--未来断章 :セリア編
〈セリアvs 弓を捨てた刃の影**〉
世界は、凍りついた森のように静かだった。
薄い霧が地を覆い、どこからともなく吹く風が、葉のない木々を寂しく鳴らしている。
その中央に立つセリアは、背の弓を握りしめて周囲を見回した。
「ここは……わたしの“未来”?」
返事の代わりに、霧から一人の影が歩み出てきた。
影はセリアと同じ髪、同じ顔。
ただひとつ違うのは──背に弓がなかった。
代わりに腰には一本の長剣が吊るされている。
「……これが“弓を捨てた未来”?
そんなの、ありえない」
影のセリアは冷たい目で彼女を見た。
「ありえるわよ。あなたはいつか気づく。
弓は届かない。誰も守れない。
だから、より強い“刃”を選ぶの」
「違う。届かせるために弓を引くの」
「理想論」
影は剣を抜き、白い霧に音が響く。
「あなたはいずれ……ハルヒを守れなかったことを後悔する。
レオンの速さにも、ガルドの剛力にも、リィナの歌にも劣る自分を呪う。
だから弓を捨て、剣を握るの」
「剣が悪いって言いたいの?」
「違う。弱さが悪いと言っているの」
影は一瞬で距離を詰め、剣の切っ先をセリアの喉元へ突きつけた。
「この剣は、あなたの“強くあろうとした結果”。
弓で守れなかった後悔が、あなたを刃へと駆り立てる」
「そんな……わたしが弓を捨てるなんて」
「捨てるわ。わたしは未来のあなた。
だから全部知っている」
影は剣の柄に手を添え、低く囁く。
「あなたは届かない矢を、何度も見送った。
仲間の背中が遠すぎると感じた。
戦場で何度も震えた。
そのたびに、自分は要らないと……そう思ったはず」
セリアの指が、弓の弦の上で震える。
その震えを逃さず、影は言葉を突き刺した。
「だから私は、弓を捨てた。
届かない痛みに耐えきれず、“刃”に逃げたの」
「……逃げた?」
「そう。逃げたのよ。あなたは」
影の剣が振りかざされる。
白い霧を裂いて迫る刃を、セリアは横跳びで受け流した。
「……逃げるもんか」
息を整え、弓を構える。
矢をつがえ、視線をまっすぐ影に向けた。
「わたしは……怖かったよ。弱いって言われて、背中を預けられてるのが不安で。
でも、それでも逃げない。
逃げた未来なんて、絶対に選ばない!」
「なら、証明して」
影の剣が黒い霧を裂きながら襲いかかる。
セリアは矢を放ち、影の肉薄を阻む。
剣と矢、近接と遠距離。
かみ合わないはずの二つの力が、未来を分ける刃と矢となって衝突した。
セリアの矢は震え、揺れ、時には折れようとした。
それでも、彼女の瞳は揺らがない。
「わたしの矢は……仲間のための矢だ!」
最後の一矢をつがえる。
弦を最大限に引き、心の震えをすべて乗せる。
「剣を選んだ未来のわたし──ごめん。
でも、わたしは弓を選ぶ!」
放たれた矢は、一直線に影の胸を貫いた。
影のセリアは静かに膝をつき、わずかに微笑んだ。
「……なら、その矢は……ちゃんと届くわね」
影は霧に溶け、世界は淡い光へ戻った。
セリアは弓を抱きしめ、深く息を吸う。
「わたしは逃げない。
弱さがあっても……それでも“届く矢”を放つ」
光が差し、彼女は現実へと帰還していった。




