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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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--第65話 英雄の限界


 紅蓮の戦場を越えたはずなのに、

 ハルヒの視界はまだ赤く滲んでいた。


 ——頭が重い。

 ——記憶が……抜け落ちる。


 風の音、仲間の声、魔力の流れ。

 世界がすべて“少し遅れて”届くようだった。


「ハルヒ、歩ける?」

 リィナの声は近いのに、遠い。


「……うん。大丈夫……だから……」


 言いかけた瞬間、足がもつれた。

 ガルドがとっさに支える。


「おい! 大丈夫じゃねぇだろ!」


 レオンも駆け寄る。


「精神反応も魔力も落ちてる……これ、普通じゃないな」


 ミリアが眼鏡に触れ、解析を始めた。


「……やっぱり。

 “時間逆流”の反動による存在時間の減衰が進行してるわ」


「存在……時間?」

 ハルヒは言葉の意味を掴めなかった。


 ミリアは苦しそうに言う。


「あなたの“今ここにいる時間”が削られてるの。

 だから、記憶が欠けていくし、体も動かなくなる……」


 ハルヒは短く息を呑んだ。


「でも……みんなを守るには……」


「もう無理よ」

 ミリアが震える声で言う。

「あなたを中心にした戦術は……次はあなたを殺す」


 沈黙。

 紅蓮の風が、英雄たちの間を通り抜けていく。


  戦術の転換


 ユグノアが歩み出た。

 その表情には、決意が宿っていた。


「これからは、ハルヒの力を“戦略の核”にはしない。

 代わりに——私たち全員でハルヒを守る戦術に切り換える」


「ユグノア……」


 彼女の声には一片の迷いもなかった。


「本来、英雄はひとりじゃない。

 七人そろって“英雄”。

 だから……誰かが倒れるままにするわけにはいかない」


 セリアが優しく肩に手を置いた。


「ハルヒ。あなたが背負ってきた時間を……今度はみんなで背負います」


 その微笑みは光そのものだった。


「あなたは、もうひとりで未来を背負わなくていいんです」


 --記憶の欠落--


 ハルヒの胸が締めつけられた。


 仲間がいるのに——

 心の奥でひとつだけ、恐怖が芽生えていた。


(……俺は……本当に……戦えるのか……?

 それとも……僕は仲間の足を……)


 ふと、視界に“白いノイズ”が走った。


「っ……!?」


「ハルヒ!?」


 ミリアが駆け寄る。


「今、記憶領域が一瞬途切れた……!

 このまま戦い続けたら、人格の一部すら崩れかねない!」


「……記憶が……なくなる……?」


 自分の声が、別人みたいに遠かった。


 --漆黒の影、再臨--


 その時だった。


 ――ゴォォォォ……


 遠方から黒炎が柱のように立ち昇った。


 レオンが振り返る。


「……来たな。あいつだ」


 黒い軍旗がはためき、

 ゆっくりと一人の影が歩いてくる。


 漆黒の羽衣。

 灰色の瞳。

 風を裂くほど鋭い殺気。


 漆黒の軍師——グラーデン=クロウ。


「まさか……まだ戦えるの……?」

 リィナが震える。


 グラーデンは静かに立ち止まり、

 黒炎に照らされた姿をさらけ出した。


「……“漆黒の軍師”の名など、君たちにとっては前座だよ」


 その声は、骨の奥まで凍らせるほど冷たい。


「魔王陛下より命を受けた。

 ここから先は、“知将”としてではなく……」


 黒炎が渦巻き、彼の影が変質した。


「“時の使者”の弟子として、相手をしよう」


 その背から広がった黒炎の翼は、

 時空そのものを灼き焦がす。


 ミリアが息を呑んだ。


「……これ、戦術じゃない……!

 彼自身が“時間を制御する武器”になってる……!」


 グラーデンはハルヒを見た。


「英雄よ。倒れる前に見せてみろ。

 お前の未来が、どれほど残っているのかを。」


 その瞬間、七人の間の空気が張り詰める。


 --限界を越えた戦いへ--


 レオンが剣を握り、ガルドが大地を踏みしめる。

 セリアが弦に指をかけ、リィナが息を吸う。

 ミリアが治療と補助魔法を。


 ユグノアが静かに言った。


「全員、ハルヒの前に立つ。

 戦い方を変えるぞ。

 ここからは——

 ハルヒを守るための戦いだ。」


 七人は半円を描くように隊列を組んだ。

 中心には、記憶が断片化しつつあるハルヒ。


 ハルヒは拳を握り、必死に踏みとどまる。


「……俺は……まだ……戦える……!」


「その言葉を待っていたよ」

 グラーデンが黒炎の槍を構える。


「ならば見せてみろ。

 “英雄の限界”のその先を。」


 地鳴りが走り、紅蓮の戦場が再び燃え上がる。


 この戦いこそ——

 七人が真に“英雄”になるための戦いだった。


 


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