-- ②光壁の回廊と試練の残滓
光殿の入口が閉じた瞬間、
世界の音が一段階、遠ざかった。
水音も、風の揺れすらも薄れ――
代わりに回廊全体を満たす“規則的な脈動”だけが耳に残る。
光の脈動。
それは、この神殿そのものの心臓の鼓動のようだった。
ハルヒは喉の奥の乾きをごまかすように息を飲んだ。
「……ここから先、空気が違う」
セリナも頷く。
「うん。封印の“外側”はもう越えてる。
この先は……セリア・ノアールが残した“試練の残滓”」
訓練生や騎士候補生たちも武器を構え、緊張に喉を鳴らす。
光壁の回廊 ― 過去の記録が息づく空間
進むにつれ、両側の光壁はより透明度を増し、
やがて内部に“映像の層”が浮かび上がり始めた。
光壁には――
六英雄が戦う姿、聖光が溢れる戦場、
王女セリアが光装弓を掲げる瞬間など、
時の記録が幾重にも重なって流れ続けていた。
だが、その映像には明らかな異常があった。
「……コマ飛び?」
ハルヒがつぶやく。
映像の一部が欠け、
英雄たちの顔が一瞬だけ抜け落ちたり、
背景が塗りつぶされたように曇ったりする。
セリナが眉を寄せる。
「クロノ=シーアの干渉だ……
時系列の“再編集”。
記録の層が歪んでる」
「どうしてそんなことを?」
「まだ……わからない」
試練の残滓 ― 光の守護兵
そのときだった。
キィィィィィ……
光壁全体が震えるような音を立て、
地面に光の影が落ちた。
影は、やがて人の形を取る。
騎士の兜。
光の刃。
盾。
――実体を持たない、過去の“守護兵の残像”。
セリナが反射的に叫ぶ。
「来るよッ!!」
残像なのに、動きはあまりにも滑らかだった。
光の刃が振るわれるたび、空気が焼けるような切 れ目を生む。
前衛の騎士候補生が受け止めるが、
「――っ!? 通り抜けるのに、衝撃だけくる……!」
実体がないはずなのに、
身体と精神だけが殴られる。
「これ……どうすれば……!」
セリナが読み解く「光の呪式」
セリナが魔導書を開き、光壁へ手をかざす。
「光壁基盤の呪式……解析開始!」
頁が高速で舞い、光文字が空中に浮かぶ。
「この殿堂……セリア・ノアールの“天光結界”を基礎にしてる。
でも、その一部に上書きの跡がある……
多分、クロノ=シーアが“試練の残滓”を残すために」
「つまり敵は……ここに刻まれた“記憶そのもの”か」
「うん。
だから普通の攻撃じゃ倒せない」
残像の守護兵がさらに迫る。
光刃が空中を交差し、回廊全体が閃光に染まる。
ハルヒ ― 時の刻印で“記憶を上書きする”
(触れれば、消せる……)
考えるより先に身体が走っていた。
光刃が迫る。
ハルヒは手のひらをその軌跡へ向ける。
――ドクン。
胸の奥で、時の刻印が脈動した。
「――《相殺》!」
触れた瞬間、
光の守護兵は音もなく散り、
霧のように溶けて消えた。
セリナが絶句する。
「……残像の記憶データが……上書きされた……?
時の刻印の位相が、この神殿の魔力層より“上”……?」
ハルヒは短く息を吐いた。
「理屈はわからないけど……
俺の刻印は、ここの“記録”と相性がいいみたいだ」
「相性ってレベルじゃないよ……
記録そのものを無効化できるなんて……!」
だが、残像は次々と形を取り始める。
三体、五体、七体――
回廊全体が光戦場のように染まる。
進むべき“封印の間”が開かれる
(全部消して進むしかない)
ハルヒは残像に手を伸ばし続けた。
触れれば音もなく消える――
その動きを繰り返していくうちに、
回廊の奥で、
光が収束し、巨大な扉が姿を現した。
扉には、白銀の紋章。
“光装弓セレスティア――セリア・ノアール”
「……第一の封印だ……!」
セリナが息を呑む。
「この扉の先に……
セリア・ノアールが残した“忠誠の紋章”がある」
ハルヒは手を伸ばし、扉に触れた。
冷たく――
しかしどこか懐かしいような光が、掌を包み込む。
その瞬間。
――“未来の揺らぎよ、まだ早い。”
胸の奥で聞こえた声。
クロノ=シーアだ。
(……行くしかない)
扉が静かに開き、
光の奔流が一行を包む。




