--第69話 進軍
グラーデンが沈んだあとも、戦場に漂う“時の残滓”は消えなかった。
静止した余韻…いや、世界が一度死に、再び生まれ直したような感覚が、七人の英雄たちの呼吸と共に薄く震えていた。
黒炎の知将の最期の言葉が、まだ耳に残っている。
「お前たちの時は、まだ終わっていない。
真の“時の使者”が……魔王城で待っている。」
それは敗北の宣告ではなく、あまりにも静かな“予告”だった。
砕け散った赤黒い結界が風へ溶け、視界の向こうに――見えた。
魔王城。
千の年月を拒み続けた巨城は、いまや雲間を裂いて浮かび上がるように、その姿を露わにしていた。
黒曜の塔は天へ突き刺さり、そこから漏れる青白い光は“時の揺らぎ”そのもの。
まるで、大地よりも空よりも古い何かが、あの城で待っている。
「……あそこが、すべての始まりであり、終わる場所なのね」
ミリアが呟く。
声はかすかに震えていたが、その瞳は一度も逸らさなかった。
「グラーデンの時間干渉……まだ残ってるな」
リィナは周囲の風を読むように目を細めた。
「空間そのものが“未来”と“過去”を漏らしてる。気を抜けば、自分の影に襲われるぞ」
「それでも行くしかないだろ。あいつを放っておいたら、いずれ世界ごと時間切れだ」
ガルドが戦斧を肩に担ぐ。
誰も反論しなかった。
すべてを賭けて辿り着いたこの場所で、後退という選択肢は存在しない。
ハルヒが歩き出した。
その背中を、六人の仲間の影が静かに追う。
大地はまだ蒼くきらめく破片を吐き出し、戦場に落ちるたびに“時間の余響”を鳴らしていた。
その中を進む彼らの足音は、不思議と乱れない。
一歩進むごとに、
過去で交わした誓いが――未来へ伸びていく。
セリアがふと笑う。
「ねぇ、みんな。あの城……近いようで遠いよね」
「だからこそ、歩く価値があるんだよ」
ユグノアが優しく答えた。
「何百年も閉ざされてきた場所に、俺たちが自分の足で踏み込むんだ。これは奇跡じゃない」
「奇跡じゃねぇよ」
レオンが肩をすくめる。
「全部、俺たちで積み重ねてきた“結果”だ」
「……ええ。だから、怖いけれど――この恐怖を誇りたいわ」
ミリアが胸元をそっと押さえる。
心臓の鼓動が、確かに前へと進むリズムを刻んでいた。
そして。
七人の足音は、次第に一つの“行軍の響き”へと変わっていく。
--世界が彼らを見た--
風が鳴り、森が揺れ、雲が裂け――
まるで、世界そのものが彼らの行進を見守っているかのようだった。
ハルヒはゆっくりと剣に触れる。
“時の剣”。
グラーデンを打ち砕き、戦場の時間さえ上書きしたそれは、いま薄く光を帯びていた。
(……聞こえる。まだ遠いけど、確かに)
魔王城のどこかから響く声。
――ようこそ、時の檻へ。英雄ハルヒ。
低く、冷たく、それでいて美しく整った声だった。
耳ではなく、心臓の奥底を叩くような響き。
「呼んでやがるな、あの化け物」
ガルドが舌打ち混じりに言う。
「呼ぶなら応えてやればいい。これまで奪われた時間分、全部返してもらおう」
レオンが鼻で笑う。
「……行こう」
ハルヒは振り返らずに言った。
「俺たち七人の“時間”を、ここで終わらせないために」
「「おう(ええ/うん/わかった/任せて)」」
声が重なり、七人の影が前へ伸びる。
その影は、魔王城の闇へ向かって真っすぐに続いていた。
そして、進軍の号令が鳴る
空が裂け、魔王城を包む結界がうねる。
それはまるで、来訪者を拒む門ではなく――
強き者だけを選ぶための試練のようだった。
ハルヒは剣を抜き、静かに掲げる。
「行くぞ。
魔王城――時の檻を、ぶち破るんだ。」
七本の武器が同時にきらめく。
次の瞬間、英雄たちは疾風となり、魔王城へと駆けだす。
その背に、沈みゆく太陽が最後の光を落とした。
それはまるで――
“時を超える英雄たち”の進軍を祝福する、黄金の号砲だった。




