--第8話「時計の針が動く時」
古びた時計の針が、ゆっくりと動き出した。
チチ……チチ……
微かな振動が手首に伝わるたび、ハルヒ・クロノスの全身が引き締まる。
「……来るな、今度は……」
暴風の試練と、時が止まる瞬間の感覚を経て、彼ははっきりと理解していた。
この時計はただの古物ではない――
時間そのものを微細に操る力を持つ存在だ。
演習場の周囲の生徒たちは、まだ息を整えている。
火球や氷結の魔法陣の残滓が消え、風も穏やかになった。
しかし、ハルヒだけが、その場の“微かな時間の変化”を感じ取る。
――針が動くと、世界もまた動く。
だが、それは普通の時間の流れではない。
未来のほんの一瞬、過去の残響、そして今が混ざり合った特異点の感覚だった。
*
「……この感覚……戦場でも……使えるかもしれない」
スキルだけでは届かない領域。
古びた時計の力は、極限の判断速度と行動範囲を拡張する――まるで時間を自分だけが先取りするかのような感覚。
ハルヒは剣を握り直し、呼吸を整えた。
「行くぞ……!」
第一演習場の模擬戦再開の合図が鳴る。
今度は教官が、難易度を格段に上げた課題を設定していた。
複数の敵が同時に動き、風や障害物もランダムに変化する。
普通なら視覚と魔法で対応する場面も、ハルヒにはそれができない。
しかし、針が動く時計の振動が、彼に戦場の“時の流れ”を教える。
未来のわずかな軌道を、剣で切り裂くように計算できるのだ。
*
敵が一斉に動く。
氷結の柱が迫り、火球が飛ぶ。
だが、ハルヒの体は一瞬先の動きを捉え、正確に回避しつつ斬撃を繰り出す。
「……これが……俺の時間……」
剣が空気を切り裂き、火球を斬り、氷結を砕く。
周囲の生徒は驚きの声を上げる。
教官の目も、今までにない集中力を見せるハルヒに釘付けだった。
だが、針の動きはまだ安定していない。
チチ……チチ……
振動はさらに強まり、世界の時間軸が微かに歪むのを感じる。
*
次の瞬間、異変が起きた。
模擬敵の一部が、光を帯びて瞬間的に消える。
光の軌跡が、演習場の空間に不規則な反射を生み、まるで現実が揺らぐかのようだ。
「……これは……!」
ハルヒは剣を構え、スキルと時計の感覚を最大限に研ぎ澄ます。
異常は、ただの魔法攻撃ではない。
世界の時間そのものが、微かに崩れ始めている――
針の動きが、この異常現象を引き起こしているのか?
それとも、この試練自体が予想以上に強力なのか?
彼の前に現れる光の残像――
そして、次の瞬間、砂埃の中でまばゆい光が爆発的に広がった。
「……くっ!」
剣を振り、光を切り裂く。
だが、その光は演習場全体に波紋を描くように広がり、時間の流れを狂わせる。
スキルだけでは制御できない力――これが、次なる試練の前触れだった。
*
光はゆっくりと演習場を包み、辺りの影を押し潰す。
ハルヒは古びた時計を握りしめ、針の動きを感じ取りながら立ち向かう。
チチ……チチ……
鼓動のような振動が、今度は戦場のすべてに響く。
「……止まるな、針……俺が動かす!」
視界に広がる光と影の渦。
ハルヒはスキルと時計の力をフルに使い、次の一手を探る。
――針が動くとき、新たな局面が生まれる。
そして、その先に待つのは――光が崩れ、世界が揺らぐ“次の戦場”だった。




