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処刑台で『唐揚げ』を揚げたら、匂いテロで騎士団が陥落しました。~処刑人の辺境伯様、揚げたてをハフハフしながら求婚しないでください~  作者: 月雅


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第2話 馬車の中で「のり弁」を

 ガタゴト、ガタゴト。

 車輪が未舗装の街道を噛む音が、やけに大きく響いていた。


 私は今、王都を離れ、北の辺境へと向かう馬車の中にいた。

 向かいの席に座っているのは、この国の最恐人物、『処刑人』ことギルバート・フォン・ヴォルグ辺境伯だ。


 彼は腕を組み、目を閉じて沈黙を守っている。

 その顔立ちは彫刻のように整っているけれど、眉間のシワが深すぎて、近づいたら斬り捨てられそうな威圧感がある。

 処刑台から連れ去られて早三時間。

 私、これからどうなるんだろう。

 専属料理人になれと言われたけれど、実質的な監禁生活の始まりかもしれない。


 ぐううううう……。


 静寂な車内に、間の抜けた音が響き渡った。

 私の腹の虫だ。

 そういえば、処刑台で作った唐揚げは全部この男に食べられてしまい、私は一口も食べていないのだった。


 辺境伯の片目がスッと開いた。

 赤い瞳が私を捉える。

 ひっ、殺される!


「……腹が減ったのか」


「は、はい。誰かさんのせいで朝から何も食べておりませんので」


 私が嫌味混じりに答えると、彼はふんと鼻を鳴らし、懐から何かを取り出して放り投げてきた。

 ゴトッ、と重い音を立てて私の膝に乗ったのは、黒くて四角い物体だった。


「食え。軍用の携帯食だ」


 私はそれを手に取った。

 硬い。石かと思うほど硬い。

 恐る恐る端っこを齧ってみる。

 ……ガリッ。

 歯が欠けるかと思った。味は塩気と、古びた革靴のような臭みしかない。

 これを「食事」と呼ぶなんて、食材への冒涜だわ。


「……閣下。いつもこのようなものを召し上がっているのですか?」


「戦場や移動中はな。栄養が摂れれば味などどうでもいい」


 彼はそう言って、自分も同じ黒い塊を齧り始めた。

 表情一つ変えずに咀嚼しているが、どう見ても楽しそうではない。ただの燃料補給だ。

 その姿を見て、私の中の『料理人魂』がメラメラと燃え上がった。


 許せない。

 不味いものを我慢して食べるなんて、人生の浪費だ!

 それに、こんな石みたいな干し肉でお腹を満たすなんて、私のプライドが許さない。


「閣下! 馬車を止めてください!」


「何だ。逃げる気か?」


「違います! こんなゴムタイヤみたいな肉で私の胃袋を満たそうなんて侮辱です! ちゃんとしたお昼ご飯を作らせてください!」


 私は膝の上の干し肉を握りしめて抗議した。

 ギルバート辺境伯は呆れたような顔をしたが、やがて御者台に向かって声をかけた。


「休憩にする。川沿いに馬車を止めろ」


          ◇


 街道沿いの開けた河川敷で、騎士団の一行は休息を取ることになった。

 十数名の騎士たちが、それぞれ硬いパンや干し肉を水で流し込んでいる。

 そんな殺伐とした空気の中で、私は処刑台から持ち運ばせた食材箱をひっくり返していた。


 ふふん、あるある。

 処刑台のセットに入っていた食材は、意外と豪華だったのだ。

 私が目をつけたのは、東方の国から輸入された高級食材『白米』だ。

 この世界ではまだ一般的ではないけれど、一部の貴族の間では珍重されている。


 それから、川魚の『ロックトラウト』。

 これは近くの川で釣ったわけではなく、食材箱に氷漬けで入っていたものだ。淡白な白身が特徴の高級魚である。

 あとは、魚のすり身を棒状にして焼いた『練りねりわ』。

 こちらの世界の大衆的な保存食で、まあ、日本で言うところの『ちくわ』だ。


 よし、メニューは決まった。

 日本人の心、お弁当の定番。

 揺れる馬車の中でも食べやすく、冷めても美味しい最強の弁当。

 『のり弁』を作るわよ!


 私は簡易カマドに火を入れ、まずは白米を炊く準備に取り掛かる。

 お米を研ぐ水の冷たさが心地よい。

 鍋に米と水を入れ、蓋をして火にかける。

 「はじめチョロチョロ中パッパ」の呪文は、異世界でも共通の真理だ。


 米が炊けるまでの間に、おかずの準備だ。

 ロックトラウトは三枚におろし、骨を丁寧に取り除く。

 軽く塩コショウを振り、小麦粉、溶き卵、そして粗めに砕いた乾燥パン粉をたっぷりとまぶす。

 パン粉はあえて粗くすることで、ザクザク感を強調するのがポイントだ。


 次に『練り輪』。

 これは縦半分に切り、小麦粉にこの世界特有の香草『青海苔草』を混ぜた衣にくぐらせる。

 そう、ちくわの磯辺揚げだ。

 青海苔草の香りが、食欲をそそる海の気配を運んでくる。


 カマドの横に設置した揚げ鍋の温度が上がる。

 私は白身魚と練り輪を次々と油へ滑り込ませた。


 ジュワアアアア……。

 チリチリチリ……。


 静かな河川敷に、心地よい揚げ音が響く。

 騎士たちが「またあの匂いだ……」とざわめき始めた。

 彼らの手にある干し肉と、私の鍋から漂う香ばしい油の匂い。その格差は残酷なほどだ。

 ごめんね、今日は閣下の分しか材料がないの。


 さあ、ご飯が炊けた。

 蓋を開けると、真っ白な湯気と共に、お米特有の甘い香りが立ち昇る。

 ツヤツヤに輝く銀シャリ。完璧な炊き上がりだ。


 ここからが『のり弁』の真骨頂、組み立て作業だ。

 深めの木箱に、炊きたてのご飯を薄く敷き詰める。

 その上に、乾燥魚を削った『魚節(削り節)』を散らし、特製の『ショウユ』をタラリと回しかける。

 醤油がご飯と魚節に染み込み、えも言われぬ香りを放つ。

 これだけでも三杯はいける。


 そして、その上を覆い隠すように、黒い『乾燥海葉(海苔)』を敷く。

 さらにその上にご飯をもう一層。

 そう、贅沢な二段構えだ。


 仕上げに、揚げたての巨大な白身魚フライと、磯辺揚げをドーンと鎮座させる。

 茶色一色? いいえ、これが正義の色です。

 でも彩りと味のアクセントも大事。

 私は端っこに、鮮やかな赤色の漬物『ピクルス』を添え、白身魚フライの上には、茹で卵とマヨネーズ、刻んだ玉ねぎを混ぜた特製『タルタルソース』をたっぷりとかけた。


「完成!」


 ずっしりと重い木箱の弁当。

 私はそれを抱えて、ギルバート辺境伯の元へと走った。


          ◇


「……なんだ、その黒い蓋のようなものは」


 再出発した馬車の中で、ギルバート辺境伯は怪訝そうに弁当箱の中身を見つめた。

 彼の視線は、ご飯一面を覆う海苔に注がれている。

 この世界の人にとって、海苔は「黒い紙」に見えるらしい。


「これは『海葉のり』です。海の野菜ですよ。騙されたと思って、その下の魚と一緒に食べてみてください」


 私は自信満々に促した。

 彼は疑わしげに鼻を鳴らしたが、先ほどの揚げ物の匂いには抗えないらしい。

 フォークを手に取り、タルタルソースのかかった白身魚フライに突き刺した。


 サクッ。


 小気味よい音が車内に響く。

 彼は大きな口を開け、フライと海苔ご飯をまとめて頬張った。


 ガリッ、ザクッ、フワッ。


 咀嚼音が聞こえる。

 硬質な衣が砕け、中の白身魚がほろりと崩れる音だ。

 辺境伯の動きが、またしても停止した。


「……っ」


 彼は目を見開き、口元を手で覆った。

 眉間の深いシワが、見る見るうちに解けていく。


「なんだ、この複雑な味わいは……!」


 彼は独り言のように呟き出した。


「淡白な魚の身を、濃厚な卵のソースが包み込んでいる。揚げ物特有の油っこさを、この酸味のあるソースが中和し、いくらでも食べられそうだ。それに……この下にある黒い葉と、黒い調味料がかかった穀物! これが絶妙に合う!」


「でしょう? 醤油の染みた鰹節ご飯と海苔の組み合わせは、最強なんです」


「ああ、素晴らしい。上のフライを齧り、下の飯を食う。この往復運動が止まらない。口の中が常に幸福で満たされている……!」


 ギルバート辺境伯の食べるペースが加速した。

 今度は磯辺揚げだ。

 モチモチとした弾力のある練り輪を噛み切り、青海苔草の香りが鼻に抜けるのを楽しむ。


「この練り物もだ。ただの保存食だったはずが、香草を纏うだけでこれほど上品な料理に化けるとは。……お前は魔女か?」


「失礼な。ただの料理人です」


 彼はもう私の言葉など聞いていなかった。

 夢中でフォークを動かし、最後の一粒まで米をかき集めて食べている。

 その顔を見て、私は驚いた。


 笑っている。

 あの『処刑人』が。

 常に誰かを殺しそうな目で世界を睨んでいた男が、今は口元を緩め、とろけるような顔で弁当箱を見つめているのだ。

 窓から差し込む陽の光も相まって、まるで別人のように幼く、そして……少しだけ格好良く見えた。


「――ご馳走様でした」


 空になった弁当箱を置いて、彼は満足げに息を吐いた。

 その時、馬車の小窓から視線を感じた。

 並走していた護衛の騎士たちが、信じられないものを見る目でこちらを覗き込んでいたのだ。


「おい、見たか……?」

「ああ。閣下が……笑ったぞ」

「あの仏頂面の閣下が、あんな幸せそうな顔を……」

「あの弁当、何が入ってるんだ? 惚れ薬か?」


 騎士たちのひそひそ話が聞こえてくる。

 ギルバート辺境伯は我に返ったように咳払いをし、いつもの冷徹な表情を作り直した。

 だが、その耳はほんのりと赤い。


「……悪くない味だった」


 彼はぶっきらぼうに言った。


「悪くない、ですか? あんなに夢中で食べていたのに?」


「うっ……。言葉のアヤだ。……その、なんだ。旅の間、食事係はお前に任せる」


「お安い御用です。ただし、材料費は請求しますからね」


「好きなだけ使え。……明日の朝は何だ?」


「気が早いですねぇ」


 私はクスリと笑った。

 どうやらこの恐ろしい処刑人様は、完全に胃袋を掴まれてしまったようだ。

 揺れる馬車の中、満腹になった彼は、今度こそ安らかな寝息を立て始めた。

 その寝顔は、やっぱり大型犬のようで、少しも怖くはなかった。


 こうして私たちの『飯テロ』道中は、辺境への長い旅路を進んでいくのだった。

 次はどんな料理で、あの仏頂面を崩してやろうかしら。

 私は空の弁当箱を撫でながら、次なるメニューの構想を練り始めた。


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