--第84話 終焉の時剣
時空の裂け目が閉じ、世界が静寂を取り戻したかのように見えた。
しかし、その静寂こそが——戦いの“最終局面”の始まりだった。
砕けた時輪の破片がゆっくりと消えていく。
ハルヒは肩で息をしながら、剣を支えに立っていた。
刻印はほとんど光を失い、皮膚には亀裂のような黒い紋が浮き上がっている。
「……まだだ。まだ終わっていない」
不気味な笑い声が時海の奥から響く。
霧のような闇が徐々に集まり、魔王アルディエルの影が形を取り戻していく。
「面白い……ここまで私を追い詰めた者は、
お前たちが初めてだ」
アルディエルの身体が、紫黒の光に包まれ、
その周囲の空間が“沈む”ように歪む。
呼吸一つで、空間は凍結。
瞬き一つで、未来が書き換わる。
「——これが、私の真の姿。
時空そのものを“消去”する権能だ」
背後に浮かぶ巨大な時計盤が、轟音と共に回転し始める。
その針は時間を刻むのではない。
存在の消失を告げる“最終時刻”を進めていく音だった。
「刻限まで残り七分。世界は終わる」
「七分……なら、七人で突破してみせる!」
レオンが剣を構える。
「時間固定領域、展開……ッ!」
リィナが歌声を放ち、仲間の周囲だけを“時間の流れから外す”。
「アルディエル、もう逃がさねえ!」
ガルドが大地を砕き、魔王の動きを制限。
「弱点は……この相転移の核。中央の逆回転座標です!」
ユグノアが立体式の時空地図を展開し、急所を指差す。
「未来を切り開く矢を放ちます!」
セリアの矢が裂けた時空を縫って飛ぶ。
「……最後まで、みんな生きて!」
ミリアが祈りの光で全員の生命線を強化する。
七人の最後の陣形が整う。
——だが、この“未来固定”には代償があった。
リィナの歌が震える。
時空に干渉しすぎたことで、彼女の身体は透明に近い光を帯びていた。
「リィナ、無理するな!」
「ううん……この“未来線”だけは、絶対に繋げたいの……!」
その決意は、ハルヒの胸を強く揺らした。
ハルヒは剣を握りしめる。
もう刻印の光はほとんど残っていない。
時間を放つ力も、未来を視る力も失われつつあった。
だが——
(ここで終わっていいのか……?
千年後の世界に帰るって決めたじゃないか。
“2度目の未来”を変えるために……!)
胸の刻印が一瞬だけ、赤く鼓動した。
失ったはずの時間力が、ごくわずかに流れ込んでくる。
「……なら俺が、全部出し切る!」
剣先に時の粒子が集まり、
折れた時計の破片が軌道を描いて剣に吸い込まれていく。
光、その色は——赤でも青でもない。
未来そのものの“白光”。
「これが……終焉を断つための——」
剣が音を立てて形成された。
『終焉の時剣』。
時間が逆巻き、空間が震え、
眩い白光の剣が、ハルヒの手に顕現した。
「……行くぞ、アルディエル!」
「愚か者が……! そのような刃で、世界の終わりを止められると思うか!」
アルディエルが無数の影の槍を放つ。
それは“未成立の未来”から生じる攻撃。
当たれば存在ごと消える、避けようのない技。
だが、七人は動いた。
「未来は消させない!」
レオンの剣が光の壁を展開する。
「時間の重力、固定!」
リィナが残った力で槍の速度を奪う。
「ぶち抜けぇぇぇ!」
ガルドが拳で影槍を砕く。
「右から来る未来矢……避けて!」
ユグノアがその場にない未来の攻撃を読み、警告。
そしてハルヒは——
「終わりを決めるのは“俺たち”だ!!」
クロノブレイドを振り下ろした。
白光が時空を裂き、
未来と過去の層を両断し、
アルディエルの相転移を根本から破壊する。
「ば……か、なっ……! この力……何者だ……!」
「未来を選んだ者の剣だ!!」
光が爆ぜ、世界が純白に染まった。
気づけば、時計盤は止まっていた。
“最終時刻”を示したまま。
アルディエルは片膝をつき、
黒い外套を裂かれ、血を垂らして立ち尽くす。
もはや完全勝利は目前だった。
ハルヒの刻印は、もう光っていない。
代償として、彼は——この世界の時間に“縛られなくなった”。
もはや、帰還の条件は整った。
「……終わりだ、アルディエル」
立ち上がる魔王は、薄く笑った。
「終わり……? 違う……
お前の“未来線”こそ、ここから始まるのだ、……」
ハルヒの身体は“未来”へ引かれるように揺らぎ始める。
「ハルヒ!? まさか……!」
「時間が……ハルヒを呼んでいる……!」
仲間の声が遠ざかる。
世界が引き伸ばされ、色が溶けていく。
——これは帰還の兆候。




