--74話 魔王の間-時の支配者
巨大な門を破壊した直後、七人の英雄は、一歩、また一歩と黒の回廊を進んでいく。
そのたびに足元が揺らぎ、空間そのものが波のように脈打った。
時間が歪んでいる――。
ここは、ただの魔王城の最奥ではない。
“時”という概念そのものが、主の意思で書き換えられている領域。
「……気をつけて。私の解析が通じない。この空間は“未来”のデータが存在しないわ」
ミリアの手が震えていた。
「未来が……ない?」
ユグノアが息を呑む。
「つまり、ここでは未来予測も、時間操作も、どの魔術体系も通用しない可能性があるってことね」
リィナの声は静かだが、歌うような響きを失っていた。
魔王の間へ
回廊の最奥――黒い大扉が音もなく開く。
光は一切ない。それなのに、七人の影だけが、何重にも床に揺らめいた。
大広間の中央。
王座があり、そこに“何か”が座っていた。
人の形をしていながら、影そのもののように輪郭が曖昧で、
それでいて明確に“支配者”としての存在感を放っていた。
――そして、
「来たか、英雄たちよ」
影が、笑った。
「我が名は――
時魔王。
すべての時を統べる者にして、貴様らが斃すべき“最後の王”だ」
その声は、過去・現在・未来の三層が同時に響いた。
視界がぶれ、七人の動きが一瞬だけ遅延する。
「っ……! これが、魔王……!」
セリアが弓を構えたが、矢の軌道が勝手に“逆再生”されてしまう。
「私の矢が……戻された……!?」
魔王は王座に座ったまま、指一本すら動かしていない。
「無駄だ。“時間”はすべて、この王の味方だ」
淡々とした宣告。
しかし、その一言は圧倒的な真実として空間に響きわたる。
初撃…
「ガルド、突っ込む!」
レオンが叫び、ガルドが雄叫びを上げて前進する。
「いくぞォオオオッ!!」
だが――
ガルドの拳が届く前に、彼自身の身体が“過去へ巻き戻った”。
数秒前の位置へ戻され、前のめりに転ぶ。
「ぐっ……身体が勝手に……!」
ミリアが解析し、叫ぶ。
「時間操作じゃない……これは、存在の因果操作!
未来どころか“現実”そのものを書き換えてる……!」
「そんなの……反則じゃん……」
リィナが声を震わせる。
魔王は微動だにせず、ただ七人の苦戦を楽しむように見ている。
ハルヒが前へ
「……俺が行く」
ハルヒが時空剣を構え、微かな光を放つ。
魔王の視線が、初めてハルヒに向いた。
「ほう……その剣。やはり“時の欠片”か。ならば――」
魔王が片手を上げると、空間が割れ、無数の黒い槍が生成された。
「始めようか。英雄と、王の“時の戦争”を」
時間の衝突
黒い槍が一斉に放たれる。
その軌道は理不尽さの塊。直進し、瞬間停止し、逆走し、分裂する。
常識で避けられる攻撃ではない。
「ハルヒ!!」
「大丈夫だ!」
時空剣が蒼白い刃を伸ばし、時間の道筋を確保する。
触れた瞬間、黒槍の“未来と過去”が切断され、霧散した。
「……なるほど。お前だけは、時を扱えるか。
ならば――面白い」
魔王が初めて王座から立ち上がる。
その瞬間、広間全体の時の流れが“停止”した。
レオンの衣が空中で止まり、リィナの髪が風のまま固まり、
ガルドの息すら音を失う。
七人の中で、動けるのは――
「……俺と、魔王だけ……か」
ハルヒは歯を食いしばった。
時空剣の限界
「さて、英雄。
お前の“時間”はあと、どれほど残っている?」
魔王の言葉に、ハルヒの指先が震える。
身体の奥から“時間の欠損”が広がっていく。
先の戦いで、すでにハルヒは自分の“存在時間”を削っていた。
このままでは――
(……俺はいつか、“存在しなくなる”……)
胸の奥で、冷たい恐怖が形を成す。
だが――
「ハルヒ! 聞こえる?」
時が停止した世界。
それでも、ひとつだけ声が届いた。
「……リィナ……?」
リィナの歌が、ほんの少しだけ、時間停止の枷を揺らしていた。
「あなた一人で戦わせない……!
私たち全員で、魔王を倒すの……!」
止まった世界の中でも、仲間たちの強さは消えなかった。
ハルヒは深く息をつき、時空剣を強く握りしめる。
「行くぞ、魔王。
俺たち七人の“時間”は――お前なんかに奪わせない!」
魔王が歩みを進めるたび、空間の層が崩れ、
壁は過去に戻り、床は未来の崩壊状態に変化し、
天井は現在のまま歪み続ける。
世界が壊れていく。
だが、七人は動き出す。
リィナの歌が空間の振動を変え、
ミリアの解析が魔王の“時間式”を暴き、
ユグノアの陣形が七人の時間感覚を揃え、
セリアの矢が時間停止の隙間を射抜き、
ガルドの一撃が未来を切り開き、
レオンの剣が現在を貫き、
そして――ハルヒの時空剣が、過去と未来を繋いでいく。




