--第66話 黒炎の知将
焦げた大地に、黒い霧が立ちのぼった。
さきほどまでただ冷徹な戦略家であったグラーデン=クロウの姿が、ゆっくりと変質していく。
リィナが息を呑む。
「……黒炎が、彼の身体に吸い込まれていく……?」
黒霧は、まるで意志を持つ蛇のようにグラーデンの四肢へ絡みつく。
彼の漆黒の軍衣は炎に焼かれるのではなく、逆に黒く燃え盛る“焔の影”へと変貌した。
「——よくここまで追い詰めた。褒めてやろう、七英よ」
その声は先ほどまでの皮肉めいた軍師のそれではない。低く、重く、時間そのものを震わせる響き。
ミリアが分析装置を睨みつける。
「波形が……違う。これは戦術ではない……時間の“直接干渉”……!」
ユグノアが眉をひそめた。
「まさか……魔王軍に、これほどの“時操作適性”を持つ者が……」
グラーデンは淡く笑う。
「私は“時の使者”の弟子——黒炎の徒グラーデン。
いままでの戦いは、ただの前哨に過ぎん」
地面に刻まれた魔術陣が、赤ではなく“漆黒の光”で浮かび上がる。
黒炎時陣——《クロノ・バーンスフィア》
その瞬間、空間そのものがギシリと軋んだ。
ハルヒは反射的に時空剣を構えるが——
「……っ!? 動きが……遅い……?」
まるで空気が粘りついたように重い。
手足の速度が、無意識のうちに奪われていた。
グラーデンが黒炎の槍を生成する。
それは炎の揺らぎを持ちながら、時間軸を歪ませる“黒い残像”を引いていた。
「時間は燃える。燃えた先は、存在の灰だ。
——英雄よ、貴様の“存在時間”も例外ではない」
槍が振り下ろされる——
ハルヒが受け止めた瞬間、世界が一瞬“逆再生”されるように揺らいだ。
「……う、あ……!?」
ハルヒの視界が白く弾ける。
明らかに、今の一撃だけで時間の器が削られたのが分かった。
セリアが叫ぶ。
「ハルヒ!! 無理しちゃダメ! 今のは——」
だが、グラーデンの声がそれを遮る。
「貴様ら七人の連携——見事だった。
ゆえに、我は“第二段階”に移行する」
黒炎が渦を巻く。
その中心でグラーデンの片目が、紅く輝いた。
未来視ではない。未来“改変”だ。
再び黒炎の槍が構えられる。
今度の攻撃は、ただの一撃ではない。
——撃たれれば、『その未来』が確定する。
ユグノアが歯を食いしばる。
「このままでは、戦場ごと“時の崩壊点”に飲み込まれる……!」
ミリアの声が震えていた。
「グラーデンは……未来を“作っている”。
私たちが何を選んでも、必ず不利な未来に繋げられる……!」
グラーデンは静かに手を掲げた。
黒炎が空へ伸び、戦場全体を覆う影となる。
「——さあ、英雄たちよ。
時空の崩壊点を越えられるか?」
戦場が軋み、時間の層が剥離し始めた。
ハルヒは震える視界で見据える。
(これ以上……仲間を傷つけさせるわけには……)
時空剣を握りしめ、彼は一歩踏み出した。
黒炎の知将と、時を渡る英雄——
二つの波動がぶつかり合い、世界が悲鳴を上げる。
次の瞬間——
時間は、壊れ始めた。




