--68話 終焉の知将
——世界が、軋んでいた。
ハルヒとグラーデンの“時の衝突”によって粉々に砕けた時間の層は、今も戦場の上を漂っていた。
砂粒のような過去の残響、薄膜のような未来の揺らぎ……それらが風のように交錯し、景色はゆっくりと歪み続けている。
それでも、戦いは終わらなかった。
白銀の軌跡を引きながら、ハルヒの時空剣が蒼い残光を放つ。
対するグラーデンの手には、崩れゆく時の河を束ねて形成した“漆黒の槍”。
刃と槍が触れ合うたび、時間が悲鳴を上げた。
「……限界のはずだ、英雄。
何度も時間を越え、存在を削りながら……まだ立つか」
グラーデンの声は静かだった。
だが黒炎の槍から溢れる圧は、もはやただの戦士のそれではない。
「お前こそ……」
ハルヒは息を切らしながらも剣を構え直す。
「未来予測も因果操作も……全部破綻してる。
ここまでの時間操作は……お前の身体にだって負担のはずだ」
グラーデンの口元がかすかに吊り上がった。
「負担? 面白い。
私はとっくに……人の枠など捨てている」
黒炎が爆ぜた。
荒れ狂う時間の奔流を槍に吸い上げ、彼は一歩踏み出す。
その踏み込みには、重力より重い“未来”が宿っていた。
「ハルヒ、見えるか?
未来だ。
おまえが敗れ、仲間が倒れ、光が尽きる未来が」
「見えねぇよ。
俺は……そんな未来、認めない!」
ハルヒの足元で白銀の時間輪が弾ける。
“存在時間”を削るのと引き換えに切り拓いた、最後の瞬間加速。
光が閃いた瞬間——
七つの神器が、遠く離れた仲間たちのもとで一斉に輝いた。
雷神剣が空を裂き、
治癒魔法がみんなの傷を癒し、
精霊歌の羽冠が祈るように揺れ、
戦斧グラヴォルテスが大地を震わせ、
光装弓セレスティアが淡い光を帯び、
策士の影眼の盤が戦場の流れを読み取り、
そして、ハルヒの時空剣が――七人の誓いを束ねた。
光が収束し、時間の裂け目が一気に閉じていく。
「な……に?」
初めて、グラーデンの未来予測が外れた。
「仲間の声が……残響が……
俺たちの“時間”を繋いだ」
ハルヒの足元から奔った白銀の裂光が戦場へと広がり、
黒炎の槍に宿っていた“未来の破滅”を浄化していく。
漆黒の知将は、わずかに瞠目した。
「……これが……“英雄の絆”か」
蒼銀の刃が、黒槍を断ち割る。
裂けた槍が時間の砂となって崩れ落ち、風に散った。
膝を折り、グラーデンは静かに笑う。
敗北の悔しさではなく、清冽な達観を滲ませて。
「……立派だ。
英雄ハルヒ。
おまえは確かに……私の未来を超えた」
その身体が、黒炎ではなく静かな闇に包まれていく。
「しかし……勘違いするな。
これで終わりではない」
血の代わりに黒い時間粒子を零しながら、彼は最後の言葉を告げた。
「真の“時の使者”……
魔王城でお前を待つ。
——その者こそ、時を統べる王の右腕。
私など、ただの影にすぎぬ」
闇が彼を包み込み、
音もなく、知将グラーデンは散った。
僅かに残ったのは、砕けた時間の残響だけ。
ハルヒは崩れ落ちそうな身体を気力で支え、
静かに剣を降ろした。
「……必ず行くさ。
どんな未来が待ってても——俺たち七人で叩き壊す」
白銀の光が戦場に広がり、
七人の英雄たちは、魔王城へ向かって歩き始める。
新たな“時の戦い”が、ついに始まるのだ。




