--第7話「時が止まる瞬間」
暴風の試練を終え、演習場に静寂が戻る。
砂埃は舞い上がったまま、太陽の光が微かに差し込む。
だが、ハルヒ・クロノスの胸に響く古びた時計の振動は、これまでの試練とは明らかに異なっていた。
チチ……チチ……
その鼓動は、まるで周囲の時間を吸い込むかのように響き、風も音も、空気さえも凍りついたかのように感じられる。
「……これは……」
ハルヒが剣を握り直した瞬間、演習場の空気が異様に重くなる。
鳥の羽ばたき、遠くで走る生徒の足音、教師の呼び声――すべてが止まった。
まるで世界そのものが、一瞬、静止したかのようだった。
*
視界の端で、動かない火球が空中に浮かぶ。
氷結の柱も、雷撃も、すべての魔法の残滓が宙に凍結していた。
周囲の生徒たちは、動くことも声を出すこともできず、硬直している。
「……時間が……止まった?」
心の中で呟くハルヒ。
古びた時計の針は止まったままだが、微かな振動が体中に伝わる。
――この時計が、時間そのものに干渉している。
まるで、世界が“ハルヒだけを中心に動く”ことを許しているかのようだった。
*
次の瞬間、影のような存在が視界に映る。
黒く歪む魔力の残像――それは、時を操る力を持つ者特有の兆候だった。
「……まさか……」
訓練用の魔法の残像ではなく、現実の“時間の揺らぎ”だ。
ハルヒは剣を抜き、構える。
敵か――いや、正体はまだわからない。だが、間違いなく、この空間の異変を作り出しているのは、“時間を操る何者か”だ。
*
足元の地面に微かな振動が走る。
時計の鼓動と同期するかのように、世界の静止がわずかに揺れた。
ハルヒは《瞬動》を起動し、ゆっくりと一歩踏み出す。
普通なら足元の砂埃が舞い上がるはずだが、止まった世界の中では、まるで重力も時間も止まっているかのようだった。
それでも彼のスキルは有効で、感覚が世界の変化を捉えている。
「……なるほど、こういう感覚か」
微かな時間の揺らぎを読み取り、剣を振る。
宙に浮いた火球を斬ると、破片は静止したまま残る。
スキルの連携で、彼だけが動けるこの状況を理解し、対応する。
*
時計の振動はさらに強まった。
チチ……チチ……
まるで次の瞬間を告げる合図のようだ。
ハルヒの体に、微かだが確実な感覚――“時間が動き出す瞬間”を予感させる。
「……動くな、今は……まだ」
古びた時計を握りしめ、集中を高める。
敵の正体はまだ見えない。だが、彼は気づいた。
――この時計が、次に世界を動かすのだ、と。
*
数秒の静寂の後、微かな光が時計から放たれる。
振動が耳の奥で共鳴し、世界の停止が徐々に解けていく。
火球は落下を始め、氷結の柱も崩れ、空気の流れが戻る。
「……きたか」
目の前の世界が再び動き出した瞬間、ハルヒの感覚は鋭く研ぎ澄まされる。
風の匂い、砂の感触、遠くの声――すべてが鮮明に、そして速度を増して迫る。
古びた時計は、微かに光を残し、針をゆっくり動かし始めた。
――その針が動くとき、新たな戦いが、彼を待ち受ける。
スキルだけの無魔の剣士に、未知の局面が迫っていた。




