--第86話 帰還後の異変と遺跡探索
学院区の鐘の音が、薄曇りの空に響きわたった。
三年の時を飛び越え、ようやく戻ってきたハルヒは、心の整理をする間もなくゴブリンの群れを斬り伏せ、息を整えながら学院校舎を見上げた。
――やはり、何かが少しだけ違う。
校舎の窓には補修の跡があり、訓練用魔術障壁が常時展開されている。
以前は“飾りのように置かれていた”魔法具のバリア装置が、今では主力防衛設備として稼働している。
「ハルヒ、こっち!」
セリナが手を振る。その顔には、懐かしさと、言葉にできない不安が混ざっていた。
「ハルヒ、いきなり魔物の群れに突っ込まないでよ……。戻ってきて早々、死にかけるとか洒落にならないからね」
「大丈夫だよ。三年分、身体が暴れたがってただけだ」
軽口を返すと、セリナはため息をつき、それからふっと微笑んだ。
その後ろには、ハルヒと同年代の訓練生たちが集まっていた。
見知らぬ顔も増えている。三年の空白が、思った以上に大きくのしかかる。
「それで……魔物が増えた原因、なんだっけ?」
「学院では“レガリア第2遺跡が活性化したせい”って噂されてる。
魔力が噴き出して、魔物が引き寄せられてるのかもって」
「レガリア第2遺跡……?」
ハルヒは眉をひそめた。
千年前で英雄たちが使っていた“拠点”のひとつと、名前が一致する。
(……そんなはず、あるか?
いや、タイムラインが歪んでいるなら、過去の残響が現代に滲み出してもおかしくない)
胸の刻印が、かすかに熱を帯びた。
――英雄たちは封印された。
アルディエルの最後は見届けていない。
その“未完”が、現代に影響しているのだとしたら……。
「ハルヒ、行くの?」
「ああ。原因を確かめないといけない気がする」
迷いはなかった。
レガリア第2遺跡調査班 編成
午後の訓練が終わると同時に、ハルヒはセリナをはじめとする訓練生の一団に合流した。
学院の教官も同行する簡易調査班――名目は“魔物の出現源の確認”。
「……あれが、レガリア第2遺跡?」
“雷光の割れ目”と呼ばれる、危険区域。
森の奥、崩れた石造りのアーチが姿を現す。
雷殿の門…
薄く黒い霧がまとわりつき、内部は昼間でも暗い。
だがハルヒだけは、その霧の向こうに“赤い光の揺らぎ”を見た。
(時の残響……?
いや、もっと濃い。これは……英雄たちの気配?)
胸がざわつく。
かつて六人とともに戦場を駆けた日々。
別れの瞬間を見届けられなかった悔しさ。
今も胸の底に刺さったままの感情。
セリナが横目で心配そうに見ていた。
「ハルヒ……。無理に突っ込むなよ?
ここ最近、遺跡の奥から“声”を聞いたって話もあるんだ。
魔物じゃなくて……もっと、こう……」
「もっと?」
「“誰かが呼んでるような声”って」
ハルヒの心臓が跳ねた。
(誰かが呼んでいる……?
いや、まさか……)
その時、遺跡の奥から聞こえた。
――……来い。
低い、だが懐かしい声。
耳に残る響きは、千年前の戦で何度も聞いたもの。
「レオン……?」
呟いた瞬間、奥から魔物の群れが飛び出してきた。
スケルトン数体、ゴブリンが十匹、後衛には小型のオーク。
「構えろ!」
教官の声で訓練生たちが隊列を組む。
「セリナ。後衛の護りを頼む!」
「任せなさい!」
ハルヒは前へ飛び出し、刻印が赤く閃くのを感じた。
力が脈打ち、刃に時の光が宿る。
――斬撃が、未来を裂くように走る。
一閃で三体のスケルトンが砕け散った。
「お前……強すぎない?」
「三年でどうやって鍛えたんだ……?」
訓練生たちのざわめきが背後から聞こえる。
(千年前の戦場を生き抜いてきた……とは言えないか)
魔物をすべて倒し終えると、遺跡の入口は再び静寂に包まれた。
だが、奥から漂う気配は変わらない。
むしろ、強くなっていた。
遺跡の奥で見つけたもの
「教官、この先、少しだけ進んでも?」
教官は迷ったが、やがて頷いた。
「危険だと判断したらすぐ戻れ。それだけは約束しろ」
「はい」
ハルヒとセリナ、そしてもう一人だけ同行し、
薄暗い通路へと踏み出した。
壁には古代語が刻まれ、魔力の線が青く脈動している。
「……ここ、どこかで見た気がするんだよな」
「三年前に? そんなわけないでしょ」
「いや……もっと昔。千年前に……」
「ハルヒ?」
誤魔化すように歩みを進める。
やがて、通路が開けた。
小さな広間。
中央には六本の石柱。
それぞれに、見覚えのある紋章が刻まれていた。
――レオン・ヴァルグレア
――ミリア・ルゼリア
――リィナ・ヴェルセリア
――ユグノア・オルディス
――ガルド・ベルム
――セリア・ノアール
「……英雄の紋章……?」
セリナが息をのむ。
ハルヒは震える指先でレオンの紋章へ触れた。
その瞬間――石柱が一瞬だけ光り、声が響いた。
『……まだ、終わっていない。
未来の戦士よ……我らは……“封印のまま”だ』
ハルヒの全身から血の気が引いた。
「レオン……生きている……?
いや、封印……なのか……?」
『帰還者よ……アルディエルの最期を知らぬ者よ……
お前が、我らを見つけるのだ。
この世界のどこか……六つの封印を……』
光がふっと消えた。
セリナがハルヒを振り返る。
「ハルヒ……、どういう、こと……?
あなた、なんで英雄の名前を全部知って……」
ハルヒは答えられなかった。
千年前の仲間たちが、この世界に封印されている。
自分が見届けられなかった“最後”の代償が、
現代に歪みとして残ってしまったのだ。
(レオン……みんな……
待っててくれ。絶対に見つけ出す)
ハルヒの胸で刻印が赤く光り。
物語は、新たな局面へと進み始める――。




