-- ③封印の間 ― 忠誠の紋章
回廊の奥――
静寂の幕を抜けた先に、それはあった。
封印の間。
湖底のように澄んだ床は、歩くたびに淡金の光を揺らす。
壁一面には王家の紋章――翼を広げた弓と光冠――が浮かび上がり、
中央には巨大な魔法陣が静かに脈動していた。
その中心に封じられているのは、
“六英雄”の一人、元第一王女セリア=ノアールの記憶。
セリナが息をのむ。
「……ここが、最初の封印。
セリア王女が、“忠誠”を捧げてこの地を守った場所……」
ハルヒは言葉を失っていた。
温度のない光が空間を満たし、
まるで時間そのものが止まっているようだったからだ。
「感じる……“王の誓い”の残響。
でも、どこか歪んでる……?」
セリナが魔導書を開き、指先で光陣の端をなぞる。
魔法文字が淡く反応し、浮かび上がる。
『Regalia Custodia — 忠誠の紋章を識る者に、光の真実は開かれる。』
その言葉を読み上げた瞬間、
陣が応じるように光を放ち、封印の構造が展開された。
六重の光壁――それぞれが“忠誠”“勇気”“犠牲”“希望”“継承”“慈愛”の意志を象徴している。
その中心に、王家の弓を象る紋章が浮かぶ。
光装弓の記録
「……反応がある!」
セリナの声と同時に、光が弓の形を取り始めた。
それは空中で静かに回転し、残響を放ちながら映像を生み出す。
浮かび上がったのは――
純白の鎧を纏い、背に光の翼を持つ一人の女性。
両手には光装弓。
その姿勢は、まるで祈りのように穏やかで、力強かった。
だが――
顔が、見えない。
まるで時間の層に削り取られたように、
表情も声も、霞の奥に沈んでいる。
「……セリア王女の記録映像……のはず、なのに……」
「完全じゃない……“誰かが削った”痕跡がある」
ハルヒが眉をひそめる。
光の粒子がところどころ“欠け”、まるで映像がコマ落ちしているようだ。
それは古代の魔法記録にはありえない“異常”だった。
――“時詠みの干渉”だ。
セリナは確信を込めて呟く。
「クロノ=シーア……
あなたが時間に干渉して、彼女の記録を――」
断片の声
断続的なノイズの中から、わずかな音声が混じった。
『……民を……守る……光は……途絶えぬ……』
『最後の矢まで……王国と共に……』
わずかに届いたその声は、
書物で読んだどんな記述よりも生々しい“人の想い”だった。
ハルヒは、知らず拳を握っていた。
「……守るために戦って、守るために封印された……か」
「うん。
セリア=ノアールは、民の盾であり……希望そのものだった。
けど、なぜ顔を消したの? 何を“隠す”必要があったの?」
問いに応えるように、映像のノイズが強くなる。
光の断片が走り、時間が巻き戻され――
ひとつの声が、ハルヒの内側へ直接響いた。
封印の核 ― 忠誠の紋章
『――きこえるか、継承者よ。』
「……!?」
ハルヒの胸に、熱が走る。
封印の光が反応し、胸元の魔導核が共鳴した。
『我らが“誓い”は未だ終わらず。
忠誠は、未来へと継がれる。
……七つ目の灯火を、探せ。』
「七つ目……?」
ハルヒが顔を上げると、セリナも同時に凍りついていた。
「“七つ目”って……六英雄の他に、もう一人?」
その瞬間――
バチィンッ!
光陣が弾け、記録映像が完全に途切れた。
周囲の壁が唸りを上げ、淡金の粒子が崩れ始める。
「封印が……崩壊する!?」
「まずい! セリナ、離れろ!」
ハルヒが叫び、光壁の中へ手を伸ばす。
だが、その瞬間――
光装弓の幻影が彼の腕を包み、柔らかな力で導いた。
“進め”――
確かに、そう語ったように感じた。
その光は一瞬で弾け、
封印陣の中枢に浮かぶ“王家の紋章”が完全に開かれる。
継承の刻印
床の光がすべて彼方へ流れ、静寂が戻った。
セリナが息を整えながら言う。
「……封印、解除完了。
でも、これ……完全に壊れたわけじゃない。
“次”を指し示してる……!」
ハルヒの足元に、小さな光の羽が落ちる。
湖面のような床に触れた瞬間、それは翼を広げ、
遠くの方角――森の彼方へと舞い上がった。
金色の尾を引きながら、
“次の封印”の方向を確かに示す。
「見えた……“風歌の森”。
リィナ=ヴェルセリアの封印が、次……!」
セリナが微笑む――だが、すぐに光の壁が軋んだ。
天井から光の亀裂が走り、湖底神殿が不穏な振動を始める。
「……封印の安定が崩れてる! このままじゃ――」
轟音とともに、光の柱が崩落を始めた。
ハルヒはセリナの手を掴み、
淡く揺れる光の回廊を振り返る。
「行くぞ、セリナ! ここはもう――!」
弓の残光がふっと揺れ、
最後に、かすかな声が届いた。
『――守って、未来を……彼女を……』
その声が消えたとき、封印の間は光の奔流に飲まれていった。




