--第80話 時相断層
——落下の速度が消えた。
七人を呑み込んでいた《時海》の奔流が、突如として“静止”する。
水音も、光の揺らぎも、風切り音すら存在しない。
あらゆる時間軸が絡み合う青白い海は、世界から切り離された“別の位相”へ移行していた。
「……ここが、アルディエルの《時相断層》か」
レオンが抜き放った《獅王煌刃》の刃先が、見えない壁に触れるたびに細かな時間の粒子が弾ける。
ミリアの小声が震える。
「時間……流れてない。いや、流れているのに、流れていない……?」
まるで“意志”を持つ海。
ここは《時間そのものが相手の思考に応じて形を変える領域》だった。
その中心に、ゆっくりと“足音”が現れる。
ザリ、と青白い光の床を踏む音が、静止した世界に唯一鳴り響いた。
魔王アルディエル。
時殻をまとっていた姿とは異なる。
人のように、神のように、存在の輪郭すら曖昧に揺らめいていた。
彼が歩くたび、散乱していた未来・過去の“光の欠片”が吸い寄せられていく。
「……気をつけて。アイツ、たぶん……時間の“向きを選んで”動いてる」
ユグノアが青くなった顔で呟いた瞬間——
アルディエルの姿が“掻き消えた”。
「リィナ、上!!」
ガルドの咆哮に反応してリィナが風壁を展開する。
が、次の瞬間。
「遅い」
世界から“音”が一瞬だけ消えた。
風壁が《遅れて》展開し、七人の中央へ激烈な衝撃が襲いかかる。
——未来の攻撃だった。
アビリティ《時跳躍戦闘》。
アルディエルは一瞬だけ“数秒先”へ移動し、そこで放った攻撃を過去へ逆流させたのだ。
「くっ……! こんなの防げるわけ……!」
ミリアの悲鳴を、レオンの剣圧が押し返した。
「防ぐんじゃない……読め!
アイツは、俺たちより“未来を先に見て”動いているだけ!」
そしてハルヒの胸で《刻印》が低く脈動した。
——ドク……ッ。
視界が二重になり、アルディエルの動きが“青い線”になって残像として重なっていく。
(……未来視……?違う、これは……
俺の時間感覚が……乱されてる……!)
リィナがハルヒの腕を掴んだ。
「ハルヒ、戻って!今のあなた、時の圧で意識がズレてる!」
「……わかってる。けど——」
青い残像の軌跡が重なった瞬間。
アルディエルの「次の動き」が見えた。
「来るぞ!!」
ハルヒの叫びと同時に、七人が散開する。
その瞬間、七人がいた空間が《抉り取られて消えた》。
未来視に基づく絶対の一撃。
しかし、七人は初めて完全に回避した。
「……ほう。
千年の時を越えたお前に、そこまでの同期能力が?」
アルディエルの表情がわずかに揺れる。
ハルヒは呼吸を整えながら、小さく笑った。
「無敵の未来なんて——存在しない。
“選ばなかった未来”も全部抱えて、俺たちは戦ってきたんだ!」
レオンが刃を構え、ガルドが脚を蹴り鳴らし、
リィナが風歌を高め、ミリアが仲間へ時間保護の魔法陣を刻み、ユグノアが最適な行動を読み、セリアが光装弓を構えた。
七人が一列に並ぶ。
「行こう。ここから——反撃開始だ」
七人の周囲を、断層の海が震えた。
アルディエルも静かに構えを取る。
「では……この《時相断層》が、どれほど残酷かを教えてやろう」
世界が、裂けた。
未来線が数十にぶれ、過去が逆流し、時間そのものが牙を剥く。




