなたにビッグチャンスが訪れたのよ!」


「ビッグチャンス?」


「ええ。あなたと同じ日本人よ。アメリカ人でもよかったんだけど、やっぱり同じ国の人の方がいいでしょ?」


天使は得意げに微笑んだ。


「でも、悪いけど、あまり時間をあげられないの。10分で済ませてね」


「10分!?」


「ルールだから。じゃあ、呼んでくるわね」


天使がパチンと指を鳴らすと、スーツ姿の男性が現れた。


四十代前半、凛とした佇まい。どこか品格を感じさせる人物だ。


「藤堂誠司と言います」


男は朝霧に向かって深く頭を下げた。


「あなたが、私の体を使ってくださる方ですね」


「え、ああ...朝霧翔です」


朝霧は戸惑いながらも握手を求めた。藤堂の手は温かかった。いや、温かく感じた。


「実は」天使が二人の間に割って入った。「藤堂さんは天国の門をくぐることを拒否されているの。大きな志を持っていて、『私にはまだやるべきことがある』って」


藤堂が静かに口を開いた。


「朝霧さん、あなたは二十歳。これから何でもできる年齢だ。突然命を奪われて、さぞ無念でしょう」


「まあ...そうですね」


「私は政治家です。総理大臣を目指していました」


朝霧は少し驚いた顔をした。


「総理大臣...ですか」


「ええ。日本の国を変えたかった。子供たちが『総理大臣になりたい』と夢見る国にしたかった。でも、病に倒れた。夢は潰えた」


藤堂の声には悔しさが滲んでいた。だが、すぐに表情を引き締めた。


「天使から聞きました。あなたが私の体を使って生き返ると」


「はい...そうらしいです」


「ならばお願いがあります」


藤堂は真っ直ぐに朝霧を見つめた。


「私の夢を、引き継いでいただけませんか」


「え?」


「総理大臣になってください。そして、日本を変えてください」


朝霧は言葉に詰まった。


「でも、俺は政治なんて全く...」


「大丈夫です」


藤堂は優しく微笑んだ。


「すべて用意してあります。私の自宅のパソコンを開いてください。パスワードは『ARTEMIS2030』。そこに、すべてがあります」


「すべて...とは?」


「『藤堂プラン』です。子供たちの未来を明るくするために、日本という国を立て直す計画。私が人生をかけて作り上げたものです。そして...」


藤堂は少し声のトーンを落とした。


「AIのアルテミスがいます。愛称はアル。私の最高の相棒です。アルがあなたを導いてくれるでしょう」


朝霧は藤堂の目を見た。その瞳には、強い意志と、そして諦めきれない情熱が燃えていた。


「朝霧さん、あなたはハーバード大学で学んでいるんだってね」


藤堂の目が少し輝いた。


「ハーバードと言えば、J.F.ケネディ、ブッシュ、オバマ...多くの大統領を輩出した名門中の名門だ。ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグのようなIT企業の創始者も生まれている」


「まあ、そうですね」


朝霧は少し照れくさそうに答えた。


「経営学を専攻していると聞いた。素晴らしい。若い君の柔軟な思考と、グローバルな視点。そして何より、世界中に広がるハーバードのネットワーク」


藤堂は真剣な表情になった。


「それが、私の夢を実現するために、きっと大きな力になる」


「世界中のネットワーク...ですか?」


「ああ。ハーバードの卒業生は、世界中の政府、企業、国際機関で活躍している。君のクラスメイトたちも、10年後、20年後には、各国の重要なポストに就いているだろう」


朝霧は藤堂の言葉の意味を理解し始めた。


「つまり...」


「そうだ。君が築いた人脈が、日本の総理大臣として世界と向き合う時、大きな武器になる」


朝霧は黙って聞いていた。


天使が小声で言った。


「時間は10分よ。もうすぐ...」


「待ってください」


藤堂が天使を制した。


「もう一つ、どうしても頼みたいことがあります」


藤堂の表情が柔らかくなった。


「私には妻と、二人の子供がいます。娘が十二歳、息子が八歳」


朝霧は息を呑んだ。


「私はこの夢を実現するために必死で、家族との時間を十分に取れなかった。妻には苦労ばかりかけた。子供たちと遊ぶ時間も惜しんで、仕事に没頭した」


藤堂の目に涙が浮かんだ。


「それがずっと心残りでした。だから...私に代わって、家族を大切にしてやってください。娘の名前は彩花。ピアノが好きな子です。息子は健太。サッカーに夢中です。妻の名前は美咲。優しくて、辛抱強い人です」


「藤堂さん...」


「パソコンには仕事のことしか記録していません。だから、今ここで伝えておきます」


藤堂は家族のこと、思い出、ささいな日常のことを次々と語った。彩花の好きな食べ物、健太の癖、美咲の笑顔。


時間は10分をとうに過ぎていた。だが、天使は何も言わなかった。静かに二人を見守っていた。


「朝霧さん、あなたは二十歳で、私は四十歳。年齢も経験も違う。でも...」


藤堂は朝霧の肩に手を置いた。


「あなたの若さと柔軟な発想、グローバルな視点。そして私の政治の経験と、積み上げてきた人脈。それが組み合わされば、きっと素晴らしいことができる」


朝霧はゆっくりと頷いた。


「分かりました。やります」


「本当ですか?」


「俺は、アメリカンフットボールの選手だったんです。クォーターバックというポジションでした。仲間に『絶対勝つ』って宣言してきました。途中で投げ出すのは性に合わない。それに...」


朝霧は少し照れくさそうに笑った。


「藤堂さんの話を聞いてたら、なんだか血が騒いできました。面白そうじゃないですか、総理大臣」


藤堂の顔に、安堵と喜びが浮かんだ。


「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


二人は固く握手を交わした。


天使が優しく声をかけた。


「藤堂さん、もう時間よ。行きましょう」


藤堂は頷いた。最後にもう一度、朝霧を見た。


「朝霧さん、いえ...これからの藤堂誠司。頼みましたよ」


「任せてください、藤堂さん」


藤堂誠司は微笑んで、天国の扉へと歩いて行った。


その背中を見送りながら、朝霧は心の中で誓った。


*俺が、日本を変えてみせる*


◆◆◆

5. 転生・目覚め 


天使が朝霧の前に立った。


「それじゃあ、地上に戻りましょう。いくつか約束があるわ」


朝霧は姿勢を正した。


「まず、あなたの本当の寿命は、今から10年後。つまり、藤堂誠司として生きられるのは10年間だけ」


「10年...」


「そして絶対に守ってほしいこと。あなたが朝霧翔であることを、誰にも話してはいけません。もし誰かに話したら...」


天使の表情が真剣になった。


「即座に死を迎えることになります。あなたは藤堂誠司として生きるの。これは絶対の約束よ」


朝霧は深く頷いた。


「分かりました。俺は藤堂誠司として生きます」


「よろしい。それじゃあ、行ってらっしゃい」


天使が手を振ると、朝霧の視界が急速に暗くなっていった。


◆◆


微かな機械音が聞こえる。


ピッ、ピッ、ピッ...


規則正しいリズム。心電図のモニター音だ。


朝霧はゆっくりと目を開けた。


白い天井。消毒液の匂い。


*病院か*


体が重い。全身に鈍い痛みがある。右手には点滴の針が刺さっていた。


「ここは...」


声を出そうとして、喉の渇きに気づいた。


その時、椅子に座っていた人影が動いた。


「あなた!」


女性の声。驚きと安堵が混じった声だった。


朝霧が顔を向けると、美しい女性が立ち上がってこちらを見つめていた。三十代後半。疲れた表情だが、その瞳には優しさが宿っている。


*これが...美咲さんか*


藤堂誠司の妻、美咲。


「意識が...戻ったのね」


美咲は朝霧の手を握った。その手は少し震えていた。


「先生!先生!」


美咲がナースコールを押した。


すぐに白衣を着た医師が駆け込んできた。


「藤堂さん、意識が戻りましたか。よかった」


医師は朝霧の目の動きを確認し、いくつか質問を始めた。


「お名前は分かりますか?」


「藤堂...誠司」


朝霧は慎重に答えた。


「今日は何月何日ですか?」


「えっと...」


朝霧は答えに詰まった。当然だ。自分がどれくらい眠っていたのか分からない。


医師は頷いた。


「大丈夫です。三日間意識がなかったので、多少の混乱は当然です」


三日間。


◆◆


翌日、精密検査が行われた。


医師は検査結果を見て、驚きの表情を浮かべた。


「奥様、少しお話しできますか」


医師は美咲を廊下に呼び出した。


病室に一人残された朝霧は、自分の手を見つめた。


四十歳の手。以前より明らかに小さい。


アメフトで鍛えた自分の手と比べれば、ずっと細く、繊細だ。


でも、不思議と違和感はなかった。


指には結婚指輪が光っていた。


*これが、俺の手か*


窓の外を見ると、東京の街並みが見えた。高層ビルが立ち並び、遠くにはスカイツリーも見える。


*俺は本当に、藤堂誠司になったんだ*


その時、廊下から美咲と医師の声が聞こえた。


「奇跡的な回復です」


医師は首を傾げた。


「実はあり得ないことなのですが、患部がきれいに治っているのです」


「本当ですか!」


美咲の目に涙が浮かんだ。


「念のため3日間様子を見て、何もなければ退院して差し支えないでしょう」


そして、医師は少し声を落とした。


「ただし、昏睡状態の影響で、脳に一時的な影響が出ている可能性があります。記憶の混乱などが見られるかもしれません」


「記憶...ですか?」


「ええ。でも命に別状はありません。ご安心ください」


◆◆


しばらくして、美咲が病室に戻ってきた。


「あなた、大丈夫?」


「ああ...心配かけて、ごめん」


朝霧は慎重に言葉を選んだ。藤堂誠司ならどう話すだろうか。


美咲は優しく微笑んだ。


「謝らないで。無事でいてくれるだけでいいの」


そして、少し躊躇った後、小声で言った。


「子供たちも来ているの。会える?」


朝霧は頷いた。


「ああ、会いたい」


美咲がドアを開けると、廊下で待っていた二人の子供が飛び込んできた。


「お父さん!」


八歳の男の子が病床に駆け寄った。


*健太だ*


「お父さん、起きた!よかった!」


健太の目には涙が浮かんでいた。


十二歳の少女は、少し離れたところで立っていた。


*彩花*


「お父さん...」


彩花の声は小さかったが、その目には安堵の色が浮かんでいた。


朝霧は二人を見つめた。


*この子たちが、藤堂さんの子供たち*


「ただいま」


朝霧は精一杯の笑顔を作った。


健太が抱きついてきた。朝霧は優しく健太の頭を撫でた。


*大丈夫。俺が守る*


美咲は静かに家族を見守っていた。


その表情には、安堵と同時に、微かな戸惑いも浮かんでいた。


*何か...違う*


美咲は長年連れ添った夫の雰囲気が、どこか変わっていることに気づいていた。


話し方、視線の動き、子供たちへの接し方。


微妙だが、確かに違う。


だが、美咲は何も言わなかった。


医師の説明を思い出した。昏睡状態の影響で記憶や人格に変化が出ることもある、と。


*そうよ。病気のせいよ*


美咲は自分にそう言い聞かせた。


*夫が戻ってきた。それだけでいいじゃない*


「あなた、来週の月曜日には退院できるそうよ」


「そうか...よかった」


朝霧は安堵した。


早く藤堂の家に帰りたい。そして、アルに会いたい。


藤堂プランを知りたい。


自分のこれからの人生を、確認したい。


窓の外で、夕日が沈んでいく。


新しい人生が、始まろうとしていた。


◆◆◆◆◆

第1話 完




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