--第9話「光の崩壊」
演習場に、異様な光が広がった。
白銀の光が地面を覆い、砂埃を押し返す。
火球や氷結の魔法も、雷撃も、全てが光に呑み込まれ、形を失う。
周囲の生徒たちは目を細め、恐怖と驚愕で動けずにいる。
しかし、ハルヒ・クロノスだけは冷静だった。
チチ……チチ……
古びた時計の振動が、彼の手首から体中に響く。
針の動きは、光の崩壊の波紋と微妙に同期しているようだ。
「……これが……極限……」
剣を握りしめ、ハルヒは戦場の中心へと歩を進める。
光の波が押し寄せ、足元の地面が揺れる。
視界が一瞬、白と影に染まる。
風も音も、全てが光の力に飲み込まれ、世界の重力すら歪むように感じられる。
*
光の残滓が、砂塵を押し返し、目に見えない壁を作る。
普通の剣士や魔法使いなら、この範囲に入った瞬間、戦力を失うだろう。
だが、ハルヒは違った。
スキルと古びた時計の振動が、世界の変化を彼だけに教えている。
《視覚拡張》《瞬動》《反動制御》《思考加速》――
全てのスキルを連動させ、光の渦を読み解く。
ほんの一瞬、光が薄まる箇所を見つけ、そこに向かって剣を振る。
チリ……チリ……
光の破片が剣に当たり、空中で散る。
その瞬間、ハルヒの前に、僅かな隙間が生まれる。
世界が、彼だけの時間を与えたかのように。
*
「……これなら、行ける!」
光の波を縫うように進むハルヒ。
砂塵の舞う中、足元の地面が崩れ、時折風が巻き起こる。
その度にスキルを駆使して軌道を修正し、剣先で光の波を切り裂く。
彼の集中力は、今までの模擬試験をはるかに超えていた。
針の微かな動きが、未来の軌道を教えてくれる――
まるで時間そのものが、彼に従っているかのようだった。
*
だが、光の崩壊は収まるどころか、さらに激しくなる。
白銀の波が上空に広がり、演習場全体を包み込む。
教官の声も、生徒たちの驚きも、全てがかき消される。
「……くっ……まだだ、ここで止まるわけには……!」
ハルヒは時計の振動を感じ、剣を強く握り直す。
針の微かな動きに集中し、光の軌道を先読みする。
次の一瞬が、勝負の分かれ目だ。
光の渦が、彼の周囲にまとわりつき、時間の流れを歪める。
視界が揺れ、重力が変化し、足元の砂が宙に浮く。
それでも、彼は揺るがない。
この感覚は、彼だけが知る“時の流れの狭間”――
「……なるほど、これが……時の狭間か」
光の破片が周囲を覆う中、ハルヒは意識を一点に集中させる。
時計の振動と同期し、スキルを連携させる。
瞬間的に体が浮き上がり、空中で光の波を避けながら進む。
*
光の崩壊の中で、演習場は一種の異空間と化していた。
時間の流れは不安定で、音も光も、まるで別の世界の法則に従っている。
しかし、ハルヒだけは動ける。
針の微かな動きが、彼に道を示すからだ。
チチ……チチ……
鼓動のように響く振動が、彼の手の中で確かに鼓舞する。
――この先に、次の局面が待っている。
光の崩壊が終われば、時の狭間を越え、新たな試練が始まるだろう。
ハルヒは剣を握りしめ、深呼吸する。
古びた時計の針が動き、時の狭間が目の前に広がる――
次の戦いは、未知なる時間の中で始まろうとしていた。




