--第70話 時の檻
紅蓮の荒野を抜けた先に、それはあった。
黒曜の巨城。
世界の“影”だけを凝縮したような威容。
塔は天を突き、雲がねじれ、空気すら鈍い悲鳴を上げている。
七人の英雄は、ゆっくりと歩みを止めた。
「……あれが、魔王城」
風と歌の少女リィナが、喉を震わせながらつぶやいた。
「見ただけで、圧がすげぇ」
重戦士ガルドが腕を組む。
「壁が呼吸してるみてぇだ」
実際、黒い壁面には脈動が走っていた。
まるで生き物だ。
いや、これは生命ではなく“時間”の動きそのもの――。
聖女ミリアが小さく震えた声を漏らした。
「……時間魔法の濃度が異常。ここは“時の聖域”そのものよ……」
策士ユグノアは眼鏡を指で押し上げ、低く言う。
「つまり、敵地に入った瞬間、戦場そのものが《時の呪術式》を発動するってわけね。
たぶん、私たち七人を測るために。」
剣聖レオンは一歩前に進み、剣を肩に担ぐ。
「測りたきゃ測らせてやるさ。だが――突破するのは俺たちだ」
その言葉は頼もしいが、
“魔王城の門”は簡単な相手ではなかった。
--時間陣の門
ハルヒが門へ近付いた瞬間、
漆黒の石壁の表面に――無数の紋が浮かび上がった。
「……これは……時間魔法陣……でも普通じゃない……」
セリアが弓を構えながら息を呑む。
ミリアが同意するように首を振る。
「時間の層が複数重なってる……解読しようとしても“過去に戻る”ようにずれる……」
「空間の罠じゃねぇな。完全に“時”の迷宮だ」
ガルドが唸った。
そのとき、ユグノアがひとつ笑う。
「この陣……攻撃では解けない。“正しい時”を選ばなきゃ門は開かない」
「正しい時……?」
リィナが小首をかしげた。
ハルヒは剣を抜くと、静かに門へ向けた。
彼の瞳は深い光を帯びている。
「グラーデンの最後の一撃……
あれと同じ匂いがする。これは“試験”だ」
刹那――。
チッ……チィィ……カチリ。
ハルヒの剣先が紋刻の“中心の時点”を刺した瞬間、
門全体の魔法陣が一斉に正常な“時系列”へ組み直される。
黒い巨門が――地響きとともに開いた。
「……やっぱり、お前の“時感覚”は異常だな」
レオンが苦笑した。
「褒め言葉として受け取るよ」
ハルヒが小さく笑う。
--魔王城内部 ― 時の迷宮
門内に踏み込んだ瞬間――
七人の視界が揺らいだ。
廊下がある。
だが次の瞬間、それは階段に変わる。
床が空を映し、天井は過去の光景を映写していた。
「うっ……」
ミリアが目を押さえる。
「これ……時空が捩じれてゆく……!」
「そんな生易しいもんじゃねぇ」
ガルドが拳を構える。
「これは“敵の意志”だ。迷わせようとしてやがる」
ユグノアはすぐに気付く。
「……違う。
これは“迷わせる”んじゃなく――」
彼女は震える声で告げる。
「“私たちが歩んできた時間”を映してるのよ。
人生の記憶、選んだ道、出会い……
ここは、過去と未来が混ざり合う“時の迷宮”よ」
そのとき、廊下の奥から声が響いた。
“時の使者”の声
――よく来たね、七人の英雄たち。
静謐で、澄んだ声。
優雅で、冷たく、そしてどこか慈しみに似た音色を持つ声。
――ここは《時の檻》。
あなたたちの歩んだ時間、
これから歩む未来、
そして“もしも”の可能性が流れ合う場所。
――進みたければ、すべてを見て、すべてを越えなさい。
レオンが前へ出る。
「声だけのつもりか? 姿を見せたらどうだ」
――焦らないで。
あなたたちが“最善の未来”を選んだとき、私は姿を現す。
ハルヒは剣を握る手に力を込める。
「……やっぱり、グラーデンが言ってた“真の時の使者”か」
――ああ。
あの子は、私の最も優秀な弟子だった。
あなたたちをここまで導くための――ね。
声は楽しげですらあった。
――さあ、進みなさい、英雄たち。
《運命の道》へ。
《未来の試練》へ。
そして――
《あなたたち自身との戦い》へ。
廊下が裂け、七つの影が現れる
ハルヒたちの目の前で、廊下の影が歪んだ。
黒い霧が絡まり、形を生み、輪郭を作る。
そこに現れたのは――
七人の英雄とまったく同じ姿をした“影の英雄たち”。
表情はない。
だが動きは完全に、自分たちと同じ。
「これ……俺たち自身……?」
ガルドがたじろぐ。
「違う」
レオンが剣を抜く。
「“未来の可能性”だ。
もし俺たちが道を誤っていたら、こうなっていた――そんな影だ」
ユグノアは小声で分析する。
「つまり、これを倒すってことは――
“間違っていた未来”を否定するってことね……!」
ミリアが震える声で囁く。
「私たちは……未来そのものを、斬らなきゃいけないの……?」
だがハルヒは剣を構え、迷いなく言った。
「違うよ、ミリア。
未来を“選ぶ”んだ。
その権利が、俺たちにある。」
影の七人が、同時に武器を構えた。
時間が揺らいだ。
廊下の奥で、またあの声が囁く。
――ようこそ、英雄たち。
ここからが“魔王城編”。
あなたたちの未来を決める戦いだ。
――始めなさい。
《時の七影》との戦いを。




